2015年 6月

 今年の「平和事業に関する自治体アンケート結果」で特筆されるのは、中能登町が被爆70年祈念事業として県木アテを使った宣言塔「非核・平和宣言の町」を新設することと白山市が平和首長会議に加盟し、長崎原爆資料館から被災資料を借りて「長崎 戦争・原爆被災展」を開催することです。

 筆者は2年前に原水爆禁止国民平和大行進の〝県内通し行進〟を体験しました。今年も「平和事業アンケート結果」を各自治体総務課長等に直接手渡すことも含めて、6月7日輪島市役所から24日加賀市役所~福井県境・吉崎までの平和行進にほゞ毎日参加しました。

 中能登町の到着歓迎集会では、杉本栄蔵町長から激励挨拶とともに行進団が到着した日に非核宣言塔が設置され、町長、議長とともに行進団責任者がハナミズキの記念植樹の鍬入れを行いました。また白山市の出発集会では、「長崎 戦争・原爆被災展」の案内チラシも提供いただきました。

 このような平和行進の参加報告を毎日HP(http://hikakuishikawa.com/)に投稿したことにより、各自治体の対応や県内行進の様子がリアルにわかるとHPへのアクセス件数が急増し、会の存在と活動を大きくアピールできました。(か)

(注)本稿は非核石川の会会報「非核・いしかわ」204号(2015年7月20日付)のコラム「花鳥風月」の原稿です。

 6月24日(水)、福井県境・吉崎御坊で行われた福井県行進団への引き継ぎ式を報道した福井新聞を紹介します。通し行進の西田さんはじめ福井県の行進参加者のご健闘を祈ります。

2015.6.25 hukuisinnbunn

2015.6.24  平和行進 非核の会・旗

非核の政府を求める石川の会・団体旗を掲げて行進参加

   非核の政府を求める石川の会・団体旗は会員の画家、相沢まりこさんが作成された。この団体旗を掲げて、事務局次長の川本浩平さんは県内の平和行進の初日(富山県からの引継ぎ)と最終日(福井県への引継ぎ)には毎年欠かさず参加している。今年は手作りの小旗「沖縄に新基地はいらない」を付けて行進に参加した。

 6月24日(水)午前9時、加賀市役所に集合した行進参加者は24人、総務課長はじめ市職員は6人が参加。集会前に非核石川の会が作成した「2015年度平和事業に関する自治体アンケート集約結果」を総務課職員に手渡す。これで県内すべての自治体にアンケート結果を届けることができた。各自治体での有効活用を期待したい。

 出発歓迎集会では宮元陸加賀市長のメッセージ(総務課長が代読)、行進ペナント、アピール署名簿、被爆者救援・連帯募金(ペットボトル9本)を受け取り、通し行進の西田重好さんが県内では最後の挨拶と「平和の暦」を歌った。石川県内では「平和の暦」を18回歌ったそうで行進参加者は手拍子をとり、一緒に歌った。 

2015.6.24 平和行進 健康友の会・送迎車

県内コース後半に大活躍した寺井病院・南加賀健康友の会の送迎車

 県内コースの後半に大活躍したのは寺井病院・加賀健康友の会の送迎車である。平和行進の一日の流れは、スタート地点に車を置いて40分程歩き、途中休憩、さらにゴール地点まで30分程歩くコースである。ゴール地点からスタート地点に戻る手段がない場合、宣伝カーで2往復することも何回かあった。今回のように送迎車(8人乗り)が伴走すれば安心して行進に参加することができる。平和行進の常連メンバーからも同様な要望が出されている。来年度以降も全日程で送迎車の伴走が組めるよう実行委員会で検討していただきたい。

 

2015.6.24  平和行進 おやつ

最終日の差し入れは水羊羹でした

 

