日米安全保障体制と日米地位協定(五十嵐正博)

◇ 講演要旨 ◇

 日米安全保障体制と日米地位協定

非核の政府を求める石川の会

代表世話人 五十嵐正博

 サンフランシスコ条約(対日平和条約)・(旧)日米安保条約

 ポツダム宣言は、国際法上拘束力があり、そこに規定された日本の非軍事化、民主化などは日本だけでなく、連合国にとっても法的義務でした。日本国憲法が施行されて約四か月後、昭和天皇による、いわゆる「沖縄メッセージ」が発せられ、占領軍の沖縄駐留を25年ないし50年あるいはそれ以上の希望を米側に伝えました。昭和天皇は、自らに対する戦争責任の追及、日本の共産主義化を恐れていました。日本降伏後、米における世論調査では、圧倒的多数が天皇の戦争責任を問い、連合国の中にもそうした強い声がありました。マッカーサーは、一方で日本統治のために天皇制維持が効果的であり、他方で天皇断罪の声を抑えるためにも日本の「特別の戦争放棄」が必要と考えました。9条の発案者が幣原あるいはマッカーサーであるかはさておき、40年代後半になると、アメリカの対日政策は、太平洋における軍事基地化の推進、反共主義の拠点として、日本の占める地位の重要性の認識と朝鮮戦争勃発により大きく転換します。日本の軍事基地化と沖縄の確保が至上命題になったのでした。

 1951年9月サンランフシスコ平和条約・(旧)日米安保条約が署名されます。日本との交渉に先立ち、ダレスは『われわれは日本に、われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保できるだろうか、これが根本問題である』と語っていました。同条約は、すべての占領軍の日本からの撤退を規定しつつ、日本が合意すれば外国軍隊の日本国領域における駐留を妨げないと、米軍の駐留軍としての居座りを認めたのです。そして、米軍は「基地管理権」の下、「必要なまたは適当な権利および権能を有する」とされました。これは、日米地位協定でも「変わることなく」(密約)続いています。

 日本の防衛力増強については、(旧)条約で「期待」に留まっていたものが、(新)条約では米国に対する条約上の義務になり、安保体制が完全な姿で確立されました。

(新)日米安保条約

 (新)条約は、1960年1月に署名され、6月23日に発効しました。(旧)条約との主な相違点は、米国の日本防衛義務の明確化(共同防衛条項新設)、安保条約と国連との関係の明確化、事前協議制度の導入、内乱条項の削除、条約期限の設定です。

 日米地位協定

 米国は、先のダレスが望んだ特権を、(旧)条約によって確保しました。「全土基地方式」と呼ばれる講和後の新たな占領政策は、戦後70年を過ぎた今も、この国の中に広大な米軍基地を、その駐留経費の75%を日本国民に負担させています(韓国40%、独33%。米軍駐留人数(2016年概数):日本3.9万、独3.3万、韓国2.4万)。そして、日本における米軍の法的地位(特権・免除)は、1952年4月発効の日米行政協定で定められました(60年6月発効の日米地位協定が承継)。地位協定によれば、日本は米国に基地を提供し、具体的な基地は日米合同委員会で決めるとしています。この合同委員会は密室で行われ、その合意内容も秘密と、米側の思うがままです。

 「思いやり予算」地位協定では、基地の提供にかかる経費、民有地の借り上げ料や基地周辺対策費などは日本側が負担し、在日米軍の維持・運用にかかる経費は米国が負担することになっています。「思いやり予算」とは、地位協定上、日本が負担する義務のない経費だからであり、1978年6月、当時の金丸信防衛庁長官の訪米の折り、「在日米軍の駐留経費問題については、思いやりの精神でできる限りの努力を払いたい」と述べたことに由来します。実は、すでに1971年6月の沖縄返還交渉の中で、地位協定を「柔軟に解釈」する密約が結ばれていました。2015年7月、「思いやり予算」特別協定更新交渉が始まり、2016年1月、2020年度までの5年間で総額9,465億円の思いやり予算を日本が負担する特別協定に署名しました。2020年度末に期限が切れるので、次の改定交渉が始まることになります。

