「石川県創造的復興プラン」に対する提言/ 学識経験者らが提出

   石川県が6月に策定した能登半島地震の「創造的復興プラン」について、学識経験者ら有志が「県創造的復興プラン検討会議」をつくり、7月31日、馳浩知事に標記の提言書を提出しました。

 今年5月12日、非核の政府を求める石川の会総会記念講演「大震災、原発と住み続ける権利」の際に検討会議の発足を呼びかけられた井上英夫氏から提言書を提供いただきましたので、本会HPに提言書全文(総論、提言内容とその理由、補論=住み続ける権利)を掲載します。

2024 年7月31 日

石川県知事        馳   浩  様

「石川県創造的復興プラン」に対する提言

「石川県創造的復興プラン」検討会議

代表 井上 英夫

 このたびの能登半島地震の甚大な被害への貴職のご尽力に、敬意を表します。

 さて、能登半島地震から半年が過ぎましたが、住居等再建のための倒壊家屋の撤去や各家屋への上下水道の整備などにおいて、「復旧」からはほど遠い状況が続いています。「能登に帰りたい、みんなで帰りたい」という思いを抱えたまま、未だ避難を余儀なくされている方も少なくありません。

 こうしたなか、復興のための基本計画となる「石川県創造的復興プラン」が、6月27 日に公表されました。その内容について、「住み続ける権利」を保障するという視点、すなわち、「被災者・地域住民が、どこに、だれと住むか、どのように住むかを自己決定し、自分らしく生き、自己の願い・希望を実現することを人権として保障する」、という視点から、復興プランに対して提言をいたします(「住み続ける権利」については、あわせて「補論」を参照してください)。

 能登半島の復興のためには、そこに暮らす被災者一人ひとりの「復興」が実現されねばなりません。したがって、今後、復興プランを具体化するにあたっては、被災者、住民の主体的な参加のもとで具体策が検討され、その切実な「声」が反映されたものでなければなりません。そして、その復興策の具体化には国・自治体などの公的保障が不可欠です。

 まずは一刻も早い「復旧」が具体化されなければなりません。そのうえで「創造的復興」ではなく「人間の復興」につながる復興となるよう、以下意見を申し上げます。

 

1 被災住民の復旧・復興への思いと「創造的復興リーディングプロジェクト」を中核に据えた復興プランの内容がかみあっておらず、プランの具体化においては被災住民の思い・願いに基づく「不断の」見直しを行うこと

2 復興プランの具体化にあたって、「創造的復興」の前にいまだ進まない「復旧」を重視すること

3 復興プランの見直し・具体化において、被災者・住民の「参加」を保障すること

4 被災者の復旧・復興を具体化する保障主体、住民の「住み続ける権利」の保障主体は、国・自治体である旨を明らかにして、今後の復旧・復興を進めること

5 インフラの整備に「集約化」など財政等による抑制的な条件をつけないこと

6 計画期間については、石川県成長戦略の目標年次(2032 年度)までとなっているが、復興に必要な期間を限定することなく成長戦略とは切り離して復興プランを具体化すること

7 被災状況の分析が不十分であり、ただの事実の列挙ではない検証を今後しっかりと行うこと

8 志賀原発の事故について事実を明らかにしたうえで、廃炉に向けた道筋を示すこと

9 被災住民が能登で住み続けるために必要な社会保障施策(居住保障、医療保障、社会福祉施策の保障等)について、その復旧・復興の道筋をプランの中核に据え、具体的に提示すること

 

(提言内容とその理由)

1 被災住民の復旧・復興への思いと「創造的復興リーディングプロジェクト」を中核に据えた復興プランの内容がかみあっておらず、プランの具体化においては被災住民の思い・願いに基づく「不断の」見直しを行うこと

〇 地震後半年を迎えた7月1日、マスコミ各社から被災住民に対するアンケート結果が相次いで公表された。そこでは、「能登に帰りたい、今後も能登で暮らし続けたいという思い」「現在の不安・困りごと」「復旧・復興の進捗と行政に対する不満」などについて、被災住民の率直な思いが示されている。

