活動報告

ウクライナ侵略と憲法改悪にどう立ち向かうか(井上英夫)

ウクライナ侵略と憲法改悪にどう立ち向かうか 

               代表世話人  井上英夫

 コロナ禍、ロシアのウクライナ侵略と人類の危機の中で、一人の人間として何をすべきか、何ができるか、悶々とする日々を送っています。コロナ禍、県外には一歩も出ず、草むしりに励みながら、世界と日本の行く末・将来を考えています。とりわけウクライナ侵略に対しては、非核・平和運動による平和的生存権の確立、9条と25条を守り発展させるという人権保障運動を続けてきた私達の努力、人生が全否定されたような無力感にも襲われています。

一 草むしり、で考える

 日々、「雑草」を引き抜き、取り除くべき生命ときれいだからと残すべき花と選別しているのです。ギシギシは薬用や食用になる限りで珍重されますが、他の花々を駆逐するとして排除され、最近は外来種が目の敵にされ、在来種の保護が強調されています。わが家でも地中海原産のレースフラワーなどは花がきれいだとせっせと増やし、セイタカアワダチソウ、ヨーロッパ原産のヒメリュウキンカなどの根絶を図っています。

 植物の世界とは言え、優生思想とゲルマン民族の優位性を唱え、ユダヤ民族そして障害のある人の抹殺・絶滅を図った、ナチスドイツのホロコーストと同じことではないか。プーチン・ロシアはヒットラーのナチスドイツに重なるのですが、戦前「自衛」の名のもとに朝鮮・中国等を侵略し、多くの国の人々の生命、財産、土地を奪い、毒ガス・細菌兵器すら使った日本軍・大日本帝国と瓜二つではないか。そして、雑草を引き抜く己の姿が、ヒトラー、プーチンに重なるのです。

 戦争の惨禍は、日本国憲法前文が言うように「政府の行為によって」もたらされるのですが、その政府をつくるのは国民であり私たち一人一人です。憲法は、「戦争の惨禍」を再び起こさせないという日本国民、私たちの決意から出発しています。私たちの決意が問われています。

 日本政府・岸田内閣は、ロシア侵略を好機に北朝鮮、中国の脅威をあおり、軍事費倍増、憲法改悪に突っ走ろうとしています。いまこそ、私たちの内なる優生思想を打破し、憲法改悪を阻止し人権とりわけ平和的生存権の真価を発揮し、ロシア侵略をやめさせ国際平和を確立すべき時だと思います。

中央社会保障推進協議会の機関誌『社会保障』は、私も参加して初夏号で「平和的生存権をまもれ9条・25条を一体で考える」という憲法特集を組んでいます。是非ご覧ください。

二 自民党改憲のねらいと憲法の意義

 自民党の2012年「日本国憲法改正草案」で、全文修正あるいは削除されているのは、前文と97条だけなのです。余り指摘されていませんが、この2点が憲法改悪論の最大の問題点だと思います。新憲法は、1946年憲法制定前後から数々の記念行事が行われ、花電車、紙芝居も登場し、大多数の日本国民の熱狂的支持を受けました。戦争の恐怖からまぬかれ、平和のうちに人間らしい暮らしがしたい―平和的生存権-というのは日本の人々はもちろん世界の人々の強い願望だったのです。この歴史の再確認こそ重要だと思います。

⑴ 憲法前文削除-平和的生存権の否定

 日本国憲法前文は、国民主権、平和主義、基本的人権の保障等、決して変えてはならない普遍的原理を掲げています。①日本国民は、恒久の平和を念願し、②人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚し、③平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、④われらの安全と生存を保持しようとした決意で始まり、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と、平和的生存権をはっきりうたっています。さらに、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と国の進むべき普遍的な政治道徳を示しています。

 戦争やテロの「恐怖」から免れるために憲法9条で戦争、軍備を放棄し、「欠乏」すなわち飢餓や貧困から免れるために人権保障を掲げ、とくに25条で生存権、生活権、健康権、文化権の保障とその具体化として、国に社会保障、社会福祉、公衆衛生制度の向上・増進義務を課しているのです。

 人類は戦争やテロ、暴力により欠乏、すなわち飢餓や貧困を生みだし、他方、飢餓・貧困こそ戦争の原因となるという歴史をたどってきました。平和的生存権は、こうした歴史に終止符を打とうという人類初の挑戦であり、憲法はまさに世界の先頭を走っています。その意味で、前文、9条と25条、さらに人権の理念としての人間の尊厳を保障する13条は一体なのです。そして、平和とは単に戦争、暴力がない(消極的平和)というだけではなくて、人権が十分に保障された状態というべきです(積極的平和)。

 平和的生存権を謳う憲法の価値は、核兵器使用さえ公言するロシアのウクライナ侵略という第三次世界大戦の脅威を感じる今こそ高まっているというべきでしょう。

⑵ 憲法九七条削除-人権のためのたたかいの否定

 憲法97条は、憲法が日本国民に保障する人権は、①人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、②過去幾多の試錬に堪へ、③現在及び将来の国民に対し、④侵すことのできない永久の権利として託されたものである、と規定しています。

 ここで「努力」は英文憲法ではStruggleで、闘争・たたかいです。フランス革命、アメリカ独立戦争はいうまでもなく、日本でも自由民権の闘い等がありました。それらの闘いの最も大きな成果が人権の保障として日本国憲法に盛り込まれたのです。 

 憲法97条の国際的、人類的視点、たたかいによってこそ人権・権利は勝ちとれるという闘争史観、さらには不可侵の権利として次代の人々に託されるという未来志向を学ぶべきでしょう。自民党改憲草案が、人権の本質としての「権利のための闘争」を否定し、97条を全文削除しているのは、支配者や政府にとって一番「怖く」、敵視しているのが、この闘争史観だからだと思います。

 さらに、憲法12条は、「不断の努力」により、憲法9条、25条を守り、人権を豊かに発展させるという厳しい「保持」義務を国民に課しているのです。

⑶ 人間の尊厳の理念と自己決定・選択の自由及び平等の原理

 現代の人権保障の理念は、世界人権宣言前文、日本国憲法13条、24条にも示されているように、人間の尊厳(human dignity)です。この理念は、第二次大戦の残虐かつ悲惨な経験への反省から生まれ、優生思想・ホロコーストを全面的に否定するものです。

 人間の尊厳の理念は、すべての人が、唯一無二の存在であり、とって代われず、価値において平等であり、さらに具体化した自己決定・選択の自由さらには平等を原理としています。自己決定とは、自分の生き方、生活の質を自分で決めるということです。しかし、そのためには、いろいろな選択肢が用意されていなければならない。選択の自由が大前提となります。

 平等の原理とは、すべての人に等しく人権が保障されるということで、憲法14条は、法の下の平等を定め、不合理な「差別」を禁止しています。平等の中身も形式的な機会の平等から、実質的あるいは結果の平等が求められています。

三 憲法改悪阻止のために-平和と人権のためのたたかい

 現在、憲法の明文改悪は防いでいます。それは、日本そして世界の人々の「平和と人権のためのたたかい」(97条)と憲法を守り、発展させる「不断の努力」(12条)によるものに他なりません。

 反核・非核の平和運動は核不拡散条約・核兵器禁止条約を生み出していますが、国連の平和維持機能を充実・強化することが喫緊の課題です。被爆国であり平和憲法をもつ日本こそリーダーシップを発揮し、前文が示す国際的な「名誉ある地位」を占めるべきでしょう。

 憲法改悪の動きは加速化しています。平和憲法も良いが、理想的すぎる、現実はもっと厳しい、侵略されるから軍隊をもち、戦争し、敵国を攻撃しなければ、核も持たなければ、緊急事態に備えなければ、そのための憲法「改正」は必要だ、という声も強まっています。

 しかし、理想-憲法は、人類普遍の原理と言ってますが-を掲げ、現実を変えるため「たたかって」きたからこそ、紆余曲折はあっても危機を乗り越え、日本そして人類はここまで進歩してきたと思います。ロシア侵略に対しては、外交努力そして経済等の制裁、非暴力、人道的支援が「抑止力」になっています。さらには、世界の軍事同盟解消こそ、平和への現実的かつ近道なのではないでしょうか。

 人々の平和的生存権を求める国際世論とたたかいこそ、ベトナム戦争・冷戦構造を終わらせ、南アフリカの人種差別体制・アパルトヘイトを廃止させ、報復なしの虹の国建設の力となったことが、人類の進歩を示す歴史の教訓だと思います。                      (金沢大学名誉教授)

ロシアのウクライナ侵略、日本国憲法と「敵基地攻撃能力」「核共有論」(五十嵐正博)

総会記念講演(要旨)

ロシアのウクライナ侵略、日本国憲法と「敵基地攻撃能力」「核共有論」

 代表世話人 五十嵐正博

【お断り】事前に公表した「レジュメ」では、標記のタイトルで話す予定でした。しかしそれらについてはすでに多くの論考があるため、講演では、マスコミでほとんど論じられていない「国連憲章においてなぜ集団的自衛権が認められることになったのか」、「否定されたはずの軍事同盟がなぜ存続し、拡大し続けるのか」、「軍縮ではなくなぜ軍拡の方向に向かうのか(SDGsのまやかし)」等について話しました。それらが現在のウクライナ問題の根本にあると考えるためです。

歴史から学ぶ

 2月24日以後、朝から晩まで、ウクライナの惨状がテレビ画面上に流れる。他方で、「大河ドラマ」のいくさ場面(殺し合い)を「娯楽」としてみている。このギャップは何なのか。

「我々が歴史から学ぶのは、誰も歴史から学ばないということである」、ビスマルクが言ったとされる言葉が妙に説得的に思える。私たちは「戦争の歴史」を何も学んでこなかったのではないか、第二次大戦後も世界のあちこちで戦火が絶えない。しかし、「人類の出現から450万年、戦いの歴史は8000年。4.5mの中の8㎜。戦争は人間がおこすものであるから、人間が捨て去ることができる」(佐原 真)。人類は、「歴史を学び」ながら、20世紀になって初めて戦争の違法化にたどりついたはずだ。

ヤルタ会談、サンフランシスコ会議と「拒否権」「集団的自衛権」

 人類が「戦争の違法化」を初めて宣言したのは、第一次大戦後、国際連盟が、締約国に「戦争に訴えない義務」を課したときであった。第一次大戦前、平和維持の一つの方法として、「勢力均衡方式」がとられたが、それは、軍拡競争により対立関係をいっそう激化させ、いったん戦争がはじまると二国間の戦争を同盟網を通じて世界戦争に拡大させてしまうことになった。それが第一次大戦であり、ここから「歴史を学ぶ」はずであった。

