2014年 8月
会報「非核・いしかわ」2014年6月号から3回連載した児玉一八氏の特別寄稿「安倍政権の『エネルギー基本計画』を斬る」をホームページに紹介します。
安倍政権の「エネルギー基本計画」を斬る(上)
児玉一八(核・エネルギー情報センター理事、本会世話人)
安倍政権は4月12日に「エネルギー基本計画」を閣議決定しました。前のエネルギー基本計画は2010年6月に民主党政権によって策定され、原子力発電は「安定供給、環境適合性、経済効率性を同時に満たす基幹エネルギー」と位置づけられました。その後、11年3月に福島原発事故が発生。原発からの撤退を求める国民世論におされ、民主党政権はきわめて不十分ながらも「2030年代に原発ゼロをめざす」とする目標をかかげました。
新「エネルギー基本計画」(以下、新「計画」)は、原子力発電を「準国産エネルギーとして、安定供給と効率性を有し、温室効果ガスの排出もなく、重要なベースロード電源」と位置づけました。歴代自民党政権が地震列島の上に欠陥原発を作り続けて、ついに苛酷事故を引き起こした責任をまったく自覚せず、福島原発事故などなかったかのように、原発を使い続けることを宣言した恥知らずの計画です。
前「基本計画」は、「2020年までに9基の原発新増設、30年までに少なくとも14基以上の新増設。原子力を含むゼロエミッション電源比を20年までに約50%以上、30年までに約70%とする」との数値目標を盛り込みました。
ところが新「計画」は、「原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合、再稼働を進める。原発依存度は、可能な限り低減させる」と述べるだけで、電源構成の目標となる数値などをまったく盛り込んでいません。数値目標も盛り込まないものが「エネルギー基本計画」に値するとは思えませんが、数値を盛り込めなかったこと自体が、国民世論が自民党政権を追い込んでいる反映とも言えるでしょう。
3回にわたって問題点を分析します。
エネルギー政策基本法は、国のエネルギー・原子力政策の方針を定めるための基本となる計画を策定し、経済産業省を中心とする関連官庁と地方自治体が計画に従った方策を実施するとし、「エネルギー基本計画」は3年ごとに見直しが行われることになっています。
近年の原子力政策は、「エネルギー基本計画」とともに、原子力委員会が策定する「原子力政策大綱」(以前は「原子力開発利用長期基本計画」)にそって行うものとされていました。しかし、安倍政権は原子力委員会の権限を縮小して、原子力発電と核燃料サイクルの実施は「エネルギー基本計画」で行うことを決め、その中で「原子力平和利用三原則」も骨抜きにされてしまいました。
新「計画」の構成は以下のようになっています。
第1章 我が国のエネルギー需給構造が抱える課題
第2章 エネルギーの需給に関する施策についての基本的な方針
第3章 エネルギーの需給に関する長期的、総合的かつ計画的に講ずべき施策
第4章 戦略的な技術開発の推進(エネルギーの需給に関する施策を長期的、総合的かつ計画的に推進するために重点的に研究開発するための施策を講ずべきエネルギーに関する技術及び施策)
第5章 国民各層とのコミュニケーションとエネルギーに関する理解の深化(エネルギーの需給に関する施策を長期的、総合的かつ計画的に推進するために必要な事項)
新「計画」の冒頭には、「我が国は、エネルギー源の中心となっている化石燃料に乏しく、その大宗を海外からの輸入に頼るという根本的な脆弱性を抱えており、エネルギーを巡る国内外の状況の変化に大きな影響を受けやすい構造を有している」とあります。日本のエネルギー自給率の低さは、〝自然現象〟でもあるかのような書き方です。
50数年前には、日本のエネルギー自給率は56%でした。ところが2008年には4%まで低下。歴代自民党政権が国内炭鉱の閉山を強行し、米国に追随して石油、さらには原発推進を強行した結果がこの数字です。