  最終日は長距離のため、休憩を2回とった。最初の休憩時に「後方支援者」末友雅子さんがふるまったのは水羊羹であり、2回目の休憩時には内藤晴一郎団長から「サクランボ」の差し入れがあった。連日、多彩な差し入れを用意していただいたおかげで、行進参加が一層楽しくなった。

 

 

 

 

 

 

2015.6.24  平和行進 あわら市議会議長

引き継ぎ式で激励挨拶する笹原幸信あわら市議会議長

  午前11時半、福井県境の吉崎御坊に石川県行進団と反核・平和マラソンのメンバーが到着し、引き継ぎ式が行われた。石川県参加者は約30人、福井県からの参加者は約60人である。

 引き継ぎ式での笹原幸信あわら市議会議長の激励挨拶を紹介する。

 「私の父は広島での原爆被災者で昨年5月に亡くなりました。被爆者手帳には爆心地より1・7キロで被爆と書かれていました。被災現場では身体は焼けただれ、人の影が石に写っていたなどあまりに悲惨な光景だったのでしょう。父は多くは語りませんでした。この平和行進は8月4日に広島に到着すると聞いていますが、私も福井県代表として8月6日、広島での平和祈念式典に参加します。いま世界中で戦争状態がたくさん起きていますが、人が人を殺すようなことは絶対にしてはいけない。平和な世界が一番よいのです。皆さん手をつないで戦争のない世界、戦争のない国をつくりあげていきましょう」

 

2015.6.24  平和行進 引き継ぎ式①

石川県内の平和行進につき報告する内藤晴一郎団長(写真中央)

2015.6.24  平和行進 引き継ぎ式②

福井県行進団に挨拶する通し行進の西田さん(右から2人目)

<通し行進者 西田重好さんのメッセージ>

   平和の暦 金沢から日本各地へ

 私は毎朝、シティホテル金沢の朝食を食べながら、高校生が自転車でやってきて学校に向かって消え去る姿を見送っていた。

 さて、12日間の石川県とのお別れの日がいよいよ明日やってくる。

 一番印象に残っているのは、金沢市卯辰山の「平和の子ら像」の前で、“憲法と共に生まれ、憲法と育った人”、68歳の泉さんが「この憲法を守りぬく」とおっしゃった。私は思わずこの笠木透さんの「平和の暦」はあなたのうたです。一緒にこのうたをうたって憲法九条を守り、このうたが日本中でうたわれたら「戦争法案はほろびると思っています」と言った。

 ♪♪ 九条に生きた68年 これからもまた68年 ♪♪

  ♪♪  私たちの平和の暦 何がなくてもこれさえあれば ♪♪ 

 そして、15日中央公園で、出前うたごえサークル指導のもと初めて200人の人々と「平和の暦」のうたごえが響いた。

 亡き笠木さんがもっと日本中でうたえうたえと言っているだろう。中央公園でうたわれた「平和の暦」が日本中をかけめぐる時、きっと戦争法案は葬り去られるだろう。幸せな平和公園の夜だった。

 

2015.6.23  平和行進 野村かよ子さん

県内通し行進者の野村かよ子さん

   6月23日(火)午前10時、加賀温泉駅に集合したのは地元住民の外、平和行進の常連メンバーと寺井病院から随行用のワゴン車の応援を得て14人だった。出発集会では「富山ー広島コース」通し行進の西田重好さん、県内通し行進の野村かよ子さんから挨拶があった。野村さんは羽咋市在住のため、毎朝の行進出発時に参加できないことが多かったが、今日は何とか間に合った。

2015.6.23 平和行進 加賀温泉駅にて

加賀温泉駅から出発しました

  前半のコースは加賀温泉駅前からイオン加賀の里店までの約40分。加賀温泉駅から国道8号線につなぐ往来であり、歩行者は少なく行きかう車の運転手さんらに「平和行進でーす」「広島まで歩きまーす」と大きな声で挨拶しながらの行進だった。今日の休憩時の差し入れは、平和行進の「後方支援者」末友雅子さんからの杏仁豆腐だった。強い日差しのもとでの行進には最適のおやつだった。明日の最終日は何が出てくるか・・・楽しみである。 

