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非核の政府を求める石川の会は、会報「非核・いしかわ」第331号(2026年2月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」、「絵手紙」も最新情報を追加しました。
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非核の政府を求める石川の会は、会報「非核・いしかわ」第330号(2026年1月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」、「絵手紙」も最新情報を追加しました。
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【年頭所感】

新憲法公布80周年、前文を読みましょう

代表世話人 井上英夫

 あけましておめでとうございます。今年こそ、よい年になりますように、と願っているのですが、年明けから、国内外ともに不穏な状況ですね。

7日から8日と門前、穴水の被災地に行きました。能登半島地震から2年、復旧・復興は遅々として進んでいません。能登の人たちは必死に頑張っています。しかし、もっとも頑張るべき国、県の姿はほとんど見えず、人々の将来への不安は増大しているように感じました。

 住み続ける権利の保障による人間の復興とはほど遠く、国・県は人権の保障ではなく、公助すなわち援助・応援という寄り添い政策に終始し、被災者、能登の人々に自助・頑張り共助・助けあいを強いています。過疎化、高齢化、少子化を一層進め、集約化、集中化により能登を住み続けられなくする。地域崩壊・棄民政策というべきです。他方で、大軍拡をすすめ平和主義・非核三原則、基本的人権の保障、国民主権・民主主義という憲法の3本柱をも放棄しようとしています。内外の危機的状況下、能登そして日本、世界にとって、憲法とりわけ平和的生存権を基礎とした住み続ける権利の確立こそ喫緊の課題です。私達、非核の政府を求める会の存在意義・活動の必要性はますます高まっています。

年頭にあたり、憲法前文をじっくり読んでみましょう。わずか690語です。新憲法は、第二次大戦敗戦直後の1946年11月3日に公布され80年になります。日本、世界の人々の戦争への反省と平和への希求を反映し、世界最先端の憲法でした。古くなるどころか、今、私たちがなすべきこと、日本と世界の進むべき方向とくに平和的生存権の保障、を示しています。

 

日本国憲法 前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

  そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、 普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

 第一段落では、①国民主権議会制民主主義体制、②今に生きる私たちだけでなく子孫のために、③諸国民との協和による成果と、自由のもたらす恵沢すなわち平和と基本的人権の保障、④政府の行為によって再び戦争が起らないよう、にすることへの決意を述べます。戦争は、決して国民の望むものでなく政府の行為によって起こるという認識が大事ですね。

第二段落は、人類普遍の原理として国の政治体制の基本を示しています。立憲主義の表明といってよいでしょう。

①国政は、主権者国民によって信託された代表者によって行われる。

②国政の権利(権限)行使も国民の主権を代行するものです。国会議員や行政官僚、裁判官が、国民に優位するという考えは全く間違っています。国政の「権利」は、主権者国民の権利と違い制限付きの「権限」にとどまります。むしろ国政の横暴、すなわち主権者たる国民の人権侵害・剥奪に歯止めをかけるもので、立憲体制の意味はこの点にあります。

③したがって、この人類普遍の原理に反する、憲法、法令、詔勅等は排除され無効となります。基本的人権を侵害し、剥奪するような「憲法改悪」は許されません。

第三段落は、平和的生存権の保障です。

第一に、日本国民に、恒久平和と人間相互の関係を支配する崇高な理想を自覚することを求めています。

第二に、私達の安全と生存を保持する大前提は、平和を愛する諸国民の公正と信義に依頼することである、ということです。第一段落でも、諸国民との協和が述べられています。

 第三に、平和的生存権です。全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を保障しています。

ここで、恐怖fearとは戦争やテロ、暴力で、欠乏wantとは飢餓や貧困です。平和的生存権は、単なる宣言ではなく、戦争と軍備を放棄した憲法9条に、そして欠乏からの自由は、主として健康で文化的な権利を保障した憲法25条に結実しているわけです。その意味で憲法9条と25条は一体であり、さらに平和的生存権は、現在では、裁判所によってすべての人権の基底的権利であり国民の具体的権利とされています。

第四段落は、一国平和主義でなく全世界の人々を視野に入れています

第一に、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない

第二に、前文に述べられている政治道徳の法則は、普遍的であり、この法則に従うことこそ、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である、と宣言しています。

現状をみるとあまりに、崇高かつ理想主義的といえるかもしれません。しかし、この方向を貫くことこそ、日本が、国際社会において名誉ある地位を占めることになるのではないでしょうか。トランプ、プーチン、習近平そしてネタニヤフ等現在の独裁者に、鉄槌を下せと言っているわけです。

 最後に、私たち国民の、国家の名誉にかけ、全力をあげて崇高な理想と目的を達成するという誓い、を掲げています。

人権のためのたたかいへ

 憲法97条は、憲法の保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であると明言し、さらに憲法12条は、憲法・人権の保持のための不断の努力を国民に求めています。