 第二次大戦が終わりに近づいた1945年2月、連合国3首脳(ルーズベルト・チャーチル・スターリン)はクリミア半島の保養地ヤルタに会し、大戦後の処理(ドイツ分割統治など)を決め、新たに創設する国際機構(国連)の安保理における五大国の「拒否権」を認めることにした。

米州諸国は、第二次大戦終了後、侵略行為に対して共同で対処することを約束する地域的条約の締結を予定していた。国連憲章の原案では、こうした地域的条約に基づいて強制措置をとる場合に、安保理の「許可」が必要となる。ところがヤルタ会談で、安保理の表決手続きに拒否権制度が導入されたため、常任理事国の一国でも反対すれば許可は与えらないことになり、共同対処の約束は空文化する恐れがでてきた。

 そこで、安保理の許可を必要としない共同対処の方策として、武力攻撃を受けた国と連帯関係にある国にも反撃に立ち上がる権利「集団的自衛権」を認めることになった(第51条)。しかし、各国家、とりわけ常任理事国たる大国は、自ら武力攻撃を受けていない場合にも、自衛の名のもとに、安保理の統制を受けることなく武力を行使できることになり、このような権利を認めることは、実は、個別国家による武力行使をできるだけ制限しようとしてきた国際連盟以来の努力に逆行する道を開くことになった。

 1949年にはNATOが、1955年にはワルシャワ条約機構が設立されるなどの「軍事同盟」がつくられた。これらの軍事同盟は、いずれも「国連憲章51条によって認められている個別的又は集団的自衛権を行使して」といった規定がおかれている。1960年の「日米安保条約」では第5条(共同防衛)に「武力攻撃・・・その結果としてとったすべての措置は、国連憲章第51条の規定に従って・・・」とある。

国際社会の構造変化と「軍縮」の後退

 国連は51の加盟国で出発した。社会主義国(当初7カ国)は「人民の自決権」を強く主張し、植民地人民の独立を促し、やがて発展途上国の経済的自立に向けての「新国際経済秩序の樹立」に邁進する。その頂点の一つが1986年に採択された国連総会決議「発展の権利宣言」であった。「全面完全軍縮の達成」によって解放される資源が途上国の発展のために用いられるよう宣言したのである。

 SDGsに先立つMDGs(ミレニアム開発目標2000~2015)は、「過去10年間に500万人以上の命を奪った、国内或いは国家間の戦禍から人々を解放するため」、「大量破壊兵器(核兵兵器廃絶にも言及)がもたらす危険を根絶することを追求する」としたのであった。ところが、MDGs で「達成できなかったものを全うすることを目指す」べきSDGs は、「貧困撲滅」を最大の課題と位置付けながら、「2030年までに、違法な武器取引を大幅に減少させる」というのみで、「核兵器の廃絶」も「軍縮」も目標から消されてしまったのである。

ロシアによるウクライナ侵略

 ロシアによるウクライナ侵略は、明確に、武力行使禁止原則、紛争の平和的解決義務、不干渉原則、国際人道法に違反し、国際犯罪となるものであり、「国際法違反の見本市」の感を呈する(松井芳郎)。だが、ウクライナばかりに目を向けるわけにはいかない。「非欧米諸国は、大国による軍事行動の気まぐれな正当化によって、簡単に敵にされたり味方されたりするのだ。」(酒井啓子) アフガニスタン、イエメン、リビア、イラク、その他、世界から「忘れられた」国々。

日本国憲法と「敵基地攻撃能力(反撃能力)」「核共有(保有)論」

 この国は(も)、「歴史を学ばない」、「歴史を教えない」、それどころか、意図的に「歴史を否定し、改ざんし」、「誰も責任を負わないどころか被害者に責任を押し付ける」。唯一の戦争被爆国でありながら、米国の顔色をうかがって、核兵器禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加もしり込みする。政府は、「国民の生命・安全を守る」といえば、そして対立と脅威をあおれば、憲法を無視してでもすべてが自在だと思っているようだ。改憲推進勢力は、ロシアのウクライナ侵略を奇貨として、ここぞとばかりに世論を改憲の方向に誘導している。

 「国(軍隊)は国民の命を守らない」、「戦争の歴史から学ぶ」最大の教訓だ。9条改憲の先には「戦争ができる国」から「戦争をする国」そして「徴兵制」が待っている。決してそうさせてはならない。

◎5月21日、金沢市内で開いた非核の政府を求める石川の会第33回総会の記念講演(要旨)です。講師の神戸大学名誉教授・金沢大学名誉教授の五十嵐正博氏にまとめて頂きました。

 

 

2022年原水爆禁止国民平和大行進・写真特集(6月11日~17日)

2022年原水爆禁止国民平和大行進 県内行進がスタート

  6月11日富山県から引継ぎ、24日に福井県に引継ぐまで県内全自治体を歩く平和行進が始まりました。今年は「ロシア軍は今すぐ撤退を!」「国連憲章を守れ!」「核兵器は廃絶を!」と訴えて行進しています。

 今年は、北陸3県の通し行進者・泉行眞さん(日本山妙法寺金沢道場住職・金沢仏舎利塔)が、各市町で開く出発式or到着式で「ノーモア ヒロシマ ナガサキ ノーモア ヒバクシャ」「全ての国が核兵器禁止条約の批准を」と熱く語って行進しています。

 県内行進の前半(6月11日~17日)の写真特集をホームページにアップします。

 

2022年度 平和事業に関する自治体アンケート集計結果とコメント

 

2022年5月20日

石川県内各自治体総務課 御中

(非核平和施策担当課)

非核の政府を求める石川の会

2022年度平和事業に関する自治体アンケートの集計結果 送付にあたって

 4月20日~21日、県内各自治体に依頼した「2022年度平和事業に関する自治体アンケート」の集計結果をお送りします(別紙参照)。アンケートにご協力いただいた各自治体総務課の皆様に感謝申し上げます。

今年の平和事業アンケートは、次の5項目についてお尋ねしました。

  • 平和事業計画
  • 小中学校の平和教育施策
  • 非核平和宣言の周知方法・掲示場所
  • ロシアのウクライナ侵略への抗議決議
  • 日本政府に核兵器禁止条約への参加を求める意見書

アンケート集約結果と本会のコメントは、以下の通りです。

自治体主催で「原爆写真パネル展」を開催しているのは

「原爆写真パネル展」を自治体主催で開催しているのは、金沢市、七尾市、加賀市、野々市市、津幡町、内灘町、志賀町、宝達志水町、穴水町、能登町の10自治体です。輪島市では清水正明医師の「原爆被爆絵画展」を開催しています。石川県、小松市、かほく市、白山市、能美市の5自治体は、市民団体主催の「原爆と人間」パネル展に公共施設を提供しています。核兵器の非人道性、被爆の実相を次の世代に伝えるため、県内全ての自治体で「原爆写真パネル展」等が開催されるよう願っています。

 中学生の広島への修学旅行、夏休み中の登校日の平和集会は

 例年、七尾市、小松市、加賀市、白山市、能美市、川北町、中能登町の7市町では、平和学習等を目的とした中学生の広島への修学旅行、野々市市は「平和の旅」(毎年8月5日、6日、広島市平和記念式典に中学校生徒会代表10数人の派遣事業)を実施していましたが、コロナ禍でこの2年間は中止になっています。今年は、小松市と川北町が中学生の広島への修学旅行と野々市市の「平和の旅」が計画されています。コロナの収束により、他市町でも復活できることを願っています。

 夏休み中の登校日に平和集会や平和に関する教育を各校・各学級で創意工夫して実施しています。平和教育は、平和展において展示する絵、作品、標語等の作成、学校支援ボランティア(戦争体験等の歴史の話)、戦争平和に関する図書コーナーの設置、全校での平和の取組(本の読み聞かせ、本の紹介、動画視聴等)、教科(国語や社会等)での平和に関する学習の実施、被爆体験伝承者講和会(市内中学生が広島市から派遣される被爆体験伝承者の講話を受講)、図書委員会・掲示委員会における啓発活動など多様な方法でおこなわれています。

 今回のアンケート調査をご活用いただき、県内全ての学校教育において平和学習が実施されることを要望します。また会員の高齢化により今年3月末に解散した石川県原爆被災者友の会が2018年に制作、県内全ての小・中・高・大学・図書館に寄贈したDVD『この空を見上げて~石川・被爆者たちの証言』の活用も期待しています。

 非核平和宣言の周知方法

 非核平和宣言を標柱や懸垂幕等で掲示しているのは金沢市、七尾市、小松市、白山市、能美市、野々市市、川北町、津幡町、内灘町、志賀町、中能登町の11自治体です。今年新たに川北町が「平和都市宣言の町・懸垂幕」を作成しました。この懸垂幕は6月以降に川北町役場・文化センター前に掲示され、6月20日役場前で開く平和行進・出発式を歓迎してくれることになりました。また津幡町では昨年9月に庁舎を改修したときに「平和都市宣言の町・標柱」を新たに設置しています。本会も参加している平和行進石川県実行委員会が毎年要望してきた事項に応えていただいたものです。

 県内全ての自治体議会が「ロシアのウクライナ侵略への抗議決議」

 2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略は、明らかに国連憲章と国際人道法に違反する行為であり、県内全自治体が3月議会にて、政府に対して国際社会と連帯し、あらゆる外交努力により、ロシアの軍事攻撃の即時停止、ウクライナからの即時無条件撤退を要望する意見書や決議を可決しています。さらに、プーチン大統領の核兵器使用を示唆する発言は、「唯一の戦争被爆国として、断じて容認できません。議会では1992年に『平和都市宣言』を決議し、加えて昨年、政府に対し、核兵器禁止条約への参加を求めたところであります(内灘町)」、「核を持つことで他国を侵略する際に有効に働く、また核兵器を持つことで侵略時にその他の国の軍事介入を抑圧できるという誤った認識が世界に広がることは決して認められるものではなく、プーチン大統領の考えは否定する必要があります(中能登町)」など核保有国の「核抑止」論を明解に否定する意見書もありました。

 日本政府に核兵器禁止条約への参加を求める意見書

 プーチン大統領が核兵器による威嚇をおこない、核兵器使用が現実味を帯びている重大な局面で、6月に核兵器禁止条約第1回締約国会議が開催されます。日本世論調査会の世論調査では、日本の「核兵器禁止条約への参加」に71%、「締約国会議への参加」に85%の支持があります。日本政府がこれまで掲げてきた核保有国と非核保有国との「橋渡し」を行うためには、(少なくても)締約国会議にオブザーバー参加する必要があります。

「日本政府に核兵器禁止条約への参加を求める意見書」提出は現在、632自治体(35.3%)に広がっています。しかし県内では白山市、内灘町の2自治体に留まっています。