2015.6.23 平和行進 杏仁豆腐

今日の差し入れは杏仁豆腐

 

2015.6.23 平和行進 国際青年リレー行進

国際青年リレー行進のたすきを付けて行進

   今年の平和行進では、主要11幹線コースに「国際青年リレー行進」「国民平和大行進   PEACE  MARCH」のたすきリレーが行われている。このたすきリレーは2年前の(東京ー広島コース)に海外から初めて平和行進に参加したマラヤ・ファブロスさん(非核フィリッピン連合)が提案したもので、今年から海外から参加した青年がいないコースでも2本ずつリレーすることにしている。この黄色地の鮮やかなたすきは、毎日若者たち(かっての若者にも)に渡して、横断幕の先頭に立つようお願いしているが、断る人は一人もいない。「国際青年リレー行進」のたすきリレーは今後も継続し、本数も増やしたほうが行進参加者や沿道の人たちにもアピールできると思う。

2015.6.23 平和行進 加賀市役所へ

ゴール地点の加賀市役所に近づく行進団

 

2015.6.16 平和行進 団体旗①

富山から広島に運ぶリレー旗

<余録>加賀温泉駅に予定より早く着いたたため、県労連のコバさんが宣伝カーに載せてあるのぼり旗を整理したところ、全日本年金者組合のリレー旗がないことに気付いた。明日24日、福井県行進団に引き継ぐ大事なリレー旗である。昨日小松市内の行進で使っており、ゴール地点の今江町・Aコープに置き忘れたか、小松の参加者が間違って持ち帰ったか、のいずれかである。内藤団長が小松の責任者に連絡したところ、案の定、間違って持ち帰った人があったたため、24日の行進に参加する加賀市の新後由紀子市議宅に届けたとの返事だった。ヤレヤレである。行進後の後始末は大事ですね。いよいよ明日は県内行進の最終日、通し行進の西田さんと青年のたすき、団体リレー旗を無事に福井県行進団に託したい。

2015.6.16 平和行進 団体旗②

リレー旗につけてあるメッセージ

 

2015.6.13 平和行進 西田重好さん

6月13日、富山県境の引継ぎ式で「平和の暦」をうたう西田さん

 6月22日(月)は一日休息日です。午前10時から通し行進の西田重好さんには非核石川の会会報「非核・いしかわ」203号の発送作業を手伝っていただき、その後、原水協の内藤事務局長の道案内で市内観光へ。

 連日、平和行進の先頭に立ち活躍されている西田さんが6月13日、津幡町役場の到着歓迎集会で行った挨拶を紹介します。

 私は今年3月に大津市役所を定年退職し、念願だった平和行進・富山ー広島コースの通し行進を行っています。私たちは憲法を守ることを宣誓して自治体職員になったわけですが、今の政治状況では憲法が危ない、特に9条が危ない、と心配しています。先の大戦から日本は戦争放棄、戦争をしないという憲法9条を設けました。ところが、いま安倍政権が国会で強行採決しようとしている戦争推進法案は、衆議院憲法審査会の参考人質疑でも与党推薦の憲法学者も含めて全員が憲法9条違反、と発言するなど重大な問題があります。

 私は平和行進の60日間を通じて「憲法を守ろう!」と訴えながら、昨年暮れに亡くなられた笠木透さんが作った「平和の暦」の歌をひろめていきたいと思います。暦というのは毎年同じように繰りかえし手にするもので、憲法も変わることなく守っていきましょう。 

 

平和の暦

詩:笠木 透

曲:尾崎ツトム

 

名もない人びとよ うたえうたえうたえ

私たちは  ピース・オールマナック・シンガーズ

 

生まれてから 67年 戦争をせずに 67年

私たちの 平和の暦 積み重ねて ここまできた

 