福島原発事故の前には、原発は日本の発電量の約35%を占めていました。これは、契約口数ではわずか0.01%にすぎない大工場や大規模施設が消費する電力量に相当します。これは偶然の一致ではありません。原発はそもそも、産業・重化学工業用の高密度、大容量の電源として建設が進められ、へき地にたつ原発から大工業地帯に向けて、電力会社別の巨大送電網が延々とのびていきました。
新「計画」は、こうした電力供給体制を永続化させようとしています。
安倍政権の「エネルギー基本計画」を斬る(中)
児玉一八(核・エネルギー情報センター理事、本会世話人)
安倍政権が今年4月12日に閣議決定した「エネルギー基本計画」は、原子力発電を「準国産エネルギーとして、安定供給と効率性を有し、温室効果ガスの排出もなく、重要なベースロード電源」などと位置づけました。自民・公明両党は2012年総選挙で、「原子力に依存しなくてもよい経済・社会」(自民)、「可能な限り速やかに原発ゼロ」(公明)と公約していました。「エネルギー基本計画」は、こうした国民への公約を投げすてて、福島原発事故などなかったかのように原発を使い続けることを宣言したものです。
原子力は「エネルギー基本計画」が言うように、本当に「安定供給性」と「効率性」があって、「低廉」で地球温暖化防止に貢献する「低炭素」なのでしょうか。一つひとつ検討してみましょう。
はじめに「安定供給性」について。福島第一原発事故は、原子力発電は放射能という巨大な危険性を内蔵していることを、あらためて国民に示しました。さらに、いったん重大な事故がおこれば、国内の原発すべてが停止してしまう事態に陥ることも明らかになりました。福島の事故もそうでしたが、審査の段階で想定もしていない原因で重大事故がおこれば、すべての原発を止めて審査のやり直しをしなければならないからです。このことは、原発が未熟な技術であることを示しています。こんな原発が「安定供給性」を持っているとは言えません。
次は「効率性」です。火力や原子力などのタービンを回す発電方式のエネルギー効率は、「熱機関の最大効率は、作業物質にはよらず、二つの温度のみで決定される」というカルノーの定理により、高温と低温の熱源の温度差が大きいほど高くなります。水蒸気の温度が高ければ高いほどエネルギー効率が高くなるので、最新鋭火力では水蒸気温度を600℃程度まで上げるなどして、エネルギー効率を約60%まで高めています。しかし、原子力発電では、炉心の高線量の放射線に耐えられる材料が見つかっていないなどの理由で、300℃前後から水蒸気温度はまったく上がっていません。そのため、エネルギー効率は30%くらいのままで、発生した熱の三分の一しか電気に変えることができず、残りの三分の一は熱のままで海に放出しています。このようなものは「効率性」があるとは言えません。
「低廉」はどうでしょうか。立命館大学の大島堅一教授は、有価証券報告書の実績から、原発の発電コストを計算しました。この計算には、燃料費や保守費用などの発電に直接要するコストのほかに、原発に不可欠な技術開発や立地対策のコストも含められています。その結果、火力や水力に比べて原子力がもっとも高いことが明らかになりました。原子力が「安い」と宣伝されていますが、国が立地対策や開発費用を肩代わりし、これから先数万年は管理が必要な廃棄物処理・処分の費用が全く入っていない数字を言っているだけです。
「低炭素」もデタラメです。発電所から排出される二酸化炭素は、発電時だけをとれば石炭や石油を燃やす火力発電に比べて原子力は少ないものの、鉱山からウランを掘り出したり、精錬や濃縮、転換などでウラン燃料をつくる過程、あるいは輸送などで大量の二酸化炭素が排出されます。原発で発生した使用済み核燃料を運搬、再処理する過程でも、大量の電力や化石燃料を使っています。原子力発電をシステム全体で見れば、決して「低炭素」などではありません。