 今年3月議会で県内全ての自治体が「ロシアのウクライナ侵略への抗議決議」を可決したように、当会では引き続き、全ての自治体から政府に「核兵器禁止条約への参加を求める意見書」を提出していただくよう働きかけていく所存です。非核平和施策担当課の皆様のご高配をお願い致します。

以上

 

【抗議声明】ロシアによるウクライナ侵略に厳重抗議

【抗議声明】

ロシア連邦大統領

ウラジミール・プーチン 殿

ロシアによるウクライナ侵略に厳重抗議し、

軍事行動の中止とロシア軍の撤退を求める 

 2022年2月28日

非核の政府を求める石川の会

 ロシアのプーチン政権が2月24日、ウクライナへの侵略を開始したことに厳重抗議し、軍事行動の中止とロシア軍の撤退を強く求める。

 今回の軍事行動は、主権国家に対する一方的な軍事攻撃であり、武力行使を禁止した国連憲章、国際法を踏みにじる行為であり、断じて容認できない。

 プーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻の前、2月19日核弾頭も搭載可能な大陸間弾道ミサイルの発射訓練をおこない、さらに24日には「現代のロシアは世界で最も強力な核保有国の一つ」「我が国を攻撃すれば、壊滅し、悲惨な結果になることは疑いない」と発言し、核兵器の先制使用も辞さない構えを見せている。

 これは昨年1月に発効した核兵器禁止条約が禁止している「核兵器の使用」及び「核兵器による威嚇」を示唆するもので明白な国際法違反である。

 また本年1月3日、核保有5大国(米ロ英仏中)がNPT再検討会議の延期にあたり発表した「核戦争阻止と核軍拡競争回避に関する共同声明」において、「我々は、核戦争は勝利はありえず、けっして戦ってはならないものであることを確認する」と謳っていることにも反する重大行為である。

 私たちは、核戦争の防止、核兵器の廃絶を願うすべての人々と連帯し、プーチン大統領によるウクライナへの軍事侵攻の即時中止とロシア軍の撤退を強く求めるものである。

 

◎非核の政府を求める石川の会は、2月28日在日ロシア連邦大使館宛に標記の抗議声明を送りました。

 

 

池明観(T・K生)さんを偲んで  加害者責任と東アジア共同体構想 /井上英夫

<年頭所感>

池明観(T・K生)さんを偲んで

加害者責任と東アジア共同体構想

代表世話人 井上英夫

 

 皆さん、明けましておめでとうございます。

 コロナ禍を奇貨として、貧困・不平等の拡大、社会保障削減そして軍事費増大と改憲の加速化が図られ平和的生存権が脅かされています。危機、緊急事態においてこそその国、社会、私たちの生き方が問われます。

 「禍を転じて福となす」。今年は、日本の核兵器禁止条約参加、批准をはじめ非核自治体・政府づくりへ大きく一歩を進めましょう。

 元日に韓国の宗教哲学者池明観(チ・ミョングァン)さんが亡くなられました。97歳でしたが、日本、アジアそして世界の未来を考えるときまこと に惜しい人を無くしました。金沢にも縁の深い人でしたが、非核石川の会の皆さんにとっては、「T・K生」のほうがなじみが深いかもしれません。

 

「韓国からの通信」ー「T・K生」として

 池さんは、1973~88年、T・K生として雑誌『世界』に「韓国からの通信」を連載し、朴正煕、全斗煥の両軍事政権による反体制派への拷問や労働者への人権侵害等民主化運動弾圧の実態を告発しました。自身が「T・K生」であったことを明らかにしたのは、2003年になってからでした。

 ちなみに、T・K生そして韓国民主化運動を支援したのは『世界』の編集長でのち社長になる安江良介氏ですが、金沢大学法文学部出身です。

 池さんは、1993年韓国に帰国、98年からの金大中(キムデジュン)政権で、日本の大衆文化に対する警戒感が根強かった中、早期開放を主張し、韓国で日本の歌謡やドラマ、アニメなどが広く親しまれるようになっています。

韓国では2004年まで翰林大学校教授も務めた他、KBSテレビ理事長や日韓共同歴史研究の韓国側代表などを歴任しました。

 池さんは、韓国の民主化に力を注ぎ、日韓の関係改善に力を尽くしたわけですが、金沢大学法学部そして私自身大変多くのことを教えていただきました。

 「韓国からの通信」に衝撃を受けたのは、早稲田大学大学院院生の時でした。1973年8月8日、金大中が韓国中央情報部 (KCIA) により東京都千代田区のホテルから拉致され、船で連れ去られ、海に投げ込まれ殺されそうになりながら、5日後にソウル市内の自宅前で発見されたのです。金大中は暗殺を恐れ、都内を転々としていたそうです。その一つのアパートは、高田馬場駅近く、早稲田大学に至る早稲田通りにありましたから、私はその前を何も知らず通っていたわけです。

 

日本の加害者責任・戦後補償と日韓の相互理解

 金沢大学法学部としては、日本軍慰安婦等に関する戦後補償すなわち日本の加害者責任に取り組んだ日韓共同研究があります。その成果は、『日韓の相互理解と戦後補償』として2002年に日本評論社から出版されています。池さんは、当時韓国の翰林大学校日本学研究所所長でしたが、金沢大学法学部の五十嵐正博本会代表、名古道功さん、学術会議問題で任命拒否された岡田正則さんと並んで編者になっていただきました。

 私は、五十嵐さんと日本軍慰安婦問題を担当し、1997年から99年、ソウルのナヌムの家、山の中の論山、そして釜山等、慰安婦とされたオモニと行政担当者から話を伺い、その結果をまとめました(第2章 戦争被害の実相と日本の戦争責任、「Ⅰ. 戦争責任の構造と『従軍慰安婦』問題」および「Ⅲ. 『従軍慰安婦』と戦後半世紀―聞き取り調査等から」)。

 池さんは、総論において「本研究の意義」を執筆していますが、世界史的観点から、21世紀の日韓関係についての展望を示しています。

日本軍慰安婦、徴用工問題をはじめ現在最悪と言われる日韓関係についてのみならず、世界の、そして何より日本の私たちの非核の政府・核廃絶運動についても示唆に富むものです。

 「なぜ戦後半世紀を超えた今日において日韓のあいだにおいてなお戦後補償が問題になるというのだろうか」

と問いかけます。

 その原因として、①半世紀のあいだにそれこそ真摯にとりあげられたことがなかったこと、②かつてとは違って、いまは日韓両国民が成熟した市民社会に向けて確かな歴史認識を持つようになってきたこと、③21世紀が20世紀の過ちを否定して和解と協力を求めねばならない時代であると日韓両国の市民が自覚していること、をあげています。

さらに、戦後補償は、「単なる金銭的補償を意味するのではなく、21世紀を創造的に生きようとする決意を示すことであり、それでこそ国民的相互理解が成立する」というのです。

 したがって、戦後補償問題は、1965年日韓条約やその後の「補償」により解決済みとする日本政府や一部識者、反韓国勢力の主張に対し、「いま戦後補償の問題は日韓条約におけるのとは違った次元において問われ」、かつては「政治・経済の問題であり、政府間の問題」であったが、いまは「国民的和解と交流と協力のための問題」であり、「日韓両国民が手を携えて東アジアの協力と繁栄を追及するための問題」である、と喝破しています。

 「過去の間違った時代の重荷を肩からおろし、その傷を癒そうとすることは成熟した国家の行為であり、品位ある国民の行動であるといえるのではなかろうか」と。

 

日本国憲法と平和的生存権

 こうした、歴史観、世界的観点は、まさに、日本国憲法に通じるものです。憲法前文は、「われらは政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」することから出発し、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚」し、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」すなわち平和的生存権を有することを確認しているのですから。

 さらに、「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない・・・・・この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」と言っています。

 

 未来への歴史と東アジア共同体構想

2001年、私は金沢大学の院生とともに韓国ソウルでKBS(韓国放送公社)理事長であった池さんの講義を受けました。

 院生だった現愛媛大学の鈴木靜さんは、「歴史とは将来の平和の視点から考えるべきで、おおよそのことは些末なことに過ぎない。しかし、些末なことを手のひらから振り落としても残る事柄がある。この残る事柄こそ、真剣に考えることです」という言葉が、ナヌムの家訪問の後でもあり、深く印象に残っているそうです。

 私が感銘を受けたのは、「東アジア共同体構想」です。現在、イギリスの脱退問題等EUが揺らぎ、そして中国の海洋進出、一帯一路構想等不安が増大していますが、アジアの進むべき道は、少なくとも日本、韓国、中国が仲良くし、共同体を形成する以外にないというものです。過去の歴史を踏まえ、現在を考え、そして未来へとつなぐ、未来志向の姿勢を学びました。

 あらためて池さんは、本当に偉い人だったと思います。偉ぶらず、謙虚で、いつも笑顔を絶やさない。学生たちにも優しく接してくれました。

 韓国に行くと、私たちは留学生、韓国の人々と一緒にカラオケで「演歌」をうたいます。日本文化開放という池さんの偉大な業績の一つを大いに謳歌させてもらっているわけです。

 改めてご冥福をお祈りします。

「理解不能なことばかり」  五十嵐正博

<年頭所感>

「理解不能なことばかり」

代表世話人 五十嵐正博

 明けましておめでとうございます。

 コロナ禍の下、沈鬱な空気が世界を覆っているようです。コロナ禍は、私たちに「人知の及ばぬ世界」があることを改めて気付かせました。人間の「おごり」を戒めるかのようです。世界の各地で深刻な人権侵害が、そして植民地支配も続いています。核兵器が瞬時にして人類を絶滅させ、温暖化が、地球環境、生態系をじわじわと蝕んでいく、「わかっちゃいるけど止められない」サガを人間は捨て去ることができないままです。そうした事態を止めようと、世界中で、日々抗議し、抵抗する多くの人々の姿もあります。核兵器の廃絶を願い、あるいは、地球危機を防ごうという若者たちの「抵抗の輪」が希望の光です。

 今年は、「沖縄返還」、「日中国交正常化」から50周年、政府は、沖縄の民意を一顧だにせず、日中関係は融和と緊張を繰り返しています。「画期」にどれだけの意味があるか、少なくとも来し方を振り返り、未来への展望を考える契機にしなければなりません。

 私の日常も様変わりし、一昨年1月から昨年11月までただの一度も県外にでたことはありません。その間にも、格差社会は急速に進み、意図的に「脅威・対立」をあおりつつ、改憲の策動が加速されつつあります。「もりかけさくら」など「臭いものにはフタ」をされたまま。

 本稿では私がずっと、あるいは最近、不思議に思っていること、しかし、なぜか世の中の関心を呼ばないいくつかを「新年雑感」として記すことにします。

 

池明観さん・戦後補償・拉致問題

 池さんについては、井上さんが「所感」で述べられていますので、私が付け加えることはありません。池さんは、20年前、戦後補償問題が顕在化した理由を、日韓における「成熟した市民社会」「確かな歴史認識」の出現にあると指摘されました。