前文は2012年の自民党憲法改正草案では全面書き換えで平和的生存権削除です。また、憲法97条は全面削除です。為政者・権力者にとって人々の人権のためのたたかいがもっとも怖いわけでしょう。

80年後の今こそ、憲法前文の掲げた誓いを果たすため、平和憲法を守り発展させる人権・非核のためのたたかいに立ち上がるべき時だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【年頭所感】

奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし

代表世話人 五十嵐正博

日に日に世界が悪くなる

NHKの「朝ドラ」主題歌に耳を傾けたことがかつてあったでしょうか。「毎日難儀なことばかり」、はたまた「日に日に世界が悪くなる」、「そうだよな!」とうなずく毎朝です。国際法などどこ吹く風、「威嚇」をちらつかせ、「武力行使」をものともせず、「皆殺し」(ジェノサイド)を「したり顔」(あの「作り笑い」もその同類異種か)で吹聴する指導者たち、「傍若無人」「やりたい放題」、「狂気」が世界に渦巻いています。

この「狂気」は、「奢れるもの」(「悪魔」「独裁者」といってもいい)の断末魔、「帝国」が崩れ落ちる叫びのように聞こえます。「奢れるもの」には、「いのち」の尊重をものともしないという共通点があります。米国は、反米と見なす指導者の殺害、拉致、あるいは失脚させる多数の「政権交代作戦」を実行してきました。ベネズエラを「武力攻撃」し、大統領を「拉致」するという「狂気」は、今に始まったことではありません。

米国は、「ドンロー主義」にやがて「東半球」まで射程に入れ、日本で米軍基地の撤退を迫る指導者が現れたら「拉致」し、米国で裁判にかけるのでしょうか。反米政策をとる各国の指導者は「眠れぬ夜」を過ごしているでしょう。

生物は「大量絶滅と大繁栄」を繰り返しながら「進化」を遂げてきたといわれます。折しも、国立科学博物館では「それでも進化は続く」との楽観論を述べつつ、「生命が誕生してから40億年」「様々な角度から5回の大量絶滅の謎」に迫る「大絶滅展」が開催されています。今や、第六次大絶滅期に入ったという説もあるそうです。従来の大量絶滅が、大規模な火山の噴火や隕石の衝突といった環境の激変によるものだったのに対し、現在起こりつつある第六次大量絶滅は、人類の存在に起因するものだとの説に納得します。田中熙巳さんは、ノーベル平和賞受賞演説で「人類が核兵器で自滅することのないように」と訴えました。核兵器、原発の存在、地球環境危機がもたらしうる「大絶滅」は、まさに「ヒト」の存在に起因します。

「平和四原則」:全面講和・中立・軍事基地反対・再軍備反対

さて、古い話で恐縮ですが、いまから76年前に発表された「講和問題についての平和問題談話会声明」を紹介しましょう。「声明」は「日本が平和国家としてのあるべき姿」を描いており、今に通ずる提言です。

1945年8月14日、日本は「ポツダム宣言」を受諾、同宣言12項は、日本国国民が自由に表明する意思に従って平和的傾向を有し、かつ責任ある政府が樹立されれば、「連合国の占領軍は、直ちに日本国より撤収される」と規定していました。しかし、「占領軍」は直ちに撤退するどころか、1951年、講和条約と同時に署名された「(旧)日米安保条約」により「米国軍隊」に置き換えられました。1946年11月3日、「日本国憲法」が公布、1949年10月1日には、中華人民共和国建国宣言がなされ、1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発、1951年9月18日、「日本との平和条約」が連合国諸国と日本との間で署名、という道筋をたどります。

講和条約締結に当たっては、国内で「全面講和か単独講和」かの活発な議論が行われていました。「講和問題についての平和問題談話会声明」が発表されたのは1950年1月15日(『世界』1950年3月号)、朝鮮戦争勃発前です。「談話会」は、『世界』初代編集長、吉野源三郎氏が、ユネスコから出された声明に示唆をえて、東京、関西在住の学者を中心に組織した会でした。私が幸運にも謦咳(けいがい)に接することのできた田畑茂二郎先生もそのメンバーでした。

「声明」は、講和問題の処理は、「日本の運命を最後的に決定するであろう」との痛切な思いを述べます。「懇話会」は討論の前提として、「第一は、われわれの憲法に示されている平和的精神に則って世界平和に寄与するという神聖なる義務」を、「第二は、日本が一刻も早く経済的自立を達成して、徒らに外国の負担たる地位を脱せんとする願望」を指摘し、具体的に以下の四点に言及します。

第一に、「経済的自立」は「全面講和の確立を通じてのみ充たされる」のであり、単独講和は、日本と中国その他の諸国との関係を切断する結果となり、自ら日本の経済を特定国家への依存及び隷属の地位に立たせることになる。

