年頭のご挨拶

chairman

 

  

 

 

 

代表世話人    井上英夫

 今年も宜しくお願いいたします。
 平和のための皆さんのご奮闘に敬意を表します。
 しかし、今年こそ、日本の平和憲法にとって正念場となるでしょう。
 社会保障制度改革推進法による憲法25条改悪、社会保障削減、その一方での消費税増税、さらには生活保護法改悪、原発再稼働、特定秘密保護法、沖縄米軍基地の辺野古移転、靖国神社参拝と安倍内閣の暴走ここに極まれりという状況です。しかし、単なる暴走ではなく、周到な戦略に基づき、中国、北朝鮮の「脅威」を利用しながら、着々と戦争のできる国を作るため準備を進めていると、冷静にその狙いを見抜く必要があると思います。

 真の積極的平和主義を掲げよう

 その戦術の一つに「積極的平和主義」があります。安倍首相のいう「積極的平和」とは、米軍に従属して「積極的」に集団的自衛権を行使する。すなわち、他国への出兵、侵略ができる国にしようというわけです。湾岸戦争やイラク戦争等を口実に、物、金だけでは駄目だ、人を出せ、すなわち、より「積極的」に命をかけ、血であがなってこそ国際貢献の価値がある、ということで、自衛隊が外国へ出ていったことは記憶に新しいところです。
 安倍首相の「積極的平和主義」は、これをさらに押し進めようというもくろみでしょう。
 私も、積極的平和論を掲げてきました。もちろん安倍「積極論」とは正反対の、憲法に忠実な平和論で日本国憲法の三原則とりわけ平和主義と人権保障との関係に重点を置くものです。
 憲法前文は、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」、と平和的生存権を保障しています。戦争やテロ、さらには独裁・権力の恐怖からの自由だけではなく、貧困を原因とした欠乏から免れ豊かに暮らせてこそ平和といえる。すなわち、戦争がないという状態(消極的平和―これはこれで、何より重要ですが)に止まらず、人権があまねくすべての人々―日本の国民だけでなく全世界の国民を視野に入れている憲法の国際的、地球的視点も注目されますーに保障された状態こそ真の平和(絶対的平和)である、ということだと思います。
 そもそも第二次大戦後の世界は、1947年の世界人権宣言に明らかなように、人間の尊厳を理念とする人権保障を戦後世界構築の最大の目標として掲げました。自由を奪い、生命権・生存権・生活権・健康権・労働権、教育権等すべての人権を侵害し、剥奪する最たるものが戦争ですから、戦争をなくすことは人権保障の大前提です。
しかし、逆に、人権保障を徹底することこそ戦争をなくし、平和につながるわけでしょう。こうしてみると、真の積極的平和主義には二つの意味があります。
第一に、戦争がないという消極的平和にとどまらず、人権保障の実現された社会(絶対的平和ないし積極的平和)を目指すということです。
第二に、そのためには、9条を守る、核兵器廃絶等の平和運動がもちろん大事ですが、さらに積極的に人権保障のための運動を展開するということです。憲法25条を根拠とする社会保障等の運動も絶対的平和の実現に連なる平和運動そのものであるということです。
 この意味での積極的平和主義こそ、憲法自身が認め、求めているところだと思います。とりわけ憲法97条です。すなわち、憲法の保障する人権保障は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であると明言しているわけです。ここでいう努力は、struggle なので闘争です。すなわちフランス革命やアメリカ独立戦争、秩父事件等、武力革命であり、戦争であったわけです。しかし、現代では、戦争、暴力とも許されない。武力でなく、戦争でもなく、議会制民主主義という平和的手段により、人権の保障された平和な社会を作らなければならない。武力・軍事力と戦争を放棄した日本国憲法は、まさにこの立場にたっているといえるでしょう。こうして、現代では積極的平和主義は、個人から国家までの暴力を否定するものへと発展してきていると思います。
また、日本国憲法12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」、と規定しています。憲法は、私たちに、憲法を守り、人権保障を一層発展させるための厳しい義務を課していると言えるでしょう。
 安倍内閣の「似非積極的平和主義」すなわち戦争政策に対して、真の積極的平和主義を対置し絶対的平和を実現することこそ、私たちの課題であり義務であると思います。

 マンデラさんと非暴力・平和主義

 皮肉にも、人々の自由と人権を奪う恐れの濃厚な、そして軍事国家への敷石となる特定秘密保護法成立の昨年一二月六日、南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領の死去が報じられました。九五年の生涯のうち植民地時代から50年近く戦い、27年もの獄中生活にも屈せず、ついに1991年、地球上最後で最悪の人種差別制度アパルトヘイトを廃止させた人です。
 多くの名言を残していますが、私が一番感動したのは、黒人初の大統領として臨んだ就任演説で、「We are free, today. Black and White is Together! 我々は自由になった。これからは黒人も白人も一緒に暮らす虹の国をつくろう」、と宣言したことでした。   
植民地で奴隷にされ、長年、生命そして国土を奪われ、独立後も激しい差別を受けてきた南アフリカの黒人たち、今までの人類の歴史であれば、勝者として支配者・差別者白人への報復、大虐殺をしても不思議ではありませんでした。しかし、彼の演説は、許しと融和政策を呼びかけるもので、南アフリカの人々は、報復の連鎖を断ち切ったのです。人類は、進歩しているし、より高い高みに到達できる。こう確信し、人類の未来に希望の持てる演説でした。
しかし、あらたな国づくりは、膨大な貧困の存在で困難を極めています。さらに、次のような言葉も残しています。
 「奴隷やアパルトヘイトと同じく、貧困は自然現象ではない。貧困を作りだすのは人間で、貧困に耐え、貧困に打ち克つのも人間だ」と。
 マンデラさんの訃報を聞いて集い、口ぐちに、「悲しみよりも、感謝を、」とはじけるような笑顔で応える南アフリカの人々の姿が笑顔のマンデラさんに重なります。

 日本には憲法97条がある

 マンデラさんの闘いは、日本の私たちには無縁の、別世界の出来事なのでしょうか。
繰り返しますが、憲法97条は、人権を、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(憲法英文ではfruits of the age-old struggle of man to be free)であると謳っています。人権は、人々の闘争でかちとられてきたというこの歴史観と一国にとどまらない人類的・地球的視点は、マンデラさんの闘いが、憲法を守り発展させ人権と平和を確立するという、私たち「非核の政府を求める会」の運動に連なっていることを確信させてくれます。
 ところが、自民党憲法改正草案は、この貴重な九七条を完全に削除しています。自民党政府が最も恐れているのは、人権・平和のための闘争なのだと思います。
 先ほど、現代の闘いは、平和的手段によらなければならない、個人から国まで、暴力は絶対に否定されなければならない、と言いました。しかし、これは難しいことです。マンデラさんも、26歳の時非暴力路線をとるアフリカ民族会議(ANC)に加入、反アパルトヘイト運動に身を投じますが、1960年の非合法化を契機に武力闘争に転じます。
 それでも、私には、マンデラさんが暴力肯定論者になったとは思えないのです。何故なら、先のように暴力による報復の連鎖を断ち切ったのですから。
 2014年を、人権・平和のための闘いにより、希望の年にしましょう。

 

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