「エネルギー基本計画」はこうした真っ赤なウソの前提をならべて、「重要なベースロード電源」としています。前提がデタラメなわけですから、こんな計画がまったく成り立たないことは明らかです。「エネルギー基本計画」は抜本的に見直して、原子力から完全に撤退し、自然エネルギーの開発と利用を急速にすすめる方向に転換することが求められています。
安倍政権の「エネルギー基本計画」を斬る(下)
児玉一八(核・エネルギー情報センター理事、本会世話人)
安倍政権が今年4月12日に閣議決定した「エネルギー基本計画」は、核燃料サイクルの推進を明記しており、高速増殖炉「もんじゅ」を「廃棄物の減容・有害度の低減や核不拡散関連技術等の向上のための国際的な研究拠点」と位置づけています。
高速増殖原型炉「もんじゅ」は、1995年12月にナトリウム漏洩・火災事故を起こして停止し、2010年5月に運転を14年半ぶりに再開したものの、またもや炉内中継装置の落下事故を起こして、現在も停止したままです。
高速増殖炉は高速中性子を用いて核燃料の増殖を行う炉で、ウラン燃料の有効利用をかかげて1990年頃までは欧米各国で開発にとりくまれてきました。しかし重大な問題が次々と起こって、ほとんどの国々は開発を中止しました。
「エネルギー基本計画」は、「高速増殖炉の実証」という文言が盛り込めないため、「もんじゅ」を動かすための理由をさがしています。「廃棄物の減容・有害度の低減」は超ウラン元素等を核変換して半減期を短くすること、「核不拡散関連技術等の向上」は意味不明ですが、プルトニウム燃焼とも考えられます。
そもそも「もんじゅ」は、1994年に臨界となってから20年間、意味ある電力生産がまったくできなかった原子炉です。それでも、ナトリウムが固まらないようにするなどの施設維持のため、毎日約六千万円を浪費し続けています。技術的な見通しがまったく立たないのに、「動かすための理由」をさがすなど無責任極まりないものです。
福島原発事故をふまえて日本原子力研究開発機構(原子力機構)には、事故炉の廃炉のための燃料デブリの取り出しや廃棄物の処理・処分などの技術開発、避難区域等での除染実証業務、空間線量率の測定、土壌や湖沼河川などでの放射性物質の挙動解明など、重要な仕事があります。ところが原子力機構では、大幅な人員削減が進められて安全確保や技術継承が困難をきわめており、その上にトラブル続発の「もんじゅ」に相当の人員が異動して、福島原発事故関連の仕事の遂行に支障をきたしています。「もんじゅ」にかき集められた人たちの中では、精神疾患の多発と士気の著しい低下が報じられています。
使用済み核燃料の再処理もまったく目途が立っておらず、「もんじゅ」も含めて、破綻が明らかな核燃料サイクルからは直ちに撤退すべきです。
「エネルギー基本計画」は原子力発電を「ベースロード電源」とする一方、太陽光や風力などの自然エネルギー発電は「ピーク電源」としか位置づけていません。自然エネルギー発電は需要の大きな時間帯の調製用に使い、原発に従属させるというのです。
ヨーロッパ連合(EU)の電力政策はまったく逆で、自然エネルギーが主で原発はこれに従属させる考え方です。EUの法律にあたる指令は、自然エネルギーの導入をすすめるために「優先給電」を義務づけています。これは、太陽光や風力などの自然エネルギーの電力は優先的に電力系統に流さなければならないというルールで、自然エネルギーの出力が増えた場合には原発の出力は絞らなければなりません。
そもそも、ベースロード電源とピーク電源という分類自体が時代遅れであり、「エネルギー基本計画」の発想は世界の新しい流れから完全に取り残されています。
福島原発事故は国民に、日本の将来はこのままでいいのかという選択を投げかけました。東北地方太平洋沖地震の地震動と大津波を引き金にシビアアクシデントを発生させた原発は、日本が歩んできた大量生産・大量消費・大量廃棄の社会を象徴するものであって、そういった道はいずれ破綻すると少なくない国民が考えました。福島原発事故は明らかな「人災」です。「人災」である以上、原因を取り除けば事故の再発は防ぐことができます。事故の原因を取り除くこと、それは原発をなくすこと、原発のない日本をつくることです。