 それらは、今、どこにいってしまったのでしょうか。とりわけ、安倍政権以降、加害者(日本)が被害者(韓国)に高圧的な態度をとり続ける傲慢さ・理不尽さは、池さんの期待を砕くものです。また、歴代内閣が、「北朝鮮を激しくののしってきた」少なくとも5名(特に第2次安倍内閣の2名)の日本会議国会議員懇談会所属の重鎮を、拉致問題担当相に任命してきたことは、到底理解に苦しみます。北朝鮮に「もっと圧力を」と主張する安倍さんたちは、北朝鮮に「ケンカを売る」ことが拉致問題の解決になると思っているのでしょうか。

 

日米同盟・コロナ禍・米軍「即応態勢」

 日米間で「同盟」の用語が最初に現れたのは、1981年、レーガン・鈴木「日米共同声明」でした。それまで「同盟」は「軍事同盟」を意味し、憲法9条に反するがゆえに、自民党でさえその使用を避けてきたのです。以来40年、今では、見るだけ、聞くだけで身震いする「軍事造語」(「敵基地攻撃能力」「遠征前方基地作戦」「水陸機動団」など)が飛び交っています。

 日米首脳会談が行われるたびに同盟が「強化」「深化」され、「思いやり予算」は「同盟強靭化予算」と名を変え、対米従属が「強化・深化」されます。毎日のように聞かされる「自由で開かれたインド太平洋」という常套句は、「アメリカがインド太平洋の覇権を維持し続けたい」という意味です。もっとも、中国にも「尊敬される国」になってほしいと願います(もちろん日本もアメリカもすべての国が)。

 さて、「米軍由来のコロナ蔓延」、当該自治体もマスコミもそう言います。日米地位協定の改定が必要、日本はアメリカの属国かといった議論がなされています。米軍のいい加減なコロナ対策は、実は、米軍は「台湾のため、尖閣のために中国と一戦を交えるつもりはない」ことの証です。軍隊に求められるのは「即応態勢」、「求めがあれば今夜にも戦える」態勢。そのためには「隊員の健康状態が良好に保たれている必要がある」(米軍関係者の言葉)。

 コロナ禍で明らかになったのは、米軍は「即応態勢」をとっていない、とるつもりもないことでした。「だから、地位協定を改定し、米軍にコロナ対策をしっかりさせよう」ではなく、「そもそも軍事基地はあってはならない、むしろ有害そのもの」なのです。

 

MDGs・SDGsと軍縮・核兵器廃絶

 SDGsをめぐる話題で持ち切りです。しかし、SDGsの前身MDGs(ミレニアム開発目標)の話はほとんど聞いたことがありません。これも不思議なことです。2000年9月、国連総会が「新たな千年期(ミレニアム)の黎明に際して」採択したのがMDGs。最初に掲げられた目標は「平和・安全・軍縮」であり、その中で、「大量破壊兵器とりわけ核兵器の廃絶に向けて努力」することも決意しました。

 ところがどうでしょう。SDGsは、「貧困の撲滅が地球の最大規模の課題」と位置付けます。そして、「MDGsで残された課題への対応」をうたい、「平和なくしては持続可能な開発はあり得ず、持続可能な開発なくして平和もあり得ない」としながら、核兵器、軍縮の用語を消し去ってしまいました。重大な後退と言わなければなりません。

 国連がSDGsを採択したのは2015年9月、核兵器禁止条約が採択される約2年前でした。核兵器を保有する5つの安保理常任理事国は、核禁条約の批准を頑なに拒み続けています。本年1月3日、それら5カ国は、突如、「核戦争に勝者なし」声明を発しました。国連事務総長が述べたように、「核リスクを排除する唯一の方法は、すべての核兵器を廃絶すること」です。

 最後に、「武力による威嚇、武力の行使は禁止される」、これが国際法の大原則であることを決して忘れてはいけません。改憲を阻止し、核兵器の廃絶を目指して、みなさんと共に微力を尽くしたいと思います。

 今年もよろしくお願いします。

2021年度平和事業に関する自治体アンケート集計結果とコメント

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2021年6月10日

石川県内各自治体総務課 御中

(非核平和施策担当課)

非核の政府を求める石川の会

2021年度平和事業に関する自治体アンケートの集計結果  送付にあたって

   5月10日~14日、県内各自治体に依頼した「2021年度平和事業に関する自治体アンケート」の集計結果がまとまりましたのでお送りします(別紙参照)。アンケートにご協力いただいた各自治体総務課の皆様に感謝申し上げます。

 今年の平和事業アンケートは、次の4項目についてお尋ねしました。

  • 原爆写真パネル展等の開催計画
  • 被爆者援護施策
  • 子どもたちへの平和教育施策
  • 核兵器禁止条約に関する各自治体(知事・市長・町長)の見解

アンケート集約結果と本会のコメントは、以下の通りです。

「原爆写真パネル展」を自治体主催で開催しているのは?

 「原爆写真パネル展」を自治体主催で開催しているのは、金沢市、七尾市、加賀市、野々市市、津幡町、志賀町、宝達志水町、能登町の8市町です。この外、輪島市では清水正明医師の「原爆被爆絵画展」を毎年夏に各中学校や公共施設で開催しています。石川県、小松市、かほく市、白山市では、毎年住民団体が主催する「原爆と人間」パネル展に公共施設を提供しています。

 このうち能登町では、昨年1月に移転した新庁舎の2階町民ギャラリーにて「パネル展」を初めて開催することになりました。この「パネル」は、当会も参加している平和行進実行委員会が県内の被爆者の方から託されて能登町に寄贈したものです。核兵器の非人道性、被爆の実相を次の世代に伝えるため、県内全ての自治体で「原爆写真パネル展」の開催を要望してきたことが今夏、一歩前進します。

 また石川県では全ての自治体が「非核・平和都市宣言」を決議しています。平和行進実行委員会では非核平和宣言塔や懸垂幕の新設・改修を毎年、各自治体に要望してきましたが、内灘町から老朽化した非核平和宣言塔(2か所)の改修工事をおこなったとの報告がありました。

被爆者援護施策は県の施策がほとんど/石川県原爆被災者友の会が来年3月末に解散

 被爆者援護施策については県の施策が大半であり、加賀市以外では独自施策の記載はありません。県の施策にある「県内在住の被爆者で構成する団体」=石川県原爆被災者友の会のニュース(2021年4月号)によると、「石川県内の被爆者は現在64人、平均年齢は85歳。会の存続について被爆者手帳所持者全員に問合せると7割の方から返事があり、全員、閉会やむなしとの回答だった。会の存続につき、県と金沢市に報告し、今年度(2021年度)末に閉会する。」とのこと。戦後76年となり、被爆者の高齢化で運営が困難になり、石川県原爆被災者友の会が来年3月末に解散します。石川県はじめ各市町による被爆者援護施策の継続・拡充を切望します。

 広島への中学生の修学旅行、夏休み・全校登校日の平和集会はコロナ禍で大半が中止に

 七尾市、小松市、加賀市、白山市、能美市、川北町、中能登町の7市町では、毎年実施している平和学習等を目的とした広島への中学生の修学旅行、野々市市が毎年8月5日、6日、広島市平和記念式典に中学校生徒会代表10数人を派遣している「平和の旅」が新型コロナウイルス感染症拡大のため、2年連続で中止になっています。

 例年、夏休み中の全校登校日に平和集会を開催していた自治体の小中学校では、コロナ禍で夏休みが短縮され、全校登校日は設定されなかったが、各学級において平和学習が実施されています。

 平和教育は、平和展において展示する絵、作品、標語等の作成、学校支援ボランティア(戦争体験等の歴史の話)、戦争平和に関する図書コーナーの設置、全校での平和の取組(本の読み聞かせ、本の紹介、動画視聴等)を行う、国語や社会等、平和に関する学習の実施、被爆体験伝承者講和会(市内中学生が広島市から派遣される被爆体験伝承者の講話を受講)、図書委員会・掲示委員会における啓発活動など多様な方法で行われています。

 今回のアンケート調査をご活用いただき、県内全ての自治体の学校教育において平和学習が実施されることを要望します。また石川県原爆被災者友の会が制作、県内全ての小・中・高・大学・図書館に寄贈されたDVD『この空を見上げて~石川・被爆者たちの証言』の視聴も期待しています。

 核兵器禁止条約に関する各自治体(知事・市長・町長)の見解について

 核兵器禁止条約は、核兵器の生産・保有・使用・使用の威嚇など全面的に違法とする初めての国際条約です。今年1月の核兵器禁止条約の発効により、「核のない世界」の実現は想像から創造する時代へ、「核兵器による安全保障」から「核兵器なき世界による安全保障」へと大きく舵を切りました。世論調査では、国民の7割が核兵器禁止条約への日本の参加を求め、地方議会の意見書も3割を超えています。国民の意思は明確です。

 しかし、上記の設問について、「条約の署名・批准については国の専管事項であることから回答を控えさせていただく」「国の動向を注視する」が14自治体、「記載なし」が4自治体あり、「この条約の発効が、世界の恒久平和と核兵器の廃絶につながる契機となることを願っています」など条約の発効を是認する回答は2自治体だけでした。

 県内では全自治体が「非核・平和都市宣言」を決議しており、また都市の連帯を通じて核兵器のない平和な世界の実現をめざす「平和首長会議」に全市町が加盟しています。条約の発効を受けて、唯一の戦争被爆国にふさわしく日本政府に核兵器禁止条約への参加、署名、批准を求めるのは「非核・平和都市宣言」自治体として、また「平和首長会議」加盟都市としてごく自然なこと、当たり前のことではないでしょうか。

 当会では今後、全ての地方議会から政府に「核兵器禁止条約への参加を求める意見書」を提出していただくよう働きかけていく所存です。非核平和施策担当課の皆様のご高配をお願い致します。

以上 

<追記>

 今回の平和事業に関する自治体アンケート集計結果を非核の政府を求める石川の会ホームページ(http://hikakuishikawa.com/)に掲載しました。ご活用いただければ幸いです。

 当会では非核・平和行政の充実をもとめて、今後も県内各自治体担当課への取材・懇談や調査活動を継続していきますのでご協力をお願い致します。

 

 

 

書評『記憶の灯り 希望の宙へ』によせて/井上英夫

< 書評 >

『記憶の灯り  希望の宙へーいしかわの戦争と平和』によせて

代表世話人  井上英夫

 

 A4判・132頁 オールカラー 定価:1300円(税込み)