うたの苦手な人びとよ うたえうたえうたえ

私たちは  ピース・オールマナック・シンガーズ

 

戦争を放棄して  67年  理想を掲げて  67年

私たちの平和の暦 みんなの力で ここまできた

 

バラバラで一緒に  うたえうたえうたえ

私たちは  ピース・オールマナック・シンガーズ

 

九条と生きた  67年  これからもまた 67年

私たちの平和の暦 何がなくても これさえあれば

 

うまずたゆまずあきらめず  うたえうたえうたえ

私たちは ピース・オールマナック・シンガーズ

 

名もない人びとよ うたえうたえうたえ

私たちは  ピース・オールマナック・シンガーズ

 

うたの苦手な人びとよ うたえうたえうたえ

私たちは ピース・オールマナック・シンガーズ

 

バラバラで一緒に  うたえうたえうたえ

私たちは  ピース・オールマナック・シンガーズ

 

うまずたゆまずあきらめず うたえうたえうたえ

私たちは  ピース・オールマナック・シンガーズ

 

<「平和の暦」CDの解説より>

 オールマナックとは暦のこと。人びとが、人間らしく生きて行くための、暦のような、心の指針になりたいと、ピート・シーガーさんたちが結成した、アメリカの最初のフォークグループ。1941年の頃、あの戦争中だった。彼らは反戦をうたい労働者をうたい、弱い者たちをうたった。ピート・シーガーさんが亡くなったいま、彼らへの思慕と尊敬をこめて、私たちは、ビース・オールマナック・シンガーズを結成した。と言っても、特別なメンパーがいるワケではありません。戦争になれば死んでいく、弱い立場の、名も無い人びとなど全ての人びとがメンバーです。この歌、来年は、68年とうたえますように。 再来年は69年とうたえますように。年が変われば、その年に歌詞が変わるという歌です。 (K)

2015.6.21 平和行進 小松市懸垂幕

小松市の行進時期に掲出される特大の懸垂幕

  6月21日(日)午前10時、小松市役所駐車場に集合したのは地元住民と寺井病院、小松みなみ診療所、南加賀健康友の会からの参加者30人である。出発集会には日曜閉庁のため市職員の参加はなく、地元の橋本米子市会議員から和田慎司小松市長メッセージの披露、市職員のアピール署名簿、被爆者救援・連帯募金が紹介された。平和行進小松市実行委員会を代表して牧野逸子さん(85歳)から「再び戦前に逆戻りするような風潮があるが、戦争がなくならないと核兵器廃絶もできない。この二つをつなげて運動を続けていきましょう」と挨拶があった。牧野さんは長年、実行委員長を務めており、小松市内の平和行進の燭光のような方である。 

2015.6.21  平和行進 牧野逸子さん

出発集会で挨拶される実行委員長の牧野逸子さん

 

2015.6.21 平和行進 氷室饅頭

小松市実行委員会の差し入れは定番の「氷室饅頭」

   行進コースは小松市役所から龍助町、本折町など北国街道沿いに1時間程歩き、上本折町の多太神社で休憩となった。休憩時に小松市実行委員会から差し入れがあった氷室饅頭は行進途中のお店に予約されたもので、作り立てでほっかほっかだった。行進参加者は30人で、用意された30個はたちまち完食となった。

2015.6.21 平和行進 多太神社で休憩

氷室饅頭を食べてほっとひと息

2015.6.21 平和行進 多太神社で記念撮影

休憩地点の上本折町の多太神社にて

 後半は今江町のAコープまでの30分位で小松市実行委員会が用意した「9条壊すな!」うちわ、「ピースうちわ」を沿道の人たちに配りながら行進した。以前は小さな折鶴を配ったこともあり、行進参加者の想いが伝わることを願いたい。 

