【年頭所感】新憲法公布80周年、前文を読みましょう/井上英夫

【年頭所感】

新憲法公布80周年、前文を読みましょう

代表世話人 井上英夫

 あけましておめでとうございます。今年こそ、よい年になりますように、と願っているのですが、年明けから、国内外ともに不穏な状況ですね。

7日から8日と門前、穴水の被災地に行きました。能登半島地震から2年、復旧・復興は遅々として進んでいません。能登の人たちは必死に頑張っています。しかし、もっとも頑張るべき国、県の姿はほとんど見えず、人々の将来への不安は増大しているように感じました。

 住み続ける権利の保障による人間の復興とはほど遠く、国・県は人権の保障ではなく、公助すなわち援助・応援という寄り添い政策に終始し、被災者、能登の人々に自助・頑張り共助・助けあいを強いています。過疎化、高齢化、少子化を一層進め、集約化、集中化により能登を住み続けられなくする。地域崩壊・棄民政策というべきです。他方で、大軍拡をすすめ平和主義・非核三原則、基本的人権の保障、国民主権・民主主義という憲法の3本柱をも放棄しようとしています。内外の危機的状況下、能登そして日本、世界にとって、憲法とりわけ平和的生存権を基礎とした住み続ける権利の確立こそ喫緊の課題です。私達、非核の政府を求める会の存在意義・活動の必要性はますます高まっています。

年頭にあたり、憲法前文をじっくり読んでみましょう。わずか690語です。新憲法は、第二次大戦敗戦直後の1946年11月3日に公布され80年になります。日本、世界の人々の戦争への反省と平和への希求を反映し、世界最先端の憲法でした。古くなるどころか、今、私たちがなすべきこと、日本と世界の進むべき方向とくに平和的生存権の保障、を示しています。

 

日本国憲法 前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

  そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、 普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

 第一段落では、①国民主権議会制民主主義体制、②今に生きる私たちだけでなく子孫のために、③諸国民との協和による成果と、自由のもたらす恵沢すなわち平和と基本的人権の保障、④政府の行為によって再び戦争が起らないよう、にすることへの決意を述べます。戦争は、決して国民の望むものでなく政府の行為によって起こるという認識が大事ですね。

第二段落は、人類普遍の原理として国の政治体制の基本を示しています。立憲主義の表明といってよいでしょう。

①国政は、主権者国民によって信託された代表者によって行われる。

②国政の権利(権限)行使も国民の主権を代行するものです。国会議員や行政官僚、裁判官が、国民に優位するという考えは全く間違っています。国政の「権利」は、主権者国民の権利と違い制限付きの「権限」にとどまります。むしろ国政の横暴、すなわち主権者たる国民の人権侵害・剥奪に歯止めをかけるもので、立憲体制の意味はこの点にあります。

③したがって、この人類普遍の原理に反する、憲法、法令、詔勅等は排除され無効となります。基本的人権を侵害し、剥奪するような「憲法改悪」は許されません。

第三段落は、平和的生存権の保障です。

第一に、日本国民に、恒久平和と人間相互の関係を支配する崇高な理想を自覚することを求めています。

第二に、私達の安全と生存を保持する大前提は、平和を愛する諸国民の公正と信義に依頼することである、ということです。第一段落でも、諸国民との協和が述べられています。

 第三に、平和的生存権です。全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を保障しています。

ここで、恐怖fearとは戦争やテロ、暴力で、欠乏wantとは飢餓や貧困です。平和的生存権は、単なる宣言ではなく、戦争と軍備を放棄した憲法9条に、そして欠乏からの自由は、主として健康で文化的な権利を保障した憲法25条に結実しているわけです。その意味で憲法9条と25条は一体であり、さらに平和的生存権は、現在では、裁判所によってすべての人権の基底的権利であり国民の具体的権利とされています。

第四段落は、一国平和主義でなく全世界の人々を視野に入れています

第一に、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない

第二に、前文に述べられている政治道徳の法則は、普遍的であり、この法則に従うことこそ、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である、と宣言しています。

現状をみるとあまりに、崇高かつ理想主義的といえるかもしれません。しかし、この方向を貫くことこそ、日本が、国際社会において名誉ある地位を占めることになるのではないでしょうか。トランプ、プーチン、習近平そしてネタニヤフ等現在の独裁者に、鉄槌を下せと言っているわけです。

 最後に、私たち国民の、国家の名誉にかけ、全力をあげて崇高な理想と目的を達成するという誓い、を掲げています。

人権のためのたたかいへ

 憲法97条は、憲法の保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であると明言し、さらに憲法12条は、憲法・人権の保持のための不断の努力を国民に求めています。

前文は2012年の自民党憲法改正草案では全面書き換えで平和的生存権削除です。また、憲法97条は全面削除です。為政者・権力者にとって人々の人権のためのたたかいがもっとも怖いわけでしょう。

80年後の今こそ、憲法前文の掲げた誓いを果たすため、平和憲法を守り発展させる人権・非核のためのたたかいに立ち上がるべき時だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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