   「排他的管理権」(環境立入り調査権・沖縄県警の捜査権)「排他的管理権」とは、基地において、米国側が望まない者による立入りや使用を拒む一方で、「基地の外」でも米国が必要とする一切の措置をとる権利のことです。地位協定は、米国は、施設及び区域内において、必要なすべての措置を執ることができるのに対し、日本側は、米軍の要請があったときは、合同委員会での両政府間の協議の上で、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする、となっています。この場合も、「関係法令の範囲内で」の文言に関して、米側にとって不適当な場合には、合同委員会で議論する(密約)、と結局は米側の言いなりです。

    環境立入り調査権については、2015年「環境補足協定」が結ばれました。沖縄県は、遅くとも返還の3年前の立ち入りを希望しましたが、「返還の150日労働日を超えない範囲」と全く無意味なものとされています。

   沖縄県警の捜査権について、地位協定の刑事裁判権に関する合意議事録には、米軍の権限ある当局が同意する場合と、重大な罪を犯した現行犯を追跡している場合は、「日本の当局が逮捕を行うことを妨げない」となっています。沖縄県警によれば、米軍の同意はほとんど得られないし、「重大な罪」は「死刑または無期もしくは長期三年以上の懲役もしくは禁錮に当たる罪」を意味し、「事実上の治外法権」状態です。

   「刑事裁判権」1952年から1953年10月まで、すべて米国側に裁判権がありました。「一次裁判権の自発的放棄密約」があったのです。地位協定は、「刑事裁判権」について、公務中の犯罪については、すべて米軍側が裁判権を持ち、公務中でない犯罪については日本側が裁判権を持つが、(犯人が基地内に逃げ込んだりして)犯人の身柄が米側にあるときは、日本側が起訴するまで引き渡さなくともよい、とされています。ここにも「日本の当局は通常、合衆国軍隊の構成員、軍属、あるいは米軍の軍法下にある彼らの家族に対し、日本にとって著しく重要と考えられる事例以外は裁判権を行使するつもりはない。」とする「日本側一次裁判権放棄密約」があります。

 日米地位協定の「見直し」「基地の移設」

 沖縄県は、米軍基地を巡る諸問題の解決を図るためには、原則として日本の国内法が適用されないままで米側に裁量を委ねる形となる運用の改善だけでは不十分であり、地位協定の抜本的な見直しが必要であると考え、2017年から外国における地位協定の調査を始め、これまでドイツ、イタリア、ベルギー、英国を対象にしてきました。そこから得られた日本との根本的違いは、駐留軍に対する国内法適用の有無であり、日本は米国と対等な立場にはなく、米国の属国であることを明らかにしました。日本政府は、ほとんど意味のない二つの補足協定(環境、軍属)を締結したと言いますが、基地問題が発生するたびに、相も変わらず、運用改善で対応していると言い逃れをしています。全国知事会は、2016年、翁長前沖縄県知事の「基地問題は、一都道府県の問題ではない」との提言を受けて、2018年7月全会一致で日米両政府に地位協定の抜本的見直し、基地の整理・縮小、返還を積極的に促進することなどの「提言」を行いました。基地問題は、「戦争をする国造り」を進める安倍政権の下、「日米軍事一体化」が「深化」する中で、安保条約の存続の是非の問題として考えなければなりません。それは、基地問題に限らず国民生活全般にかかわるのです(軍事予算の増大と社会保障費の削減が典型)。私たちは、人類がやっと手にした「武力行使禁止原則」(国連憲章)、その更なる具体化としての日本国憲法9条を守り、活かしていかなければなりません。

◎6月2日、金沢市文化ホールで開催した非核の政府を求める石川の会第31回総会記念講演(要旨)です。講師の五十嵐正博代表世話人にまとめていただきました。

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