 昨年8月15日、日本敗戦の日、『記憶の灯り 希望の宙へ   石川の戦争と平和』が、石川県平和委員会と戦争をさせない石川の会より発行されました。

 本書の執筆者、そして内灘闘争をはじめ石川県の平和運動のリーダーの一人莇昭三さんは、本書発行直前の7月19日に亡くなり、そのたたかいの歴史に幕を閉じられました。

 莇さんは、編集後記で、「読者や戦跡への訪問者が、『そうだったのか、やっぱり戦争に反対しなければ!』と心が駆り立てられる冊子であってほしい。その願いは、今、実現したように思える。若者たちには、75年前の戦争が遠い昔話でなく、歴史に向き合うことは、君たちの未来につながる道標となることを、強く伝えたいと思う。」と述べています。

被害と加害そしてたたかいの歴史

 内容は、大きく四つ、⑴ 天皇の軍隊 加害の歴史、⑵ 国民・兵士 被害の歴史、⑶ 混乱と復興の狭間で、⑷ 逆流に抗い平和を守る、となっています。

 被害の歴史では、兵士、銃後の人々、そして満蒙開拓団等が取り上げられています。中でも衝撃的なのは、日中戦争、アジア・太平洋戦争で軍人軍属の戦没者は約230万人、しかし、そのうち140万人は餓死者で、6割強にのぼったということです。そして莇さんの綿密な調査で石川の兵士の戦死は26,615人、どこで、どれだけ「戦死」したのか明らかにされています。

 本書の最大の特色と意義は、加害の歴史を取り上げていることだと思います。1898年には第九師団司令部がおかれ、軍都金沢の象徴となり、南京攻略戦(大虐殺)の主力としても投入されるわけです。七三一部隊についても石井四郎隊長は四高出身で、敗戦後逃げ帰った上陸地は金沢でしたし、金沢医科大、後の金沢大学医学部には部隊関係の医師が入り、学長にさえなっています。

 私は、大学で戦争と平和、人権について講義し、日本軍慰安婦、植民地におけるハンセン病政策も加え、とくに加害の歴史を語ってきましたが、歴史の歩みを眼前に見ることができる例として、野田山墓地へ足を運ぶように勧めてきました。

 野田山墓地には、戦争捕虜と日本軍兵士の墓があります。大きくて将校の墓は立派ですが、一般兵士の墓は小さい。さらに1940年からの日露戦争のロシア兵捕虜の墓もありますが立派なものです。まだ、軍、国、日本社会に、捕虜に対し人道的扱いをする「武士道精神」も残っていたのでしょうか。しかし、朝鮮の植民地化、アジア・太平洋戦争へと突き進む中、「堕落」は進んでいきます。

   行きつくところ、人々の踏みつける道路の下への尹奉吉(ユン・ボンギル)の遺体の暗葬です。尹奉吉は、日本の侵略と植民地支配に抵抗し1932年に上海で爆弾を投げ軍人たちを殺傷し、金沢で銃殺されたのでした。1946年ようやく発掘され、1992年暗葬の地に碑が立ち、近くに「殉国記念碑」も建立されています。私は、ソウルの梅軒尹奉吉記念館そして上海魯迅公園内につくられた梅亭も訪問しています。

 日本にとっては、テロリスト尹奉吉も、植民地にされた朝鮮、そして侵略された中国の人々にとってはまさに「義士」であり英雄です。加害の歴史には目をふさぎたい、避けて通りたい、無かったことにしたい。これが、多くの日本の人々とくに若い人達の偽らざる気持ちではないでしょうか。「踏んだ側は忘れても、踏まれた側は痛みを忘れない」といわれますが、加害の歴史に正面から向き合うことの覚悟と勇気こそ今求められているのではないでしょうか。今とくに問題となっている日本軍慰安婦、徴用工問題もこの姿勢を示せば道は開けると思います。

現地・現場主義と想像力

 本書は、「戦争の痕跡をたどり、悲惨な記憶を学び、未来へ手渡す」ことを目的としているわけですが、現地に足を運び、現場を見ることの大事さを痛感しています。私は、社会保障裁判やハンセン病問題、そして人権・平和問題にかかわってきましたが、現地・現場主義を法学研究の基本に据えてきました。

 2016年4月、最高裁判所は、裁判所外の「特別法廷」で開かれたハンセン病患者に対する裁判を裁判所法違反、さらには不合理な差別であったとして実質的には憲法14条違反の差別と認め、謝罪しました。私は、この件で設けられた有識者委員会の座長を務めました。調査委員会を構成する裁判官そして有識者委員にハンセン病患者の「強制絶対終生隔離収容絶滅政策」による差別・人権剥奪の実態、その空気を知ってもらうことが何より大事だと考え、群馬の栗生楽泉園、熊本の菊池恵楓園を訪問しました。

 委員の皆さんが、とくに「ショックを受けた」のが栗生楽泉園に復元された重監房でした。もちろん、復元されたもので、マイナス20度にもなる極寒、餓死するような食事、悪臭も、ノミや南京虫もありません。しかし、アウシュビッツに匹敵するような残虐な実態にふれ受けた影響は計り知れないほど大きかった。

 同時に、現地・現場主義といっても限界はあります。すべての戦跡や生命権はじめ人権剥奪の現場に立てるわけではありません。血の匂いを嗅げるわけではありません。それを補うのが想像する力だと思います。本書は、まさにその想像力を掻き立てる力があると思います。

平和的生存権と人権のためのたたかい

 改めて憲法の輝き、力、そして人々の人権のためのたたかいの正当性に確信が持てました。憲法は、周知のように国民主権、平和主義、基本的人権を3本柱にしています。県内には憲法記念碑、憲法九条の碑そして非核・平和の標柱等が沢山あります。

 憲法前文は、平和的生存権をかかげています。「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」、と。

 ここにある「恐怖」とは戦争やテロ、「欠乏」とは飢餓や貧困です。したがって前者については、憲法9条で、後者については憲法25条を基底とする26条の教育権、27、28条の労働権、労働基本権等の人権いわゆる社会権を保障しているわけです。

 この意味で、憲法9条と25条は一体である、戦争・平和と生命・生存・健康で文化的な生活を保障する人権保障は一体であることを再確認した次第です。さらには、日本国民だけでなく、「全世界の諸国民の公正と信義に信頼し、私たちの安全と生存を保持しようと決意した」と前文で述べていることも強調しておきたいと思います。

 そして、本書がたどっている内灘闘争をはじめとする平和的生存権のためのたたかい、とくに非核・平和の自治体づくりは2006年、県内全自治体の「非核・平和自治体宣言」決議を生み出していることも紹介されています。

 日本国憲法97条は、憲法の保障する人権は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力(たたかい)の成果」であると明言して、私たちの平和と人権のためのたたかいの正当性にお墨付きを与えています。

 そして、本書発行はまさにこのたたかいの一環であり、この成果を生かすことこそ、憲法12条が定める、憲法、人権を保持するために私たちに課せられた「不断の努力」義務をはたすものに他ならない、と思います。

 現在のみならず未来を見据えるとき、日本の歴史とくに近・現代史を学ぶことが必要だと思います。本書を教材とした平和、人権教育を学校教育、社会教育の場で保障する、そのためのたたかいを提言します。

年頭所感 一人ひとりの尊厳を尊重する社会を/五十嵐正博

◆ 年頭所感 ◆ 

一人ひとりの尊厳を尊重する社会を

代表世話人 五十嵐正博

 コロナ禍での新年、皆さんお元気でお過ごしでしょうか。皆さんが本「会報」を手にされるころ、1月22日に「核兵器禁止条約」が発効します。核兵器の廃絶を願って長年奮闘されてきた皆さんに心より敬意を表します。これからは、「核なき世界」を「実現」するためにどうしたらよいかが問われることになります。

コロナ後の世界を示唆する

 さて、このコロナ禍からなにがみえてきたでしょうか。感染症への警鐘が以前からなされてきたにもかかわらず、ほとんどの国で、感染症に対する対策・準備の軽視あるいは不存在、安倍・菅政権は、「自助・後手後手・場当たり的・コロナよりも経済を」の対応に終 始し、「命を軽んずる」政権であることを改めて明らかにしました。 「安心して暮らせる日常」こそがなにより大事だと実感する日々です。安倍政権は最悪だと思ったら(一難去って)、より悪い菅政権が生まれてしまいました(また一難)。なんと表現しましょうか、「最悪+A」とでも。

 「軍事優先」「新自由主義」政策の下で繰り広げられる「格差社会」の拡大は、弱者により大きな犠牲(まさに生きるか死ぬか)を強いることになっています。自公政権は、「安全保障環境の一層の厳しさ」、「国民の生命・財産を守る」ためという常套句を弄しながら、医療・福祉・教育分野を軽視しつつ、軍事費の拡大だけは続けています。新型コロナウィルスは軍隊で防ぐことはできない、軍隊はむしろ有害無益だということも改めて明らかになりました。「軍事費をコロナ対策に回せ」との声が高まるのは当然です。

 コロナのことを考えながら、ふと思い立ち、書棚の片隅にあった、高校時代の教科書『詳説世界史』(1965年、山川出版社)を取り出しました。赤線だらけ、ほとんど覚えてない。私の記憶力の弱さはさておいて、半世紀以上前の受験勉強はなんだったのか。いや、歴史を学ぶことはとても大切です。受験と結びついたことが問題なのだ、ということにしておきましょう。

 それはさておき、昔の『世界史』の教科書を引っ張り出したのは、「感染症」「ペスト(黒死病)」についての記述があったかを確かめようと思ったからです。唯一、「たまたま1348年黒死病(ペスト)が西ヨーロッパを襲い、農村人口は激減し」、荘園制・封建制の崩壊にともない、「15世紀ごろには各地に中央集権の近代国家が成立してゆく」との記述がありました。「スペイン風邪」は見当たりません。高校生用の「世界史」の教科書は、感染症の蔓延(パンデミック)が国家のあり方を、さらに国際社会のあり方を根本から変える契機の一つになりうると教えていたのです。執筆者にそんな意図があったかどうか、私自身は、当時、そのような意味をくみ取ることはありえませんでしたが。地方政治の実権を握っていた諸侯、騎士が没落し、成長した市民階級は国王と相提携し、中央集権化が図られていったのでした。こうして近代国家が成立していきます。

 そこで、次の問いは、現下のコロナ禍でなにが「没落」し、なにが新たに生まれるのか、いかなる社会の変革がもたらされるのかです。たとえ遅々たるとはいえ、歴史上、人類がたどってきた「進歩」から「変革の道筋」を導きだすことができるのではないか。「進歩」の定義は種々ありえますが、私が思う「進歩」とは、人類は、「一人ひとりの尊厳が尊重される」社会を目指してきたことです。それは、支配と従属、偏見と差別のない社会を目指す「不断の努力」であり、今後も続けられなければなりません。

