故清水正明医師の広島被爆絵画シリーズ  会報「非核・いしかわ」より

故清水正明氏原爆被爆絵画展・説明文【PDF】

 ◎『清水正明医師の被爆絵画・写真展』(1994年7月31日~8月2日・於:輪島市文化会館)開催時のメッセージより     

語らねばならぬ、画き残さねばならぬ

地球上で初めて「ヒロシマ」に原爆が落とされた日、一九四五年八月六日、その時広島に居て被爆した者(ヒバクシャ)として、「語らねばならぬ、書き残さねばならぬ」と思いながら、いろいろな制約や事情のために果たせなかったが、約三十年程前から投稿をはじめ、二十年前(一九七四)から絵を画き始めた。

人間の生命には限りがあり、ヒバクシャ自身、否私自身がやがて消え去ることを思えば、技の稚拙や世間の毀誉褒貶(きよほうへん)を気にすることなく、ヤミクモに筆を走らせたのが、この絵です。

幾十年もの間、消える事なく、眼(まなこ)の奥に、そして脳の底に焼き付いた生々しい「像」を「記憶絵」として再現しました。あの時の悲惨さ残酷さを少しでも御汲み取り頂ければありがたいと思います。(石川県原爆被災者友の会顧問 清水正明)

 ◎この絵画は、故・清水正明氏(元清水医院院長・2004年死去・享年87歳)が、被爆者として「語らねばならぬ、書き残さねばならぬ」との思いで描いた13点の油絵について、被爆・戦後50年を機に、より多くの人に見てもらい、核兵器廃絶の声が一層高まることを願って、1995年に輪島市に寄贈いただいたものです。

 故・清水氏は当時、爆心地から約3.5キロ離れた兵舎の中にいて熱戦や爆風の直撃には遭いませんでしたが、一面の焼け野原、水を求める人、大量の遺体、「とにかく原爆が落ちたらこうなるということを知ってほしい」と、目の当たりにした惨状を伝え残そうと筆を執られました。

(輪島市教育委員会生涯学習課)

 

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