第二に、日本国憲法の平和的精神を忠実に守る限り、「二つの世界の調和を図るという積極的態度」で講和の問題に当たることが要求され、「単独講和はわれわれを相対する二つ陣営の一方に投じ、それとの結合を強める反面、他方との間に、単に依然たる戦争状態を残すにとどまらず、さらにこれらとの間に不幸なる敵対関係を生み出し、総じて世界的対立を激化」させる。

第三に、「講和後の保障」については、あくまで「中立不可侵を希い、併せて国際連合への加入」を望む。「単独講和または事実上の単独講和状態に付随して生ずべき特定国家との軍事協定、特定国家のための軍事基地の提供の如きは、その名目が何であるにせよ、わが憲法の前文及び第九条に反し、日本及び世界の破滅に力を藉(か)すものであって、われわれは到底これを承諾することはできない。日本の運命は、日本が平和の精神に徴しつつ、而も毅然として自主独立の道を進む時のみ開かれる。」(ゴチック対は筆者)

第四に、「理由の如何によらず、如何なる国に対しても軍事基地を与えることには、絶対に反対する。」

「奢れる人は久しからず」

日本の歴代政権は、「日米同盟」が未来永劫不変であると信じているようです。日米同盟はいつまで「深化・強化」し続けるのでしょうか。いずれ「米中同盟」が画策され、日本が米中の「仮想敵国」となる日がくるかもしれない、いや、日本はその頃は自滅して歯牙にもかけられていないかもしれない。米中が「わが物顔」していた時代も終わっているかもしれません。

世界史は、「合従連衡」が繰り返され、いかなる「帝国」も永続したためしはないと教えてくれています。「合従連衡」の、何よりも「戦争」の愚を繰り返さないためには、すべての「軍事同盟」を、なによりも各国の「軍隊」を解体しなければなりません。世界中が「戦争・軍拡カルト」に洗脳され、世界各地で「公然と」国際法無視の武力行使が行われている現在、「日本国憲法前文及び第九条」を世界に向けて広めなければならないと強く思います。「講和問題についての平和問題談話会声明」で述べられた諸提言は今もわたしたちが追及すべき「道しるべ」です。

 

 

 

 