「植民地の解放」を目指して

 道半ば、あるいは人類史においては始まったばかりかもしれません。私は、「植民地の解放」を研究課題としてきました。国際社会は、国家間の、また国家とその植民地の「支配・従属」関係をいかに断ち切ろうとしてきたか。1960年、国連総会は、植民国家などの反対を押しきって「植民地独立付与宣言」という画期的な決議を採択しました。「すべての植民地人民は独立する権利がある」、この宣言に勇気づけられ、その後100以上の植民地が政治的独立を達成してきました(国連加盟国は51から193へ)。しかし、途上国の経済的「独立」は今も困難を極めています。本稿で詳述することはできませんが、途上国は、先進諸国からの経済的独立を求めて、「多国籍企業の行動を規制する権利」を求めてきました。私は、1996年に「近年の国連における多国籍企業の活動の積極的評価と『民営化』促進の動きは、まさに全世界を『先進国』(の企業)のために再西欧化する試みであり、このままでは途上国を益々従属的な地位に追いやることになろう」と指摘したことがあります。この状況は改善されるどころか、悪化しているのではないか。近年話題の「SDGs=持続可能な開発目標」に、多国籍企業、民営活動はむしろ肯定的に言及されています。実は、途上国の声は先進国の抵抗によりかき消されてきたのです。

「人権の普遍化」を目指して

 1948年12月10日、国連総会が採択した「世界人権宣言」は、もう一つの人類が到達した「進歩」でした。世界人権宣言は、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等で奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎をなすものである」と宣言します。以後、国際人権規約をはじめ、種々の人権関係条約が結ばれ、人権を実現するための各種「委員会」が設けられるなどの「進歩」を遂げてきました。第二次大戦後、人権尊重は、すべての国家が従うべき普遍的な理念になってきたのです。

 非植民地化(最近、沖縄では「脱植民地化」といわれます)を推し進めたのが「自決権」という画期的な考えでした。「すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」(国際人権規約共通1条)。自決権は、すべての人権享有の大前提であり、植民地支配は自決権の否定そのもの、植民地の人々の人権抑圧体制そのものなのです。「香港」に対する中国の弾圧政策を決して認めることはできませんが、未だに植民地を手放そうとしない植民国家の「政府」(米・英・仏など)が中国を批判する資格はありえないことも指摘しておきます。

日本社会の変革を目指して

 先の教科書の事例にならえば、日本社会の変革のためには、自公政権を「没落」させ、「市民と野党が相提携」し、日本国憲法を活かす政権への交代がなければなりません。その政府は、「一人ひとりの尊厳を尊重する」政府であり、必ずや核兵器禁止条約を批准し、核兵器が「壊滅的な人道上の帰結」、すなわち「人類の生存」に関わるのだと世界に向けて強く訴え、「核兵器のない世界」の実現を目指すはずです。

 なお、沖縄が強いられ続けている諸問題、「日本学術会議任命拒否」、「自衛隊の敵基地攻撃能力」など、それこそ「菅政権はどこまでやるか」と頭の中が沸騰しそうです。それらは別の機会にお話しする機会があるかも知れません。いずれにしろ、政治を私たち市民の手に!

 本年もよろしくお願いします。

 

日本学術会議任命拒否に抗議する(五十嵐正博)

「そこまでやるか、ここまできたか、どこまでやるか」 

日本学術会議任命拒否に抗議する

代表世話人  五十嵐正博

 立命館大学の松宮孝明教授は、日本学術会議の任命拒否についての新聞インタビューに、「とんでもないところに手を出してきたなこの政権は」と答えたということです(京都新聞)。この暴挙の報を聞いたとき、「そこまでやるか、ここまできたか」が最初の感想でした。そして「どこまでやるか」に思いがいたり、すぐに合点がいきました。

「目的のためには手段を選ばず」

 自民党の結党以来の一貫した「改憲」願望からして(政権により濃淡はあっても)、「そこまでやるか、ここまできたか」は当然の流れ、「歴史の反省」をせず、むしろ「復古主義」への回帰を夢想しつつ、「政財界による権力維持の執念」。日本国憲法を「改正」するために、したたたかに、粛々と「政権にとってのジャマモノ」を一つずつ、一人ずつ消す戦略。もちろん、一番のジャマモノは「日本国憲法」。当該行為が「合憲か否か」「違法か否か」などに関心はなく、「目的のためには手段を選ばず」という強権政治。

厚顔無恥こそ権力維持の秘訣

 今回の件で、岡田正則教授(その他多くの人)が指摘しているように、菅首相が「推薦段階の105人の名簿を『見ていない』」ということは、学術会議からの推薦リストに基づかずに任命したということです。これは明らかに、日本学術会議法の『推薦に基づいて内閣総理大臣が任命する』という規定に反する行為」です。政府は「総合的、俯瞰的な」意味について、「丁寧な説明」など、そもそもできない相談です。「見ずに俯瞰する離れ業」(中野晃一さん)。自民党にとって「日本学術会議」は「ジャマモノ」。どこまで「用意周到」なのか、あるいは時の政権が「場当たり的に」また「思い付きで」実行するのかは、それぞれの事例について検証が必要です。しかし、今回の件については、すでに安倍政権時代から「目の敵」にされていたことが明らかになっています。まさに「虎視眈々と狙い撃ち」されたとみるべきでしょう。

 前川喜平元文科省事務次官が実際に経験されたことを語っています。「文化審議会文化功労者選考分科会」委員の選任について、杉田官房副長官から、10人の候補者のうち2名が好ましからざる人物であり任命するなと言われた、安倍政権を批判するようなことをメディアで発言したことが理由であったと。闇の中で、陰湿かつ執拗にうごめく権力行使、空恐ろしい話です。よくも「自由、民主主義、法の支配、基本的人権の尊重(市場経済が加えられることも)」という、ありもしない「共通の価値観」などといえたものです。いや、この厚顔無恥こそ権力維持の秘訣なのでしょう。

日本国憲法の壁

 思えば、80年代後半の中曽根政権による労働組合つぶし、2003年、第一次安倍政権による「教育基本法」改悪、第二次安倍内閣による特定秘密保護法(2013年)、平和安全法制(2015年)、共謀罪(2017年)へと続く「違憲」諸法の改悪・制定。自衛隊法改正は数知れず。日本国憲法は満身創痍にさらされてきました。それでも、日本国憲法の壁があるがゆえに、少なくとも、歴代政権は、当該行為に「理由にならない理由」を述べなければならず、「好き勝手放題」を許すことはありませんでした。

自民党の執念

 自民党は、この「歯止め」「壁」を取り払うことに執念を燃やしてきました。菅首相が政策の根本と考える「自助、共助、公助」、なんと正直な首相でしょうか。「丁寧な説明」がなくても即座に理解可能、安倍政治を継承して、「自民党新憲法草案(以下、新草案)」(2005年10月)、「改正草案」(2012年4月)に沿った憲法「改正」を目指す宣言そのものだからです。要は、国家による個人、家族への介入、国家支配の拡大。憲法は「権力をしばるもの」という理念とは真逆の発想であり、「憲法でない憲法」作りを推し進めること。「自助」とは、「個人」ではなく、「人」は「公益及び公の秩序」に反しない限りの「自由」を持つにすぎず、「国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。」(改定草案12条)ことになります。

 「新草案」は、「前文」で「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し」とし、「改正草案」では「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。」となりました。「復古主義の中核」ともいうべき「国家への忠誠義務」を義務付けようとするものです。「改正草案」は「国防軍」の創設をうたい、「徴兵制」に道を開くことが危惧されます(「新草案」では「自衛軍」でした)。

 「共助」とは、「家族は互いに助け合わなければならない」こと。「共助の義務」です。「公助」について、「草案」は現行憲法二五条(生存権)に何も加えていません。最近の「黒い雨訴訟」を見るまでもなく、国は、いざとなると「公助」どころか、「知らん顔」をするか「逃げる」かして、一切責任を負おうとはしません。しかし、権力は、いつも見えない影におびえているのでしょうか。「国民に刃を向ける=強権的に弾圧する」「緊急事態条項」を憲法に盛り込もうというのです。これが菅首相が思い描く「自助・共助・公助」の意味です。

市民の声が届かない社会に未来なし

 今回の学術会議問題は、任命拒否を撤回させなければなりません。「アリの一穴 天下の破れ」ということわざがあります。政権が「総合的・俯瞰的判断」で何事をも決められるとすれば、憲法も法律も無用となってしまう、それは、立憲主義の破壊、独裁政治です。

 坂本龍一さんは、日本学術会議への人事介入に抗議して「声を上げること、上げ続けること。あきらめないで、がっかりしないで根気よく。社会を変えるには、結局それしかないのだと思います。」と発言しました。同感です。「あきらめないで、がっかりしないで根気よく」安倍・菅政治なるものを引きずり下ろすために声を上げ続けましょう。「忖度」と「萎縮」が蔓延する社会、なにより「市民の声が届かない」社会に未来はありえません。市民の手に「日本国憲法」を取り戻さなければなりません。

【追記】岡田正則さんは、かつて金沢大学での同僚であり、井上英夫さんとともに日韓の共同研究に加わりました。『日韓の相互理解と戦後補償』(日本評論社、2002年)

【参考】『菜の花の沖縄日記』出版元「ヘウレーカ」から新刊、福島祐子著『ヒロインの聖書ものがたりーキリスト教は女性をどう語ってきたか』が刊行されました。本稿を書きながら、つい「プロローグ」を読み始めた途端に、「他者を蹂躙することで己の権力を誇示したくなる」との一文に出くわしました。文脈は、本稿とは全く違いますが、「権力者は」を主語にすれば全く納得、ここに引用します。ご興味のある方はぜひお手に取ってください。お勧めです。

今「必要緊急」なこと  日本国憲法を活かす政府をつくろう(五十嵐正博)