・ 今後の住みたい場所としては、「被災前と同じ場所」(75%(回答者に対する割合。以下同じ)・読売新聞)、「被災前に住んでいた場所・同じ地区・同じ自治体」(73%・NHK)、「市内」(76%)(輪島と珠洲の仮設住宅居住者に対する調査(北陸中日新聞))、など7割を超える人が、能登で暮らし続けたい、能登に戻りたいと回答している。

・ 現在の不安・困りごとでは、「今後の住まい」「経済的見通し」「健康の悪化」(複数回答で回答が多い順・北國新聞)、「住まい」(51%)、「暮らし向き」(14%)(北陸中日新聞)、「居住環境」「生活環境」「仕事」「医療・福祉」(複数回答で回答が多い順・NHK)など、住居・生活の保障、医療・福祉の保障に対する「不安」が多数を占めている。

・ 復旧・復興の進捗については、「実感がない・あまりない」(71%・北國新聞)、「進んでいない、あまり進んでいない」(85%・NHK)などの回答となっており、遅れを感じている点として「公費解体」「道路の修繕」(それぞれ約6割、複数回答・北國新聞)が挙がっている。一方、行政に対しては「県や市町の対応が不満・やや不満」(50%、北國新聞)と半数が不満を持っている。地震からの「復旧」に対して行政の対応に遅れを感じている状況が浮き彫りになっている。

〇 上記の被災者の思いと、「創造的復興リーディングプロジェクト」を中核に据えた復興プランの間には、現時点で大きな齟齬がある。復興プランが「能登の将来」を主眼に置いた内容であることを考慮したとしても、プランの具体化においては被災住民・地域住民の思いに基づく「不断の」見直しが必要である。

2 復興プランの具体化にあたって、「創造的復興」の前にいまだ進まない「復旧」を重視すること

・ 倒壊家屋の公費解体や各家屋への上下水道整備、道路・漁港などの交通インフラの復旧がいまだ進んでいない状況にある。復興プランの別冊「施策編」には、公共土木施設や上下水道などの項目ごとに「タイムライン」が示され、復旧への道筋を明らかにしようとしてはいるが、復興プラン本文では「創造的復興リーディングプロジェクト」が強調され、復旧への道筋が十分に示されていない。

・ 今後の復興プラン具体化に当たっては、復興と復旧を並行して考えるにしても、まずは「復旧」を重視すべきである。

3 復興プランの見直し・具体化において、被災者・住民の「参加」を保障すること

・ 能登半島地震からの復旧・復興に取り組む「石川県復旧・復興本部会議」は、石川県の知事・副知事・各部局の長から構成されているのみである。また、復旧・復興にあたり、専門的・技術的意見を聴取するために選定された「アドバイザリーボード委員」10 人のうち、被災地(石川県)に生活拠点を有する者は2人のみである。被災者・住民代表の参加がなく住民の意見を取り上げ、議論する場となっていない。

・ 復興プラン作成に際しては、被災住民の声を聴く機会(のと未来トーク、奥能登6市町と金沢で開催、延べ450 人が参加)を設け、復興プランにも「主な意見」としてその内容が列記されている。被災者の意見を聴くという意味で重要な取組みであったが、これらの意見を石川県本部会議としてどのように受け止め、復興プランにどのように取り入れたのか(あるいは取り入れなかったのか)への言及がまったくなされていない。これでは被災住民の意見に基づく復興プランとは言い難く、少なくとも「のと未来トーク」で出された意見について、石川県が今後どう対応していくのかについて提示すべきである。

・ プランの改定、具体化は被災住民・地域住民の声に基づき進めるべきであるが、その際には、被災住民・地域住民の「声を挙げる場」「意見を述べる機会」「きめ細かいヒアリング」などが保障されなければならない。

・ なお、「被災住民の声を聴く」にあたっては、その大前提として、当面の「復旧」や今後の「復興」に欠かすことのできない「情報」(生活再建・生業再建への補償制度や仮設住宅、公費解体、廃棄物処理など)を、被災者・地域住民一人ひとりに確実に届けなければならない。情報の提供を迅速・的確に行うための施策を、具体化する必要がある。