非核の政府を求める石川の会は、会報「非核・いしかわ」第329号(2025年12月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」、「絵手紙」も最新情報を追加しました。
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2025年度(令和7年度)平和事業に関する自治体アンケート・集計報告
自治体名 (1)非核・平和事業の計画 2025年「戦後・被爆80年」の取り組み
0 石川県 ・原爆写真パネル展の会場提供(8月1日~15日、石川県庁19階展望ロビー/住民団体主催)
・平和行進への対応/予定なし
・予定なし
1 金沢市 ・原爆写真パネル展(7月30日~8月18日)、①金沢市役所第二庁舎1階エントランス②金沢市立泉野図書館/自治体主催
・平和行進への対応/市長メッセージを送付
・戦後80年及び「平和都市宣言」40周年の節目の年に当たり、世界の恒久平和の実現に向けた思いを新たにするため、広島市、金沢市遺族会連合会との共催で「ヒロシマ原爆・平和展」を開催します。
(期間)8月7日(木)~8月15日(金)10:00~19:00(最終日は14:00で終了)
(場所)金沢駅もてなしドーム 地下イベント広場
2 七尾市 ・平和展(8月8日~14日、のと里山里海ミュージアム/自治体主催)
・平和行進への対応/ペットボトル募金の設置、日本政府に核兵器禁止条約の署名。批准を求める署名の協力、市長メッセージ
・平和展の開催予定
・被爆体験記・朗読会の開催予定
3 小松市 ・原爆写真パネル展(8月4日~6日、小松市役所エントランスホール/住民団体主催)
・平和行進への対応/協力金、唯一の戦争被爆国日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める署名、ペットボトル署名、市長メッセージ、懸垂幕
・小松市戦没者慰霊式(令和7年6月7日)
4 輪島市 ・例年実施している原爆絵画展は、施設の被害により実施不可
・平和行進への対応/市長及び議長のペナントをお渡しするとともに、市長メッセージを読み上げている。
・特になし
5 珠洲市 ・原爆写真パネル展/開催計画なし
・平和行進への対応/なし
・なし
6 加賀市 ・原爆写真パネル展(8月1日~20日、加賀市民会館/自治体主体)
・平和行進への対応/予定なし
・予定なし
7 羽咋市 ・「原爆写真パネル展」(8月6日~11日、コスモアイル羽咋/住民団体主催)
・平和行進への対応/市長メッセージ
・未定
8 かほく市 ・原爆と人間展(9月17日~10月1日、市の公共施設/住民団体主催)
・平和行進への対応/特になし
・特になし
9 白山市 ・原爆写真パネル展/7月25日~8月11日、白山市鶴来総合文化会館クレイン 8月1日~6日、白山市市民工房うるわし/市民団体主催(市・教育委員会後援)
・平和行進への対応/庁舎前にて出発式を実施、市長メッセージを読み上げ、署名と募金を手渡ししている。
・若い世代の平和維持の意識向上を目的に、学校での平和教育の取り組みの充実を図るため、被ばく体験者の話を基にした教材(動画)を作成し、道徳などの授業でオンデマンド配信により活用する。また、市内中学校で原爆パネルを巡回展示する。(動画)を作成し、道徳などの授業でオンデマンド配信により活用する。
10 能美市 ・原爆写真パネル展/8月6日~16日、能美市立寺井図書館/住民団体主催) 
・平和行進への対応/庁舎において来庁式を実施
・なし
11 野々市市 ・原爆写真パネル展(8月15日~21日、学びの社ののいちカレード/自治体主催)
・平和行進への対応/事前に署名及び募金を集めております。また、野々市市を通られた際には、市長および議長が参列し、平和へのメッセージを読み上げ、署名および募金をお渡ししています。
・戦争を経験した方が年々減少していることから、平和の旅及び原爆パネル展の内容を充実させ、新たな世代へ語り継げる人材の育成により一層尽力いたします。
12 川北町 ・原爆写真パネル展の予定はありませんが、町のイベント等で展示できないか検討します。
・平和行進への対応/特にありません
・特にありません
13 津幡町 ・原爆写真パネル展(8月1日~15日、津幡町役場庁舎内/自治体主催)
・平和行進への対応/津幡町役場庁舎内にて到着式を行う
・特になし
14 内灘町 ・原爆写真パネル展(8月5日~12日、内灘町役場1階ロビー/自治体主体) ・特になし
15 志賀町 ・原爆写真パネル展(8月4日~15日、志賀町文化ホール/自治体主催)
・平和行進への対応/特になし 
・特になし
16 宝達志水町 ・原爆写真パネル展(8月4日~18日、宝達志水町役場庁舎ロビー/自治体主催)
・平和行進への対応/特になし 
・特になし
17 中能登町 ・原爆写真パネル展(8月5日~17日、ラピア鹿島/自治体主催)
・平和行進への対応/町長メッセージ送付、町長・議長・教育長のペナントの寄贈
・未定
18 穴水町 ・原爆写真パネル展(8月4日~15日、穴水町役場1階ロビー/自治体主催)
・平和行進への対応/受け入れ式の実施・募金、署名活動
・特になし
19 能登町 ・原爆写真パネル展(8月6日~16日予定、会場・検討中/自治体主催)
・平和行進への対応/町内において実施ている住民団体は把握していない
・現在予定なし
自治体名 (2)子どもたちへの平和教育施策 (3)非核平和宣言の周知方法(掲示場所・掲示開始年)
0 石川県 ・各小中高等学校では、学習指導要領に基づき、社会科や公民科等で平和教育を実施 ・掲示していない
1 金沢市 ・8月6日及び9日は、多くの尊い命の犠牲の上に現在の平和があることに思いを巡らせる大切な日であり、各市立学校には、校長会議や学校訪問等の場を通して、児童生徒が歴史を学び、平和の尊さについて考える機会を適切に設けてほしいと依頼している。 ・「平和都市宣言」碑(姉妹都市公園)
1995年8月1日
2 七尾市 ・平和展に展示する作品の作成
・被爆体験記・朗読会の開催予定
・「平和都市宣言」記念碑(市役所本庁舎正面玄関)、2007年設置
3 小松市 ・中学校7校が5月に広島県へ修学旅行 ・懸垂幕(市庁舎正面)2010年以降は掲示しているこうおは確認できたが、それ以前は資料が残っていないので不明
4 輪島市 ・8月の全校登校日に合わせて平和学習(戦争の惨禍や核兵器の脅威、命の尊さ、世界平和)を実施している ・掲示していない
5 珠洲市 ・教科等における平和に関する内容の際に学習を行う
・夏季休業中の登校日時の際に平和に関する学習を行う
・人権教育と関連付けながら学習を行う
・掲示していない
6 加賀市 ・夏休み登校日に平和集会や平和に関する教育を各校・各学級で実施 ・掲示していない
7 羽咋市 ・未定 ・掲示していない
8 かほく市 ・戦争平和に関する図書コーナーの設置 ・掲示していない
9 白山市 ・学校図書室での平和に関する本の展示、夏休みに平和集会を開催、被爆経験者による講演、原爆に関するパネルの巡回展 ・「平和宣言都市」宣言塔(本庁舎、宮丸交差点、JR美川駅、鶴来支所)
10 能美市 ・例年、市内小学校で平和学習の授業を実施 ・「非核平和宣言都市 能美市」懸垂幕(市役所本庁舎)、2019年
11 野々市市 ・平和の旅
・夏休み中の全校登校日に平和集会を開催
・各学級での平和学習
・図書委員会・掲示委員会における啓発活動
・「平和都市宣言のまち」標柱
(庁舎前駐車場)、2014年
12 川北町 ・町内すべての学校で8月6日を全校登校日として平和について考える
・中学校の広島への修学旅行(平和記念資料館見学)
・「平和都市宣言の町」懸垂幕
(川北町文化センター前)、2022年
13 津幡町 ・夏休み中の8月6日から9日の全校登校日、または学年登校日に集会で平和教育を実施する ・「平和都市宣言の町」標柱
(役場前)、1992年設置ー2021年改修
14 内灘町 ・町立小中学校の全校集会において、平和教育を実施予定
・町立小中学校の学校図書館に、平和に関する図書コーナーを設置予定
・「非核平和都市宣言の町」宣言塔
(役場庁舎横:2003年、保健センター前:1992年)
・平和宣言塔(泉源公園/歴史民俗資料館横)1996年
15 志賀町 8月の全校登校日に平和に関する学習
小学校:遺族会による講話、絵本読み聞かせ、動画視聴
中学校:戦争を平和をテーマにした作文
・「非核宣言の町」宣言塔(役場駐車場)、2006年
16 宝達志水町 ・夏休み中の登校日の集会時に先生から平和についての講話を実施 ・掲示していない
17 中能登町 ・夏休みの平和集会(1中学稿:約410人、3小学校:約710人) ・「非核・平和宣言の町」標柱
(中能登町役場総務庁舎)2015年
・記念植樹ハナミズキ
(中能登町役場総務庁舎)2015年
18 穴水町 ・国語や道徳の授業を通して実施している ・掲示していない
19 能登町 ・8月6日の登校日に各学校において非核についての講話を予定 ・掲示していない
                  2025年7月14日 非核の政府を求める石川の会