今「必要緊急」なこと  日本国憲法を活かす政府をつくろう

代表世話人 五十嵐正博

 私たちは、今、新型コロナ・パンデミックの渦中にいます。パン(すべての)デミア(人々)、まさに地球上のすべての人を襲う感染症。人間は、地球上に存在する何百万、いや何千万とも知れぬ種の一つにすぎません。すべての種が、地球誕生以来、種の生存・共存のためのメカニズムを営々と作り上げてきたのでしょう。しかし、人間だけが、森羅万象を支配できると思い込む「おごり・思い上がり」を持っているのではないか。現下の事態は、「経済成長」を金科玉条とし、人間一人ひとりの尊厳をないがしろにしてきたことに対する「戒め」「警鐘」とも思います。
 人間は、何を、どこまで反省し、その反省を将来に生かすことができる歴史を、私たちは見て見ぬふりをしてきたのではないかとさえ思いたくなります。今回のコロナ禍との直接の関連はさておき、気候変動がもたらす様々のリスクが語られてきました。1988年設立の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、「世界平均気温の上昇による主な影響」として「感染症による社会的負荷の増加」「医療サービスへの重大な負荷」を指摘し(2007年報告書)、さらに「21世紀半ばまでに予想される気候変動は、主に既存の健康上の問題を悪化させることで、人間の健康に影響を与える」「確信度が非常に高い」としました(2014年報告書)。温暖化対策は一向に進んでいません。
 IPCCの警告は無視され続けただけでなく、むしろ、この国で進められてきた無残な福祉・医療の切り捨てが現在の混乱、悲惨な事態を招いています。予想された事態なのです。井上英夫さんが、国立病院の再編・統合に反対する運動をしていた姿を思い出します。
 今、目の前のコロナ禍の収束を図らなければなりません。国民には「不要不急の外出自粛」「三密回避」を要請しつつ、右往左往する安倍政権。今日を生き抜くことに汲々としている多くの人に救済の手が届かない。この国の歴代政権は、日本国憲法を活かす努力を怠ってきたからです。
 安倍政権の立ち位置は、「個人よりもお国(そしてお友だち)のために」。コロナ対策に当たって「必要緊急」なことは、日本国憲法を活かす政策です。軍事費の支出を止めて、一人ひとりの尊厳を守る政策の即時の実施です。
 
 私の父親は、敗戦後、一時公職追放になりましたが、1950年、全国各地に家畜保健衛生所が設置され、群馬県太田市の初代所長になりました。父28歳。私が生まれた翌年でした。父が「抗原抗体反応」と話していた記憶がよみがえりました。半世紀以上前、すでに行われていた「抗体検査」、その実施が未だに滞っていることに驚くばかりです。
 「あれよあれよ」という間の(政策決定過程が不透明な)「上意下達」の乱発、それらを垂れ流しするマスコミ、そしてそれに唯々諾々と従う(従わされる)市民。ファシズム体制との類似を指摘する見解も見られます。そうさせないためには、憲法を活かす「信頼できる政府」を私たち市民がつくること、それしかありません。
(神戸大学名誉教授、金沢大学名誉教授)

コロナ問題を人権の視点で ( 井上英夫) 

コロナ問題を人権の視点で

代表世話人  井上英夫

コロナ禍の中で
 コロナ禍、皆さんご無事でお過ごしでしょうか。
 一週間前ようやく届いた「アベノマスク」を前に悩んでいます。安倍に突っ返そうか。こどもたちに使ってもらおうかと。近所の養護施設の施設長さんに相談したら、こどもでも役に立たないし、もう余っているからいらない、と言われました。世紀の愚策ですね。愚策は、ほかにも一杯ありますけど。
 私も、時間ができたので。庭仕事に励み、花や樹木、鳥のさえずりに囲まれて暮らしています。自然の偉大さと有難さを痛感しています。金沢は、今春、花々が一斉に咲き誇り、桜も長く楽しませてくれました。
 この間、日本高齢者人権宣言草案づくりに取り組みました。WEB会議とメールで意見を交わし、高齢期運動連絡会に提案しました。今後、議論を重ね、高齢期運動の要求と目標の指針とするものですが、何より日本政府に高齢者の人権保障への責任を果たさせ、国連高齢者人権条約策定へのリーダーシップを取るように迫るものです。
 コロナ禍は、とくに高齢者を襲い、石川県かほく市の二ツ屋病院が典型ですが、人権の砦たるべき病院や特別養護老人ホームでの感染、死亡も目立ちます。そんな中で、働くことのできない、価値のない人間は死んでも良いというような優生的、劣等処遇的考え方も広まり、「姥捨て山」を作れという主張さえあらわれています。
 この国の未来がかかっている
 コロナ禍や地震、津波、原発事故等の災害、緊急時こそ、国や社会の諸問題が集中的に表れます。コロナ禍で医療や介護崩壊がいわれ、教育そして雇用等の危機が叫ばれていますが、問われているのは国の政策です。平常時の豊かで、分厚い人権保障こそ、緊急時、非常時にも力を発揮し、人々の営業、労働、生命、生存、生活、健康、文化、教育等の諸権利を守ることができるわけです。
コロナ問題にはこの国の未来がかかっています。まさに人権保障そして国民主権・民主主義、平和主義を掲げる憲法を守り、より発展させるのか、緊急事態を口実に、改憲・「独裁」への道を開くのか。とくにコロナ問題を人権の視点でとらえる必要があると思います。ところが、「生活の在り方」を考えようなどという国民への責任転嫁が目立ちます。変わらなければならないのは、何より安倍政権です。
 言葉に注意
 コロナ禍のなかで、カタカナ用語はじめ気になる言葉が乱用されています。そのいくつかを。
 「自粛」と「支援」
 国民への「自粛」とは、「禁止」ではなく国民の自主性を尊重しているようですが、実は、社会保障の自立・自助、共助、公助論と根っこは同じ、国は結果には責任は持ちませんよ、ということですね。営業等財産権の制限に対する「正当な補償」は国の義務ですが、一貫して拒否し、「支援」を連発しています。マスコミも人々も「支援」にならされていますが、補償そして社会保障も「公助・支援」ではなく人権として「保障」されています。「補償」そして「保障」とは、主権者国民の権利であり、国に義務と責任があるということを意味しています。
 「不要不急」
 外出自粛の「基準」とされているのが、「不要不急」ですね。原発、リニアモーターカー、カジノそして軍事費こそ不要不急な最大のものでしょう。
7 私たち社会権の会(防衛費より教育を受ける権利と生存権の保障に公的支出を求める専門家の会)の四月一五日の声明をご覧ください。

(https://blog.goo.ne.jp/shakaiken/e/6865991853d5854037dd0ea221a9e918)

 ミサイル・戦闘機よりバターを、軍事費より人権保障に。非核の政府を求める会として、この訴えを広めましょう。
 「アラート」「ステイホーム」
 アメリカかぶれ?の小池都知事がカタカナ英語を頻発していますが、アラートは「警報」でよいでしょう。また、ステイホームと耳障りは良いのですが、命令形ですね。家にいろと自粛を「強制」されている感じがします。
ハンセン病政策を教訓に日本は、感染症に対して、ハンセン病「強制絶対終生隔離収容絶滅政策」という負の歴史をもっています。ハンセン病は薬で完治し、死に至る病ではありませんが、どんなに強力かつ危険な病気であっても人権保障が貫かれなければならないということが、大事な点です。この教訓が生かされなければならないと思います。この点、私の「新型コロナウイルス感染症と高齢者の人権」(『ゆたかなくらし』2020年6月、7月号)をご覧ください。(日本高齢期運動サポートセンター理事長)

「自衛権」という口実、 そして安倍政権にさよならを(五十嵐正博)

年頭所感

「自衛権」という口実、 そして安倍政権にさよならを

                                    代表世話人  五十嵐正博

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
  拙稿が皆さんのお目にとまるとき、私はちょうど71歳。1795年、カント先生が『永遠平和のために』を出版されたのが71歳でした。繰り返されるアメリカによる暴挙、年初のイラン要人の暗殺。このような事態が起こるたびに、カント先生の国際法学者を揶揄する声が歴史のかなたから聞こえてきます。国際法学者の名前は、戦争を正当化するときに決まってでてくるが、彼らの言葉のもとに戦争を中止することはなかったね、と。まさに、その通りです。
 昨年11月、憲法研究者126名は、「ホルムズ海峡周辺への自衛隊を派遣」に反対声明をだしました。憲法研究者は、憲法が危機にあると思われる事態に直面するたびに声明をだしています。国際法研究者はどうでしょうか。私の知る限り、たったの一度。『しんぶん赤旗』(2003年3月19日)は次のように伝えました。

 「国際法に照らしてイラク武力行使は許容されない」。
 日本の国際法学者23人が18日、米国の対イラク攻撃に反対する声明を発表し、外務省の林景一条約局長を通じ、川口順子外相に申し入れました。松井芳郎(名古屋大)、最上敏樹(国際基督教大)、五十嵐正博(金沢大)、古川照美(法政大)各教授が申し入れました。」この声明をだす事務方が私でした。事態は今も(そして、いつも)同じですから、その声明の一部を紹介しましょう。
 「声明」は、国連憲章が武力行使と武力による威嚇を禁じ、その例外として認めているのは、
(1)武力攻撃が発生した場合の自衛権行使、
(2)平和の脅威に対する集団的措置として国連安保理が決定した行動、
の二つだけであるが、現在、武力攻撃は発生していない。
将来発生するかもしれない武力攻撃に備えるという「先制的自衛」論を認める法原則は存在しないのであり、「先制的自衛を肯定するような先例を今ここで作ってしまえば、例外としての自衛権行使を抑制する規則は際限なく歯止めを失う」との懸念の表明でした。
 今回も、アメリカが暗殺を正当化する理由も「自衛権」でした。未だ、歯止めがかかっていないのです。

                                                          戦争は人間がおこすもの
 私は国際法の研究・教育を生業にしてきました。毎年の講義では、国際法の歴史の中で「戦争」についての考え方の変遷を話します。長い間、「戦争」は人類発生時からあったと思い込んでいました。あるとき、考古学者である佐原真氏(元「国立歴史民俗博物館」館長)の本に衝撃を受け、己の無知を恥じたのでした。「450万年の経過のなかで8000年という戦いの歴史。それは、翻訳すると4.5メートルのなかの8ミリである。」(『戦争の考古学』(岩波書店、2005年)。そして、佐原氏は、「戦争は、・・・人間がおこすもの・・・人間が創ったものであるからには、私たちは、戦争を捨て去ることを目標としなければならない。」と述べています。

                                                     権力側と憲法擁護側の「非対称性」
 さて、憲法を蹂躙する権力側と、憲法を守り活かそうとする側には、「非対称性」があります。権力にしがみつ
く者の執念たるや、恐るべし。
 権力側は、身銭を切ることなく、むしろ企業などから献金を集め、搾り取った税金を権力維持のために、政府組織の総力をあげることができる。他方、憲法擁護側は、身銭を切り、一人ひとりの心のこもったカンパを募り、個人のつながりしかない。なんという、許しがたい「非対称性」でしょうか。
 権力への執着心は、「国民を生かさず殺さずの限界」、「国民の怒りが沸騰する限界」を見極める調査作業を怠りません。
 どこまで増税し、防衛費を増大させ、アメリカから兵器を爆買いしても、どこまで社会保障費・教育費を削減しても、どこまでマスコミを懐柔し、官僚に忖度させようが、国民多数の怒りを呼ばずにすむかを見定める作業。疑惑が表面化するたびに、「丁寧に説明する」といいながらだんまりを決め込み、「隠蔽、改ざん、廃棄、記憶にない」を繰り返して、野党と国民の批判・怒りが通り過ぎるのを待つ。
 「沖縄、被災地に寄り添い」と言いながら「民意」を一顧だにしない。実は、休日にはお友達や取り巻きとゴルフを楽しみ、毎晩のように、寿司・ステーキを食べながらも、この「限界」を注視しているに違いありません。
 もっとも、安倍一強長期政権のおごりとゆるみは、しばしば見せる尊大で横柄な態度に見て取れます。野党、国民をなめ切っているのではないか。この国の民主主義は、すでに破局を迎えているのではないか。

