【年頭所感】
奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし
代表世話人 五十嵐正博
日に日に世界が悪くなる
NHKの「朝ドラ」主題歌に耳を傾けたことがかつてあったでしょうか。「毎日難儀なことばかり」、はたまた「日に日に世界が悪くなる」、「そうだよな!」とうなずく毎朝です。国際法などどこ吹く風、「威嚇」をちらつかせ、「武力行使」をものともせず、「皆殺し」(ジェノサイド)を「したり顔」(あの「作り笑い」もその同類異種か)で吹聴する指導者たち、「傍若無人」「やりたい放題」、「狂気」が世界に渦巻いています。
この「狂気」は、「奢れるもの」(「悪魔」「独裁者」といってもいい)の断末魔、「帝国」が崩れ落ちる叫びのように聞こえます。「奢れるもの」には、「いのち」の尊重をものともしないという共通点があります。米国は、反米と見なす指導者の殺害、拉致、あるいは失脚させる多数の「政権交代作戦」を実行してきました。ベネズエラを「武力攻撃」し、大統領を「拉致」するという「狂気」は、今に始まったことではありません。
米国は、「ドンロー主義」にやがて「東半球」まで射程に入れ、日本で米軍基地の撤退を迫る指導者が現れたら「拉致」し、米国で裁判にかけるのでしょうか。反米政策をとる各国の指導者は「眠れぬ夜」を過ごしているでしょう。
生物は「大量絶滅と大繁栄」を繰り返しながら「進化」を遂げてきたといわれます。折しも、国立科学博物館では「それでも進化は続く」との楽観論を述べつつ、「生命が誕生してから40億年」「様々な角度から5回の大量絶滅の謎」に迫る「大絶滅展」が開催されています。今や、第六次大絶滅期に入ったという説もあるそうです。従来の大量絶滅が、大規模な火山の噴火や隕石の衝突といった環境の激変によるものだったのに対し、現在起こりつつある第六次大量絶滅は、人類の存在に起因するものだとの説に納得します。田中熙巳さんは、ノーベル平和賞受賞演説で「人類が核兵器で自滅することのないように」と訴えました。核兵器、原発の存在、地球環境危機がもたらしうる「大絶滅」は、まさに「ヒト」の存在に起因します。
「平和四原則」:全面講和・中立・軍事基地反対・再軍備反対
さて、古い話で恐縮ですが、いまから76年前に発表された「講和問題についての平和問題談話会声明」を紹介しましょう。「声明」は「日本が平和国家としてのあるべき姿」を描いており、今に通ずる提言です。
1945年8月14日、日本は「ポツダム宣言」を受諾、同宣言12項は、日本国国民が自由に表明する意思に従って平和的傾向を有し、かつ責任ある政府が樹立されれば、「連合国の占領軍は、直ちに日本国より撤収される」と規定していました。しかし、「占領軍」は直ちに撤退するどころか、1951年、講和条約と同時に署名された「(旧)日米安保条約」により「米国軍隊」に置き換えられました。1946年11月3日、「日本国憲法」が公布、1949年10月1日には、中華人民共和国建国宣言がなされ、1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発、1951年9月18日、「日本との平和条約」が連合国諸国と日本との間で署名、という道筋をたどります。
講和条約締結に当たっては、国内で「全面講和か単独講和」かの活発な議論が行われていました。「講和問題についての平和問題談話会声明」が発表されたのは1950年1月15日(『世界』1950年3月号)、朝鮮戦争勃発前です。「談話会」は、『世界』初代編集長、吉野源三郎氏が、ユネスコから出された声明に示唆をえて、東京、関西在住の学者を中心に組織した会でした。私が幸運にも謦咳(けいがい)に接することのできた田畑茂二郎先生もそのメンバーでした。
「声明」は、講和問題の処理は、「日本の運命を最後的に決定するであろう」との痛切な思いを述べます。「懇話会」は討論の前提として、「第一は、われわれの憲法に示されている平和的精神に則って世界平和に寄与するという神聖なる義務」を、「第二は、日本が一刻も早く経済的自立を達成して、徒らに外国の負担たる地位を脱せんとする願望」を指摘し、具体的に以下の四点に言及します。
第一に、「経済的自立」は「全面講和の確立を通じてのみ充たされる」のであり、単独講和は、日本と中国その他の諸国との関係を切断する結果となり、自ら日本の経済を特定国家への依存及び隷属の地位に立たせることになる。
第二に、日本国憲法の平和的精神を忠実に守る限り、「二つの世界の調和を図るという積極的態度」で講和の問題に当たることが要求され、「単独講和はわれわれを相対する二つ陣営の一方に投じ、それとの結合を強める反面、他方との間に、単に依然たる戦争状態を残すにとどまらず、さらにこれらとの間に不幸なる敵対関係を生み出し、総じて世界的対立を激化」させる。
第三に、「講和後の保障」については、あくまで「中立不可侵を希い、併せて国際連合への加入」を望む。「単独講和または事実上の単独講和状態に付随して生ずべき特定国家との軍事協定、特定国家のための軍事基地の提供の如きは、その名目が何であるにせよ、わが憲法の前文及び第九条に反し、日本及び世界の破滅に力を藉(か)すものであって、われわれは到底これを承諾することはできない。日本の運命は、日本が平和の精神に徴しつつ、而も毅然として自主独立の道を進む時のみ開かれる。」(ゴチック対は筆者)
第四に、「理由の如何によらず、如何なる国に対しても軍事基地を与えることには、絶対に反対する。」
「奢れる人は久しからず」
日本の歴代政権は、「日米同盟」が未来永劫不変であると信じているようです。日米同盟はいつまで「深化・強化」し続けるのでしょうか。いずれ「米中同盟」が画策され、日本が米中の「仮想敵国」となる日がくるかもしれない、いや、日本はその頃は自滅して歯牙にもかけられていないかもしれない。米中が「わが物顔」していた時代も終わっているかもしれません。
世界史は、「合従連衡」が繰り返され、いかなる「帝国」も永続したためしはないと教えてくれています。「合従連衡」の、何よりも「戦争」の愚を繰り返さないためには、すべての「軍事同盟」を、なによりも各国の「軍隊」を解体しなければなりません。世界中が「戦争・軍拡カルト」に洗脳され、世界各地で「公然と」国際法無視の武力行使が行われている現在、「日本国憲法前文及び第九条」を世界に向けて広めなければならないと強く思います。「講和問題についての平和問題談話会声明」で述べられた諸提言は今もわたしたちが追及すべき「道しるべ」です。