 

2025年7月20日

石川県内各自治体総務課 御中

(非核平和施策担当課)

非核の政府を求める石川の会

2025年度平和事業に関する自治体アンケートの集計結果    送付にあたって

 6月3日に県内各自治体に依頼した「2025年度平和事業に関する自治体アンケート」の集計結果をお送りします。2012年度から開始した自治体アンケートは、コロナ禍で中止した2020年度を除き、今回で13回目になります。今年のアンケート調査は、依頼状の送付、回答書の受取りを各自治体総務担当課とのメール交信により実施しました。アンケートにご協力いただいた担当課の皆様に感謝申し上げます。

 「戦後・被爆80年」、今年の平和事業アンケートは、次の4項目についてお尋ねしました。

  • 非核・平和事業の計画(原爆写真パネル展の開催、平和行進への対応)
  • 「戦後・被爆80年」の独自施策
  • 子どもたちへの平和教育施策
  • 非核平和宣言の周知方法(掲示場所・掲示開始年)

 アンケート集約結果と当会のコメントは、以下の通りです。

自治体主催で「原爆写真パネル展」を開催しているのは

 「原爆写真パネル展」を自治体主催で開催しているのは、金沢市、七尾市、加賀市、野々市市、津幡町、内灘町、志賀町、宝達志水町、穴水町、中能登町、能登町の11自治体です。この外、輪島市では2023年まで清水正明医師の「原爆被爆絵画展」を開催していましたが、能登半島地震により展示施設の被害のため2年連続実施不可になっています。石川県、小松市、羽咋市、かほく市、白山市、能美市の6自治体は、住民団体主催の「原爆と人間」パネル展に公共施設を提供しています。

 核兵器の非人道性、被爆の実相を次の世代に伝えるため、「戦後・被爆80年」の今年、県内全ての自治体で「原爆写真パネル展」の開催を要望してきましたが、残念ですが、珠洲市と川北町(検討中)の2自治体では開催計画はありません。

「戦後・被爆80年」の独自施策で特筆できる自治体は

 今年のアンケート回答で特筆できるのは金沢市、白山市、野々市市の3自治体です。各自治体の回答内容(原文)を紹介します。

【金沢市】戦後80年及び「平和都市宣言」40周年の節目の年に当たり、世界の恒久平和の実現に向けた思いを新たにするため、広島市、金沢市遺族会連合会との共催で「ヒロシマ原爆・平和展」を開催します。

(期間)8月7日(木)~8月15日(金)10:00~19:00(最終日は14:00で終了)

(場所)金沢駅もてなしドーム 地下イベント広場 

【白山市】若い世代の平和維持の意識向上を目的に、学校での平和教育の取り組みの充実を図るため、被ばく体験者の話を基にした教材(動画)を作成し、道徳などの授業でオンデマンド配信により活用する。また、市内中学校で原爆パネルを巡回展示する。(動画)を作成し、道徳などの授業でオンデマンド配信により活用する。

