2017年IPPNW世界大会inヨークの参加報告(原 和人)

第22回IPPNWヨーク大会の参加報告

 核戦争に反核する医師の会                                                代表世話人 原   和人

 2017年9月4日から6日まで、イギリスのヨークで開催されたIPPNWヨーク大会に参加しました。このヨーク大会は、前回のカザフスタンでの大会後、3年ぶりに開催されたものです。この大会は、IPPNWだけではなく、イギリスの平和関係のNGOが共同し、特に、MEDACTという団体が中心になって準備されました。この大会には、世界37カ国から約500人が参加したようです。

 反核医師の会として、今回も会員に参加を呼びかけ、会員23人、家族2人、事務局3人、通訳2人、添乗員1人の合計31人が参加しました。

 今回の大会は、今年の7月7日の核兵器禁止条約(以下核禁条約)の採択後という状況の下で、その中心になってきたIPPNWとして、その成果を確認するとともに、核兵器の廃絶に向けてこれからどのような取り組みをしていくのかということが論議されました。

 私自身、IPPNWの総会に参加するのは、2004年の北京大会、2010年のスイスのバーゼル大会、2012年の広島大会、2014年のカザフスタンのアスタナ大会と今回で5回目ですが、2010年のバーゼルでの大会の印象が強く残っています。

 2010年の大会は、その年の5月に開催されたNPT再検討会議の直後に開催されました。その時採択されたNPTの会議の最終文書では「核兵器の完全廃絶を実現するという核兵器国の明確な約束を再確認する」と明記されました。バーゼルの大会では、その当時、核禁条約に積極的に取り組んでいたスイスの外相が演説し、さらに、イギリスのアクロニム軍縮外交研究所所長で、長年、平和運動にかかわってきたRebecca E Johnsonさんが、「NWC(核兵器禁止条約)が『非現実的だ』とか、『未熟だ』とか、『私の生きている間に』とかということではなく、今、必要なのだ。今ここで挑戦する課題だ。」と訴えたことが、今でも思い出されます。

 その後、「人道上の誓約」という声明が出され、オスロからナヤリット、ウィーンに続く「核兵器の人道的な結末」の会議が開催されます。その成果の下に、今回、核禁条約が採択されたのです。2013年のオスロの会議で非政府組織の取りまとめ役を果たしたICAN事務局は、この会議を列車の旅に例えて、以下のような声明を発表しました。「今、我々は始発駅のオスロのプラットホームを離れたのである。日ならずして、われわれはメキシコに到着するであろう。その先には、一連の停車駅が待ち受けているであろう。道すがら、下車する政府もあるであろうし、乗り込んでくる他の政府もあるだろう。しかし、列車の旅は弾みをつけながら進行するであろう。それを支えるのは、核爆発による絶滅の脅威から解き放たれた、より平和な未来を実現するという世界の人々の圧倒的な意志である。終着駅への到着は、人道上、緊急に必要とされている。」

 今年の7月の国連での核禁条約の採択は、終着駅に向けての旅に大きな弾みをもたらしました。この列車には122カ国が乗り込んでいます。今月の20日から各国の署名が始まります。

 ヨークの大会では、どういう力によって核禁条約の採択に結びついたのかということが総括されました。 第1は、核兵器を核抑止力という安全保障の視点ではなく、いったん核戦争が起こったら、多くの人たちが苦しみ、全面的な核戦争になれば人類が滅亡してしまうかもしれないという人道上の結末の視点で論議されたことです。この論議には、ヒロシマ・ナガサキのヒバクシャが「自分たちの苦しみを二度と繰り返して欲しくない」と自らの体験を訴えたこと、また、アメリカのPSR(IPPNWのアメリカ支部)の医師たちがまとめた「核の飢餓」という核戦争による影響の予測が大きな影響を与えました。第2に、国という組織だけではなく、IPPNWなどが参加するICANなどの市民社会が参加したことです。市民社会は、国際的なアライアンス(同盟)を結んで、共同して運動をすすめました。第3に、アフリカや中南米の国々が一つにまとまって世界を動かし始めたということです。中南米のCELAC(ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体)33カ国、そして、50カ国以上の国々が参加するアフリカ連合が大きな役割を果たしました。象徴的だったのは、3月の前半の交渉会議の時に、国連の中で非核兵器国が議論をしている中で、国連の外でアメリカ、イギリス、フランスなどの核兵器国が、「我々は現実的にならなければならない」と声明を出したことです。

 IPPNWのバーゼル大会の後、レベッカ・ジョンソンさんの訴えに感化された私が、ある会議で「核禁条約は国連加盟国の多数で採択することができる」と報告したのですが、日本の反核運動を牽引してきた先輩たちから、核兵器国の参加がなければ核禁条約はできないと指摘されました。確かに、核兵器をなくするためには核兵器国の参加が必要ですが、条約を作ることは可能です。今回、明らかになったように条約になることによって、核兵器の使用は非人道的に許されないということだけではなく、核兵器による脅しも違法であると、核兵器に「悪の烙印」を押したのです。今までの常任理事会を中心とする大国からの支配から、多数の国連加盟国による民主主義の力で世界の政治が動くという新しい時代が到来しました。

 さて、列車が核兵器のない世界という終着駅に着くためには、何が必要なのか。これまで取り組んできたように、核兵器の非人道性を訴えていくこと、市民社会の参加、非核兵器国の力を大きくするの3つが大切ということが強調されました。

 特に、戦争による唯一の核被爆国である日本国政府が、この核禁条約に署名し、批准することが世界の人々に大きな勇気を与えます。私たちの運動も、ヒバクシャ署名に取り組み、日本国政府ならびに国際社会に向けて核兵器の廃絶を訴えていくことが大切だと感じました。

(非核の政府を求める会常任世話人)

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