                                                              市民と野党の共闘を辛抱強く
 樋口陽一先生は「戦後デモクラシーの破局をどう乗り切るか」について、こう結ばれています。「自分たちそれぞれの主張の中身を国政の場で受け止めようとする政治家をーーいまの与野党の仕切りを超えて一人でも多くーー有権者の手で育ててゆくという正道を辛抱強く切り開き続けること。」一九五〇年代に経験したことはひとつの示唆となるはずだと。(『リベラル・デモクラシーの現在』(岩波新書、2019年)。
 市民と野党の共闘を辛抱強く切り開き続ける「不断の努力」によって「非対称性」を打ち破り、安倍政権を倒して、日本国憲法を活かす政府をつくらなければなりません。

トランプ・ならず者国家、 安倍「忖度」政権に鉄槌を!(井上英夫)

【年頭所感】 

トランプ・ならず者国家、安倍「忖度」政権に鉄槌を!
                                     代表世話人 井上英夫

 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。と、ご挨拶するつもりでしたが、全く「めでたくない」年明けとなりました。
 ご存知のように、1月3日、トランプ大統領の命令により米軍がイラン革命防衛隊の司令官をイラクのバグダッドでのドローン攻撃により殺害しました。イランの報復そしてアメリカの再報復が叫ばれ、第三次世界大戦勃発さえ懸念されています。

 米国の攻撃は、明確に国際法違反であり、米国は、テロ国家=ならず者国家に他ならないことを露呈しました。さらに情けないのは、安倍政権ですね。批判も非難もせず、自衛隊派遣で追随しています。得意の日本民族・国の誇りはどこに行ったのでしょうか。トランプの犬――犬に失礼ですが――として、これも得意の「忖度」でだんまりを決め込んでいます。
 しかし、こうした安倍政権の存在を許しているのはわれわれでもあります。怒りをもって日本政府にアメリカの暴挙を止めさせましょう。そのため、憲法97条も認めている平和、人権・権利のためのたたかい、革命レボリューションを起こしましょう。
 私も呼びかけ人の一人で軍事費増加に反対する「社会権の会」(https://twitter.com/hashtag)は1月5日、急遽下記のような声明を発しました。広く拡散し、平和のための行動に活用いただくようお願いして、新年のご挨拶とさせていただきます。

米国によるイラン革命防衛隊司令官殺害に関する社会権の会(防衛費より教育を受ける権利と生存権の保障に公的支出を求める専門家の会 https://blog.goo.ne.jp/shakaiken/)の声明

                   ◇はじめに◇
 アメリカのトランプ大統領は2020年1月3日、米軍がイラン革命防衛隊の司令官ソレイマニ氏をイラクのバグダッドで殺害したと発表した。トランプ大統領は同日の記者会見で、ソレイマニ司令官は「米国の外交官や軍人に対し、差し迫った邪悪な攻撃を企てていた」と批判し、「我々の行動は戦争を止めるためのものだった」として殺害を正当化している。イランが「イランに対する開戦に等しい」「国連憲章を含む国際法の基本原則を完全に侵害する国家テロだ」として反発し報復を宣言する(ラバンチ国連大使)一方、米国防総省は米軍部隊3500人を中東地域に増派する方針を明らかにし、米イラン関係、米イラク関係を含め中東地域は緊迫した情勢となっている。
                  ◇意見の理由◇
 ソレイマニ氏はイラン革命防衛隊コッズ
部隊の司令官として、各国でイスラム教シーア派民兵組織(イスラム国[IS]に対抗してイラクの宗教指導者シスタニ師が呼びかけて結成された人民動員部隊[PMU]など)を支援してきた革命防衛隊最高幹部であり、敵対するアメリカに対しては、過去に、中東に展開する米軍をいつでも攻撃できるという趣旨の発言もしていた。しかし、いかに政治的・軍事的に目障りな存在であるとしても、超法的に人を殺害することが許されるはずはない。大統領という国家機関によって指示されたこの殺害行為は、明白な脱法行為であり、アメリカによる国際法違反行為(超法的処刑extra-judicial execution)である。
 国連憲章51条は「武力攻撃が発生した場合」にのみ自衛権の行使を認めており、先制的・予防的な自衛権の行使は認められていない。在外自国民の保護など、国の領土保全に対する武力攻撃に至らない程度の侵害行為に対しても、自衛権を援用することは許されない。攻撃が急迫していると信ずるに足りる合理的な理由がある場合には先制攻撃も許されるという学説もあるが、差し迫ったものかどうかの判定は先制攻撃を行う国が行うこととなり、濫用されやすい考え方である。
 先制的自衛論を含め、そもそも自衛権の行使が濫用されやすいものであることは、歴史が示している。アメリカの軍艦が攻撃を受けたとして、アメリカがベトナム戦争に本格的に参戦するきっかけとなった「トンキン湾事件」は、後に、アメリカが秘密工作によって自ら仕掛けた「やらせ」であったことがジャーナリストによって暴かれた(ペンタゴン・ペーパーズ)。また、2003年のイラク戦争は、イラクが大量破壊兵器を持っている「恐れ」を理由とし、ブッシュ大統領の先制攻撃論(ブッシュ・ドクトリン)によってアメリカとイギリスが一方的にイラクを攻撃したものだったが、大量破壊兵器は発見されなかった。にもかかわらず、軍事行動は「フセイン大統領の排除」、「イラクの民主化」と目的を変遷させて続けられた。
 こじつけの理由であれ、いったん始まった軍事行動はエスカレートするのが常であり、その結果は悲劇的である。ベトナム戦争では200万人以上のベトナム人が犠牲になり、米軍の撒いた枯葉剤による障害や健康被害に苦しむ人が今もいる。イラク戦争は推定で数十万人ものイラクの民間人死者を出し、米軍の使った劣化ウラン弾などによる奇形児の誕生など被害は続いている。さらに、イラク戦争とそれに続くアメリカ・イギリス軍の駐留、その後発足したイラク新政権、これらにより激化した社会の混乱とイスラム教の宗派対立は、「イラクのアルカイダ」を源流とするISを生む結果になったと今では広く認識されている。
 イラク戦争時、日本の小泉政権はアメリカに追随してイラク戦争を手放しで支持したが、イラク戦争を遂行した国や支持した国(オランダ、デンマークなど)と異なり、日本政府は今なお、イラク戦争を支持した政治判断の検証をしていない。それどころか政府は、憲法の専守防衛の原則に明らかに反する2015年の安保法制によって、地球上どこでもアメリカと共に集団的自衛権を行使して日本の自衛隊が軍事活動を行うことを可能にする法整備を行った。
 今回の事件を受け、中東に駐留する米軍がイランから攻撃を受ける可能性がある。その場合日本は、集団的自衛権の行使として米軍と共に反撃することが求められる事態になりうる。折しも日本政府は先月末の閣議決定で、1月中に中東地域に海上自衛隊を派遣する決定を行っている。これは、「日本関係船舶の安全確保に向けた情報収集を強化」するという名目で、防衛省設置法上の「調査・研究」を根拠として行われるものだが、自国船舶の防護を求めるトランプ政権の意向を受けた派遣であり、これによって得られた情報はアメリカと共有されることが当然考えられる。自衛隊が駐留することになった結果、場合によっては、アメリカの同盟国として自衛隊が攻撃を受けることがありうる。きわめて憂慮すべき事態である。
 トランプ大統領は、環境保護や紛争の平和的解決のための国際協定から次々とアメリカを離脱させる一方、日本には高額の米国製兵器を売りつけ、日本や韓国、ドイツなど同盟国に駐留米軍経費負担の大幅増を求めるなど、国際社会の公益には関心がなくもっぱら米国の経済的利益のための「ディール」を推進する人物である。そして、日本政府はそのような指導者をもつアメリカと距離をおくどころか、その要求を唯々諾々と受入れ、米国製兵器のローン購入を含め、防衛費をかつてない規模に増加させ続けている。急速に少子高齢化が進む中、年金の引下げと生活不安(「老後2,000万円」問題)、保育所を設置し待機児童をなくす、若い人の人生の足かせになっている「奨学金」ローンの問題といった少子化対策、教育を受ける権利を実現するための学費値下げなどが本来、日本の抱える最重要課題であるにもかかわらずである。
    今回の殺害は、次期大統領選挙も見据え「強いアメリカ」を演出する意図もあったとみられるが、アメリカも、そして日本も、イラク戦争がISを生み今に至っていることへの反省もなく、さらに中東地域を武力衝突の悪循環に陥れることは断じて許されない。
                   ◇意見の趣旨◇
 我々は日本政府に対し、第一に、ソレイマニ司令官殺害が戦争を止めるための正当な行為だったとするアメリカの説明を支持せず、超法的殺害として毅然と非難する態度を取るよう求める。第二に、自衛隊の中東派遣は直ちに中止すべきである。第三に、アメリカがさらなる軍隊派遣と攻撃によって武力衝突の危険を高めていることに日本として懸念を示し、問題の平和的な解決を促すことを強く要求するものである。
    2020年1月5日

非核・平和の自治体づくり/平和行進トピックス

   非核の政府を求める石川の会も参加している平和行進石川県実行委員会が5月中旬に県内全自治体を事前訪問した折、白山市から「平和宣言都市」標柱を2本改修したこと、能美市から「非核平和宣言都市」懸垂幕を新たに作成するとの報告がありました。

 白山市が改修した2か所の標柱と能美市の懸垂幕を紹介します。

 

原爆被爆体験画

私たち被爆者は東海・北陸の7県で共に活動をしていますが、今から37年位前(1977年・昭和52年ごろ)被爆体験画を描く運動を行いました。各県の被爆者が描いた絵は、各県持ち回りで、それぞれの県内何カ所かで「被爆者が描いた体験画展」として開催しました。当時、石川県内では金沢・松任・七尾などで開催しました。ここで紹介するのは、県内で実施した機会に集まった数十枚の絵をカラースライドに撮影したものです。
絵の現物は各地を巡回展示を行いましたが、不運にも、近畿地区で火災にあって焼失してしまいました。したがって、パソコンの画像ファイルとしてこの中の絵の大部分は現物はすでに無く、以前カメラで撮影・記録していてよかったと思っています。

1977年7月7日、石川県原爆被災者友の会 中田喜重撮影

【PDF:3.21MB】

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