【野々市市】戦争を経験した方が年々減少していることから、「平和の旅」及び原爆パネル展の内容を充実させ、新たな世代へ語り継げる人材の育成により一層尽力いたします。

 なお、上記以外の自治体は殆どが「予定なし」「特になし」であり、大変残念な回答が並びました。改めて非核平和施策担当課の果たす役割について問いたいと思います。

 中学生の広島への修学旅行、夏休中の登校日の平和集会は

 例年、七尾市、小松市、加賀市、白山市、能美市、川北町、中能登町の7市町では、平和学習等を目的とした中学生の広島への修学旅行(平和記念資料館見学)、野々市市は「平和の旅」(毎年8月5日、6日、広島市平和記念式典に中学校生徒会代表10数人の派遣事業)を実施していましたが、コロナ禍でこの数年間は中止になっています。今年は、小松市と川北町が中学生の広島への修学旅行と野々市市の「平和の旅」が計画されています。コロナの収束により、他市町でも復活できることを願っています。

 夏休み中の登校日に平和集会や平和に関する教育を各校・各学級で創意工夫して計画されています。平和教育施策として、平和展において展示する作品の作成、被爆体験記・朗読会、平和学習を人権教育と関連付けながら行う、被爆経験者による講演、原爆に関するパネルの巡回展、戦争平和に関する図書コーナーの設置、図書委員会・掲示委員会による啓発活動、遺族会による講話、絵本読み聞かせ、動画視聴、戦争平和をテーマにした作文など多彩な報告がありました。

 非核平和宣言の周知方法

 県内では全自治体が「非核・平和都市宣言」を決議しており、また都市の連帯を通じて核兵器のない平和な世界の実現をめざす「平和首長会議」に全市町が加盟しています。当会ではこの非核平和宣言を住民に周知するため、標柱や懸垂幕の設置を要望しており、これまで節目の年には記念事業や予算措置が採りやすいためか新たに設置した自治体がありました。しかし、今年のアンケート回答で標柱や懸垂幕を掲示しているのは、金沢市、七尾市、小松市、白山市、能美市、野々市市、川北町、津幡町、内灘町、志賀町、中能登町の11自治体に留まり、新たな設置はありませんでした。

 県内の〝非核・平和の自治体づくり〟の指標として、標柱や懸垂幕の設置自治体が増えることを念願しております。

<追記>

今回の平和事業に関する自治体アンケート集計結果を非核の政府を求める石川の会ホームページ(https://hikakuishikawa.com/)に掲載しました。ご活用いただければ幸いです。

 当会では非核・平和自治体づくりのため、各自治体への取材・懇談、調査活動を継続していきますのでご協力をお願い致します。

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【年頭所感】

戦後・被爆80年にあたって

日本国憲法にノーベル平和賞を

代表世話人  井上英夫 

 

     ノーベル平和賞受賞後、被団協代表団らが記念撮影(12月10日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明けましておめでとうございます。 元旦、晴れましたね。今年こそ皆様にとって良い年になりますようにお祈りします。

 昨年は、多難な年でした。元旦の能登半島地震そして9月21日、豪雨、洪水が襲いました。国際的にもロシア侵略、イスラエルのガザ侵略そしてジェノサイドは続いています。ヨーロッパでの極右勢力の進出、アメリカではトランプ再登場です

 しかし、暮れには明るいニュースがありました。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞です。田中熙巳代表委員の受賞講演はじめ被爆された皆さんの訴えは、授賞式会場・ノルウェーのみならず世界を揺るがせました。石川からも本会会員で四歳の時広島で被爆された西本多美子さん、保険医協会の大田健志さんが若者代表で参加されました。

被団協―人権のためのたたかい

 田中さんは受賞講演において、被団協は、二つの基本要求を掲げて運動してきたと言います。一つは、日本政府の「戦争の被害は国民が受忍しなければならない」との主張に抗い、「原爆被害は戦争を開始し遂行した国によって償われなければならない」、という要求です。もう一つは、「核兵器は極めて非人道的な殺りく兵器であり人類とは共存させてはならない、すみやかに廃絶しなければならない」ということです。そして、田中さんは最後に、「人類が核兵器で自滅することのないように。 核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張りましょう」と訴えました。

 日本被団協の運動、そして私達非核の政府を求める会等の核廃絶・平和運動は、憲法九七条の認める「人類の多年にわたる自由獲得の努力(struggle)」、すなわち、人権のためのたたかいに他なりません。そして、たたかいの成果が、未だ不十分ですが、国内的には被爆者援護法、そして国際的には、核のタブー、核不拡散条約、核兵器禁止条約に結実し、平和賞受賞となったのです。

