2014年 11月

非核の政府を求める石川の会は会報「非核・いしかわ」第196号(2014年11月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」「絵手紙」も最新情報を追加しました。

10月31日、中能登町杉本栄蔵町長と非核平和の懇談のため町庁舎を非核石川の会井上英夫代表、尾西洋子常任世話人、神田順一事務局長、川本浩平事務局次長の4人が訪問しました。

杉本栄蔵町長と堀内浩一総務課長は満面の笑みで私たちを迎えて下さいました。

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被爆70年の来年度に「非核平和宣言の町」標柱の建立を約束いただいた杉本栄蔵町長(右)と懇談する井上英夫本会代表世話人

 

おにぎりの里・中能登町

中能登町は2005年4月、旧鳥屋町、鹿島町、鹿西町の3町が合併し誕生しました。

西に眉丈山、東に石動山に挟まれた邑知地溝帯と呼ばれるこの地は、渡来人によって早くから稲作が始まったところであり、遺跡から炭化したおにぎりが出土したのも頷けます。

平和首長会議・県内9番目に加盟

 広島市長が呼びかける「平和首長会議」に昨年6月に加盟されました。

「いきさつは?」の問いに、「断る理由が無かった。良いことは広まったら良い。それだけです」ときっぱりと加盟の動機を話されました。

しかし町民には十分知られていないと苦笑い。

井上代表より「核兵器廃絶などの平和運動をしていますが、自治体などの草の根の運動が重要と思う。平和運動に込める町長さんの想い、根本にあるものを」又「平和首長会議に加盟された町長さんの平和への理念や平和施策」などを尋ねました。

 杉本町長は「原爆の悲惨なことは他人ごとではない。核兵器廃絶は当然のことです」と語り、毎年実施している原爆のパネル展や8月6日に町内の小中学校が行っている『原爆のことを学び平和を願う集会』のこと、中学生の広島市への『修学旅行』のこと、又職員も8月6日9日の原爆投下時刻には黙祷を捧げていることを話されました。

 杉本町長自身も広島と長崎の原爆資料館を見学し、平和の想いは「当たり前以上」と熱く語られました。

核兵器廃絶・国民平和大行進は大歓迎

 毎年の『国民平和大行進』は、職員と一緒に出迎え、挨拶をしていること。これからもペットボトル募金(被爆者援護・連帯募金)など協力して下さることを約束されました。

井上代表は『国民平和大行進』の歓迎と挨拶、平和教育の実施は、私たちの運動に大きな励みになりますと感謝を述べました。

子どもたちは、その時には大きな気づきは無くても、後々になって学んだことの影響を知ることでしょう。能美市の1年かけて15年戦争のこと、原爆投下、被爆のこと、その後修学旅行で実体験するなどしばし平和談議になり、秩父出身の井上代表は「秩父ではそんな教育は無かった。石川は凄いなあ」と感嘆。杉本町長は「私らは子どもの時から原爆や平和の話は聞いてきた」と豪快に笑って話されました。

「非核・平和宣言の町」の標柱を

原爆パネル展は庁舎ロビーで二週間開催。町広報誌で告知。観覧は多いといえないが熱心に観ている。パネルは拝借品。自前のパネルをお勧めする。

来年は『はだしのゲン』の上映会を考えている。

非核平和の標柱を提案したら即座に「おう、建てりゃ良い。来年建てることにしよう」と約束を頂きました。標柱の脇に記念植樹するので、そのときは参加するよう招待を受けました。

来年6月、「国民平和大行進」の歓迎集会は「非核・平和宣言の町」塔の前で行うことになるかも・・・・。

井上代表は、来年4月国連の核拡散防止条約(NPT)再検討会議があることを話し、前回2010年も参加したが、世界の人たちは日本の運動に驚きを感じており、国際的に大きな影響を与えていること、藩基文国連事務総長も核軍縮でなく、核廃絶を明確に主張されていることを紹介。

そして子どもたちの平和教育は国際的な視野で行うことの重要性を話されました。

 その後石動山のこと、中能登町が計画している下水道の汚泥処理とバイオ発電のことなど話は尽きることなく続き約束の時間をオーバーして懇談を終えました。

 

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