4 被災者の復旧・復興を具体化する保障主体、住民の「住み続ける権利」の保障主体は、国・自治体である旨を明らかにして、今後の復旧・復興を進めること

・ 復旧・復興の主体は住民であり、それを具体化する保障主体は国・自治体である。しかしながらプランの「創造的復興に向けた基本姿勢」には、「あらゆる主体が連携して復興に取り組み」とされており、行政、住民、産業界、高等教育機関、NPO、ボランティアなどが「並列的に」主体者として位置づけられている。さらに、石川県の取組みとして「有効な施策の創出に向け連携の場づくりを支えていきます」とされており、これでは保障主体としての自治体の位置づけとして不十分と言わざるをえない。

5 インフラの整備に「集約化」など財政等による抑制的な条件をつけないこと

・ 復興プランにおける道路、電気、上下水道、通信などのインフラ整備に係る記述において、あらかじめ抑制的な条件をつけるような文言が散見される(例:「ありたい社会をもとに持続可能なインフラを考える」「単に直すだけでなく」「サステナブルで新たな価値を創造するインフラの実現」「自立・分散型の「点」でまかなうインフラ」など)。

・ 住み続けることができるインフラの整備・復旧については、初めに「集約化」ありきではなく、まずは財政等の制約条件を付けることなく進めなければならない。被災住民の生活インフラが地震前の状態に復旧してはじめて、能登の将来について考えることができるのである。

6 計画期間については、石川県成長戦略の目標年次(2032 年度)までとなっているが、復興に必要な期間を限定することなく成長戦略とは切り離して復興プランを具体化すること

・ 計画期間については、被災者の生活再建・生業再建のために必要な期間を十分に保障しなければならない。これを石川県の成長戦略の目標年次にあわせてしまうことにより、必要な復興のための期間が限定・長期化されてしまえば、大きな問題である。

・ 計画期間だけでなくその内容からみても、国の「成長戦略」の影響を感じさせる提起が少なくない(例えば、6月21 日に閣議決定された「規制改革実施計画」の目玉施策である「ライドシェア」「ドローン」や、この間の政府の基本施策に位置づけられている「マイナンバーカード」の活用などは、復興プラン案で特筆されている「創造的復興リーディングプロジェクト」にも取り上げられている)。地震からの復興を名目に、社会保障はじめ被災者・住民の人権保障よりも国が進めたい規制改革、成長戦略メニューを重視することは、被災者・住民の「人間の復興」を第一に考えているとは言い難い。

7 被災状況の分析が不十分であり、ただの事実の列挙ではない検証を今後しっかりと行うこと

・ 復興プランの「被災状況」の章には、死因や負傷理由、建物の損壊に関する検証がない。また、被災人口に対する住宅全壊割合がなぜ高いのか、インフラ復旧が遅れたのはなぜかなどの検証もなされていない。また、2007 年能登地震との被災状況の違い、対応の違いについての分析もない。過去の地震も含めた被災状況の分析・検証があって、はじめて復興プランは実効力のあるものになるはずである。

・ 復興プランには、医療機関や社会福祉施設等の社会インフラの記述が一切ない。社会保障関連施設がどこでどれぐらいの数が、そして、何が原因で被災したのか、どのような影響があったのか等の分析が必須である。

8 志賀原発の事故について事実を明らかにしたうえで、廃炉に向けた道筋を示すこと

・ 復興プランの中で特筆している「リーディングプロジェクト」には、グリーンイノベーションについての記述があるが、志賀原発を今後どうしていくのかについて、言及がまったくない。少なくとも、地震発生時、志賀原発で何が起こったかを明らかにし、変圧器等の破損によりどのような影響があったのか、そして今後、何を教訓とすべきかという分析が必要である。

・ 今回の地震で、石川県の地震対策に大きな問題があったこと(避難計画で想定していた道路の損壊、最新の知見に基づき地域防災計画の地震災害対策編を見直していなかった等)が明らかになった。また、もし、志賀原発が「再稼働」していたら、そして、珠洲原発が地域住民の反対運動を押し切って「稼働」していたら、不可逆的な被害がもたらされたことは想像に難くない。石川県として、志賀原発廃炉への意思を表明すること、廃炉に向けた計画を具体的に策定することは、能登地域の復興、そして能登の住民の復興に不可欠である。

9 被災住民が能登で住み続けるために必要な社会保障施策(居住保障、医療保障、社会福祉施策の保障等)について、その復旧・復興の道筋をプランの中核に据え、具体的に提示すること