 何より、憲法前文が人権の基底的権利として保障している平和的生存権確立のためのたたかいです。

平和的生存権―日本国憲法に平和賞を

 憲法前文は、日本、世界が進むべき道を人類の普遍的原理として示しています。全文を掲げますので、とくに太字部分に注目しお読みください。

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日本国憲法・前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ

(昭和21年11月3日公布、昭和22年5月3日施行)

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 原爆はじめ被害者そして加害者として残虐な結果を招いた第二次大戦への反省を踏まえ、国民主権、基本的人権の保障、平和主義を3本柱とすること、、とりわけ「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」、すなわち平和的生存権を有することを確認しています。恐怖(戦争やテロ・暴力)からの自由を求め、軍備と戦争を否定した憲法9条と、欠乏(飢餓や貧困)からの自由すなわち「健康で文化的な生活」の保障を定めた25条は、その具体化で両者一体なのです。

 日本被団協へのノーベル平和賞授賞理由は、「ヒバクシャ」として知られる広島と長崎の原子力爆弾の生存者たちによる草の根運動が、「核兵器のない世界の実現に尽力し、核兵器が二度と使われてはならないことを証言を通じて示してきたこと」です。そして、ノーベル賞委員会は、「一つの心強い事実を確認したい」と続けます。それは、「80年近くの間、戦争で核兵器は使用されてこなかった」、「日本被団協やその他の被爆者の代表者らによる並外れた努力は、核のタブーの確立に大きく貢献した」ということです。だとすれば、平和的生存権を掲げる日本国憲法そして被団協をはじめとする日本の平和運動もまた、ノーベル平和賞に値すると思います。

 ノーベルは、平和賞を「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物・団体」に授与すると遺言しました。

 この点からすると、日本国憲法への授与は難しいかも知れませんが、平和、核兵器・戦争の抑止力としてその価値は十分にあると思います。

核抑止論と非暴力主義

 現在、世界には直ちに発射できる核弾頭が4000発以上あります。核兵器削減、廃絶は困難な道です。この現実の根底にあるのが「軍備・核抑止論」です。そして「目には目を」の報復です。核抑止論そして軍備抑止論は手ごわい存在です。日本も軍事大国への道を進み、軍事費2倍化でアメリカ、中国に続く世界第3位になろうとしています。

 突き詰めると、核抑止論に対抗するには、一人一人の「非暴力主義」しかないと思います。南アフリカで最初の黒人大統領となったネルソン・マンデラは、非暴力運動(貫徹はできませんでしたが)によりアパルトヘイトを廃止し、白人への報復を否定し、「虹の国」づくりを呼びかけました。非暴力そして報復の否定こそ、核抑止論の克服・核廃絶への近道だと思います。

国家の役割

 世界の人々の日本の平和運動への期待は大きなものがあります。私達の平和的生存権確立のためのたたかいはこれに応えられているでしょうか。アメリカの核の傘に入り、核兵器禁止条約の批准はおろか参加すらできない、日本国の情けなさです。あらためて国とは何かが問われています。

 憲法前文は、国民が「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」したと述べています。戦争は、国によって引き起こされること、そして、それを阻止するのは、私たち国民であること、を厳しく問うています。

 最後に、災害は恐怖であり欠乏です。能登の人々は、地震そして豪雨に襲われ、「神も仏もないものか」、もう住み続けられないのでは、と絶望の淵に立たされています。戦前、江戸時代ならともかく、現代・新憲法下では、神や仏に代わって、人々・国民の生活、安心を守る、すなわち人権として「住み続ける権利」を保障するのは国の義務であり責任に他ならない。そのために国をつくり、憲法を制定したのではないでしょうか。

 国外の脅威に国民の目を向けさせ、軍備増強、憲法九条改悪をはかるのではなく、国内の災害・脅威にこそ財政を総動員する。それこそが、国の役割であり、存在意義だと思います。

(会報「非核・いしかわ」2025年1月20日号)

【年頭所感】

岩佐幹三さんと田中熙巳さんのこと

代表世話人 五十嵐正博

 2024年10月11日午後6時、「ノーべル委員会」は「日本被団協」をノーベル平和賞に選出したと発表、広島市役所で待機していた箕牧智之代表委員が歓喜に震えながら頬をつねるシーンがすべてを語っていました。そのシーンに喜びを共有しつつ、岩佐幹三さんがご存命であれば、と岩佐さんに思いを寄せた方も大勢いらしたことでしょう。本会にとっても待ちに待った吉報でした。

 

2016年2月北陸原水協学校in金沢で講演する田中熙巳さん

 12月10日、ノーベル賞授賞式での田中煕巳さんの演説、「人類が核で自滅することがないように」、と静かに訴えかけるスピーチは、聞くものの心を揺さぶり、全国に田中さんの名を知らしめました。岩佐さんと田中さんには長く深い絆があったことも記憶に留めておかなければなりません。

