2018年 1月

 2018年  年頭所感

「君たちはどう生きるか」

代表世話人 五十嵐正博

 あけましておめでとうございます。

 今年、私たちは「アベ改憲」を阻止できるかどうかの分水嶺に立たされています。憲法違反の横暴の限りをつくす首相は、年頭会見で、「今こそ新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を示す」と表明しました。厚顔無恥とはこのことです。

 吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』が、異例のブームになっているそうです。それは1935年のことでした。「1931年のいわゆる満州事変で日本の軍部がいよいよアジア大陸に侵攻を開始してから4年、国内では軍国主義が日ごとにその勢力を強めていた時期」です。山本有三は考えました。せめて少年少女だけは「時勢の悪い影響から守りたい、・・・この人々にこそ、まだ希望はある。だから、この人々には、偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化があることをなんとしてもつたえ・・、

 人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかなければならない」(『岩波文庫版』)。山本有三は、このように考えて『日本少国民文庫』を計画しました。吉野は、その文庫の編集に携わっただけでなく、その最後の一冊として執筆したのが『君たちはどう生きるか』でした(盧溝橋事件の一カ月前に発行)。

 ノーベル平和賞授賞式で

 昨年、国連総会において核兵器禁止条約が採択され、ICANがノーベル平和賞を受賞しました。被爆者の方々の長年のご苦労が報われた瞬間でした。

 唯一の戦争被爆国は条約案に反対票を投じ、平和賞の受賞に冷淡でした。授賞式で、サーロー節子さんは、被爆者の皆さんの声を代弁して、「核兵器と人類は共存できない」こと、「核兵器は絶対悪」であり、核兵器国だけでなく、「核の傘」の下にある共犯者に、「私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そうすれば、必ずや、あなたたちは行動することになることを知るでしょう。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムの不可欠の一部分なのです」と語り掛けました。

 今年の世界終末時計は?

 世界終末時計(原子力科学者会報)は、昨年1月17日、トランプの核兵器や気候変動に関する発言から、前年より30秒進め、残り2分30秒としました。今年、終末時計がさらに進められないことを祈ります。

 若いころ、金沢に住んだこともある日本近代史・日米関係史の権威、ジョン・ダワーが、昨年、『アメリカ 暴力の世紀』(岩波書店)を出版しました。彼は「日本語版への序文」において、「日本の保守主義者や新愛国主義者たちが熱望しているように、日本がもっと『普通の』軍事化を促進するために憲法を変更するようなことがあれば、戦後日本国家の性格を変えることは間違いない」と述べ、「トランプらが着手すると思われる新しい軍事戦略に、『積極的に』貢献するようにとの圧力をますます強くうけるようになる」と憂慮しています。

 権力の暴走を阻止する憲法

 安倍首相は、憲法が、権力の暴走を抑止するためにあるのだという立憲主義を全く理解しないどころか、「軍隊を自由に海外に展開し、権力が国民を縛りつける」「古い時代への絶望を生み出す」憲法づくりを周到に進めてきました(特定秘密保護法、共謀罪、戦争法など)。彼の関心は、トランプの顔色、株価の動向や有効求人倍率といった「数字」であり、沖縄の米軍基地、震災、原発事故の被災者、貧困にあえぐ人々、老齢者、待機児童などには目もくれません。

 今後、ナチスの「手口」そのままに、マスメディア、広告会社、神社本庁、日本会議、はたまた芸能人、スポーツ選手などを総動員し、「国民の安全・生命を守るために」との詭弁をろうし、はては「最大の国難」を叫んで危機をあおり、情緒に訴えかける宣伝を日本列島に洪水のごとく流すでしょう。「国威発揚」と称してオリンピックを政治利用するでしょう。「憲法のあるべき姿」は、無能、有害な為政者の存在を認めてはならないのです。

 一人ひとりが社会を変える時代

 今年は「明治150年」でなく、市民運動の原点ともいうべき「米騒動100周年」、世界人権宣言採択70周年、「非核の政府を求める石川の会」30周年になります。吉野源三郎は、主人公の少年に「僕は、すべての人がおたがいに良い友だちであるような、そういう世の中が来なければいけないと思います」と語らせ、最後に読者に問いかけます、「君たちはどう生きるか」と。

 吉野は、山本の考えに共鳴して、「偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化があること」をつたえ、いつか少年少女一人ひとりが社会を変えてくれる時代が来るとの祈りを本書に込めたのでした。

 侵略戦争の渦中で非業の死をとげた国内外のおびただしい数の人々、戦争に反対し、自由を求めたがゆえに、過酷な拷問を受けた人々、暗黒の日常の中でひっそりと平和を希求した人々、日本国憲法には、そうした人々の「平和と自由」への強い願いが込められています。「君たち」一人ひとりは、日本国憲法を生かすための「主権者」、主人公なのです。

 2018年  年頭所感

「若者に問いかけよう-硬軟自在に」

代表世話人 井上英夫

 明けましておめでとうございます。

 安倍政権が、憲法改悪に大きく踏み出した今年は日本の歴史にとって分岐点となるでしょう。五十嵐正博さんも言うように「若者よ、君たちはどうする」、今こそ真剣に問いかけなければならないと思います。何より、戦場に駆り出され、殺し、殺される可能性が高いのは今の若者なのですから。

 ところが、大学生にそうした戦争・徴兵制すら迫っているという危機感、切迫感はほとんど感じられません。それどころか、昨年ショックを受けることが起きました。

 時代遅れじゃありませんか

 1年生を対象に人権・ジェンダー論を講義し、第二次大戦の悲惨な結果への反省に始まる現代の平和と人権の歴史を話しています。ナチスのホロコースト、日本については、原爆等被害者の側面だけでなく731部隊、慰安婦問題など加害者責任についても話し、それらが今につながっていることを強調しています。

 感想のなかに、先生の話は「時代遅れだ」というものがありました。大学で、40年以上若者と接してきたわけですが、初めての反応でショックを受けました。

 このような、学生たちに何を、どう伝えたらよいか。今は、多様な媒体、表現により「硬軟」両面から若者に語りかけるしかないと思っています。

 

 硬派で迫る「革命」路線

 まず、硬派からですが、昨年『社会保障レボリューション―いのちの砦・社会保障裁判』(高菅出版)を出版しました。

 表題を勇ましく、レボリューション=革命としたのは、憲法上許されない不平等・差別の拡大、生命権すら奪われている事態に対して、今こそ、人権としての社会保障の旗を掲げ、憲法97条が認める「革命」・レボリューションを起こすしか道はない、と思ったからです。 

 

 

 

 

 ソフトに「ゆるきゃら」路線で

 そして、ソフト=ゆるきゃら?路線としては、『ペリリュー-楽園のゲルニカ』(白泉社)です。1944年、日米両軍約13,000の若者が無残な死を遂げたペリリュー島の戦闘を描いた漫画です。

 作者の武田一義さんは、「漫画である以上読みやすく面白く」と言うのですが、第46回日本漫画家協会賞優秀賞を受けています。ちばてつやさん直筆の表彰状には、「可愛らしい温もりのある筆致ながら『戦争』という底知れぬ恐ろしさと哀しさを深く表現して見事です」とあります。

 『はだしのゲン』、水木しげる、とも違うこんな「路線」もあるのだなー、と「痛快」な気持ちになりました。今、2月末に出されるという第四巻を心待ちにしています。

 以上、是非ご一読ください。

 

 非核の政府を求める石川の会は、会報「非核・いしかわ」第234号(2018年1月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」、「絵手紙」も最新情報を追加しました。

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