・ 復興プランの中核をなす「創造的復興リーディングプロジェクト」には、被災者の生活再建・生業再建に不可欠な社会保障施策についての言及がまったくみられず、観光回復に力点が置かれている。創造的復興の前に、まずは被災住民一人ひとりの復興、人間らしい暮らしを取り戻すことに全力を注がなければならない。能登の中心産業の農林漁業を基盤とし、生活再建・生業再建への展望を具体的に示すことが必要である。

 

(補論)住み続ける権利について

 「住み続ける権利」とは、「被災者・地域住民が、どこに、だれと住むか、どのように住むかを自己決定し、自分らしく生き、自己の願い・希望を実現することを人権として保障する」ものである。

 憲法22 条において、国民は「居住、移転の自由」が人権として保障されている。この規定が含意しているのは、自己の意思で自由に移動できることを保障するのはもちろん、自己の意思に反して居所を移されないという「移動しない自由」をも保障しているということである。移動しない自由の保障とは、すなわち「住み続ける権利」の保障である。被災地であっても住み慣れた町で住み続けることは、憲法上の権利、つまり国が住民に保障すべき人権である。

 もちろん、住み慣れた地域を離れ「移転」する自由も保障されているのは言うまでもない。被災者の自己決定により住み慣れた町を離れて居住した者であっても、そこで「住み続ける権利」が保障されなければならないことになる。

 住み続ける権利が保障されるためには、狭義の住居の保障のみならず、ライフラインの整備、居住環境の保障、生業・職の保障(所得保障)、医療機関や福祉施設などの社会保障、教育の保障、交通の保障、文化・コミュニティ・つながりの保障など、公的責任による重層的な権利保障が不可欠の条件となる。これらは、憲法22 条のみならず、25 条(生活権、健康権、文化権、居住権)、27、28 条(労働権、労働基本権)、26 条(教育権)、財産権(29 条)などを総合的に保障することではじめて実現する。

 さらに、総合的人権保障としての「住み続ける権利」は、国際条約においても明記されている。国際人権規約では、「移動の自由、居住の自由」を保障したうえで(市民的政治的権利に関する国際規約12条)、「自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準」の保障と「生活条件の不断の改善」についての権利を認めている(経済的社会的文化的権利に関する国際規約11 条)。

 住み続ける権利は、憲法が住民に保障する人権であることから、その具体化に当たっては「人間の尊厳」が保障されなければならない(13 条)。尊厳の保障の基礎となるのは、住民の自己決定と選択であり、それを通じて、住民一人ひとりが自分らしく生き、自己の願い・希望を実現することであるといえる。したがって、住み続ける権利の保障にあたっては、住民の自己決定と参加の保障が不可欠となる。地震からの復興計画策定に際しても参加の保障が徹底されなければならない。

 そして、住み続ける権利が憲法上の人権である以上、それを実現させる保障主体は、国・自治体である。石川県の復興プランの基底には、人権としての住み続ける権利の保障が据えられなければならない。

<提言賛同者一覧(50音順)> 2024年7月30日現在

  五十嵐正博(金沢大学名誉教授)

 梅田康夫(元金沢大学教員)

 奥村 回(弁護士)

 奥村妙美(看護師)

 鹿島正裕(金沢大学名誉教授)

 木綿隆弘(金沢大学理工研究域機械工学系教授)

 黒岡有子(医療ソーシャルワーカー)

 小林信介(金沢大学経済学経営学系教授)

 伍賀一道(金沢大学名誉教授)

 齊藤典才(医師)

 信耕久美子(医療ソーシャルワーカー)

 曽我千春(金沢星稜大学経済学部教授)

 武田公子(金沢大学経済学経営学系教授)

 田中純一(北陸学院大学教授)

 塚原俊文(北陸先端科学技術大学院大学名誉教授)

 塚本真如(被災者、珠洲市・圓龍寺住職)

 寺山公平(団体職員)

 中内義幸(医師)

 橋本明夫(弁護士)

 平田米里(被災者、歯科医師)

 松浦 曻(金沢大学名誉教授)

 三宅 靖(医師、石川県保険医協会会長)

 村上慎司(金沢大学地域創造学類講師)

 柳沢深志(医師)

 横山壽一(金沢大学名誉教授)

 

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