岩佐幹三さんと非核の政府を求める石川の会

 私が金沢大学法学部に職をえたのは1984年4月35歳、岩佐さんはちょうど20歳上の55歳、40年前のこと、岩佐さんが定年退官される1994年3月まで10年余を同僚として過ごしました。皆でよく議論し、酒を酌み交わし、勢いで岩佐家になだれ込んだことも。そんな親しい間柄でありながら、岩佐さんが「被爆者」であることは存知あげていても、「被爆体験」をじっくり伺った記憶はありません。岩佐さんは、1960年「石川県原爆被災者友の会」を立ち上げ、初代会長を務め、1994年に金沢を去るまで続けられていたにもかかわらずです。

 1986年5月、全国組織「非核の政府を求める会」が発足、「石川の会」は88年8月に発足しました。岩佐さんは、「結成よびかけ人」のお一人であり、「会」の世話人に名を連ねました。私は、本会の創設からかかわってきましたが、本会発足直後の88年12月、岩佐さんが金沢市立十一屋小学校の金森学級で被爆体験を語り、児童が紙芝居にしたことなどの貴重な記録を長い間、埋もれさせてしまいました。(本誌266号、2020年9月20日参照)

 岩佐さんは、2008年、NHK広島が募集した「ヒバクシャからの手紙」に応募しました。『母と妹(好子)へ送るコトバ』、壮絶な被爆体験が語られ、「でも僕たちが体験したことよりも、原爆はもっともっとひどくつらい体験を被爆者に与え続けているんだ。そのような被害を、僕たちの子孫、そして日本国民、さらに人類の上に、再び繰り返させたくない。だから『ふたたび被爆者をつくるな』と核兵器に廃絶を訴え、国が、その『証』として戦争被害、原爆被害に対して将来にわたって補償することを求めて頑張っているんだよ。」岩佐さんの後世への「遺言」です。女優の斉藤とも子さんに、朗読をお願いしたそうです。

 

2011年6月核戦争を防止する石川医師の会総会で記念講演する岩佐幹三さん

 岩佐さんは、1994年千葉県船橋市に移られ、埼玉県新座市にある十文字学園で、「十文字学園女子大学」開学に向けた作業に携わり、開学後は「社会情報学部」で「政治学」「平和学」などを担当されました。2000年「被団協」事務局次長に、2011年代表委員に、2017年代表委員を退任(顧問になる)、田中さんが後任となったのでした。3人からなる代表委員は被団協のトップで、広島、長崎の両被爆地と関東エリアから選出されます。

岩佐幹三さんと田中煕巳さん

 田中さんは、「十文字学園」教授だった経歴をお持ちです(「コンピュータ概説」「情報処理」などの科目を担当)。岩佐さんと田中さんとの深い絆がここに。私は1997・98年、岩佐さんの依頼で十文字学園社会情報学部で「国際協力論」の集中講義をしたことがありました。私の実家が群馬県太田市にあり、帰省のついでにというお心遣いでした。もっとも、キャンパス内で田中さんに出会うことはありませんでした。

 田中さんによれば「初めての出会いは、1974年頃。日本被団協の中央行動に岩佐さんが金沢から私は仙台から参加していた」ときでした。「岩佐さんは金沢大学で定年をむかえたあと首都圏の私大(注:十文字学園)で新たな大学設置の仕事に就き、私にも首都圏に来ることを盛んに勧めた。同じ学園に私を誘ってくださり、1996年から同じ学園でお世話になった。これがきっかけで私は2000年から日本被団協の事務局長を務めることになり3年間の大学との掛け持ちも含め17年間の長きにわたった。」「岩佐さんが一番輝いていたのは1985年、日本被団協の独自調査の調査委員長の時でしたね」(田中煕巳「岩佐幹三さんの思い出」、岩佐幹三さん追悼する会編『岩佐幹三さん追悼集』(2021年9月)。岩佐さんが一番輝いていた1985五年、私は岩佐さんの身近にいたにもかかわらず、気が付きませんでした。「五十嵐君、相変わらず鈍感だな!」天国から岩佐さんの叱責が聞こえてきます。

 1月8日、被団協代表委員3名など8名は首相官邸で石破総理と面会しました。核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を求める被団協の求めに、石破総理は不誠実な対応に終始しました。「非核の政府」を作らなければならないのです。

※本稿執筆にあたり、十文字学園大学事務局に岩佐さんと田中さんの担当科目を問い合わせたところ、丁寧なお返事をいただいたことを記しておきます。

(会報「非核・いしかわ」2025年1月20日号)

非核の政府を求める石川の会は、会報「非核・いしかわ」第317号(2024年12月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」、「絵手紙」も最新情報を追加しました。
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