<余録>小松市役所から出発してしばらく歩いた後、デジカメのシャターを押すと「メモリーが足りません」の表示があり、撮影できなくなった。今朝SDカードをフォーマットしたはずで原因はわからない。このままでは今日の行進参加報告をHPに投稿できなくなる、と焦った。行進沿いにSDカードを売っているお店がないか、小松市の行進参加者何人にも尋ねてようやくカメラ店を見つけることができた。お店の方に相談してわかったのはSDカードを挿入しておらず、デジカメの内臓メモリーのデータが一杯になったためである。急いでSDカードを買って行進に追いつくことができた。昨日までのような田園地帯であればカメラ店もなく、今日の行進写真は撮れなかったと思う。これで県内行進の毎日参加、HPの毎日投稿がなんとかつながった。明日は休息日で、県内行進は23日、24日の残り2日間となった。

 

 非核の政府を求める石川の会は会報「非核・いしかわ」第203号(2015年6月20日付)を発行しました。サイドメニューの会報「非核・いしかわ」、「絵手紙」も最新情報を追加しました。

●「非核・いしかわ」紹介をクリックすると、会報をA4版にリニューアルした第150号からバックナンバーを閲覧できます。

●「絵手紙」をクリックすると、第159号から掲載している金沢医療生活協同組合絵手紙班の作品もすべて閲覧できます。

  

2015.6.20 平和行進 さくらんぼ

今日の差し入れは「サクランボ」

  昨日ゴールした寺井病院では歓迎集会を盛大に開いていただいたが、今日は土曜日でゴール地点の小松市役所は閉庁のため歓迎集会はない。駅伝に例えれば<つなぎのコース>である。

  6月20日(土)午前10時、寺井病院から出発したときは元院長や病院事務長と小学生の娘さんなど10数人の参加があったが、途中で1人減り、2人減り・・・と最終的には8人になった。県内の行進では最少人数である。県内すべての自治体を網の目のように歩き、国民平和大行進のバナーを運ぶ行進団が一躍元気が出たのは休憩時である。

 今日は内藤さんが差し入れた「サクランボ」が好評だった。しかも少人数のため一人当たりが手にするサクランボの個数が多かったためか、「参加者が少なくてよかった??」とか、「今度は差し入れもある」と声掛けしようなどの声が聞こえた。

2015.6.20 平和行進 最少人数か

少数精鋭で「国民平和大行進」のバナーを運ぶ

2015.6.20 平和行進 寺井病院にて

今日は被写体が少ないため、通し行進の西田さんとともに

 

2015.6.20 平和行進 小松市懸垂幕

小松市の懸垂幕の前で

  小松市役所に到着したのは2時間後の12時だった。市役所前には大きな懸垂幕「非核平和宣言都市・こまつ」が掲出されていた。この懸垂幕は毎年、平和行進が市内を通る時期に合わせて掲出されている。今年は6月15日から23日まで。行進団の到着を地元の橋本米子市会議員に出迎えていただき、懸垂幕の前で記念撮影した。明日は午前9時半から小松市役所玄関前で出発集会を開き、市内中心部の本折町から今江町まで歩くコースである。

2015.6.20 平和行進 小松市京町にて

小松市役所の近くで見かけた「道路標識」

  

2015.6.19 平和行進 能美市役所①

能美市役所玄関にて出発集会を行う

  6月19日(金)午前10時、能美市役所辰口庁舎での出発集会に参加したのは地元住民と寺井病院職員や南加賀健康友の会の約30人です。能美市からは総務課長はじめ40人以上の市職員が整列して出迎えていただく。出発集会では酒井貞次郎能美市長のメッセージ披露(総務課長が代読)、行進ペナント、アピール署名簿、被爆者救援・連帯募金を受け取る。行進団からは通し行進の西田重好さんが富山から広島まで60日間歩き続ける決意を述べ、十八番の笠木透の「平和の暦」を熱唱した。「戦争立法を廃案に!」「憲法九条を守ろう!」の想いを自治体職員とともに。

2015.6.19 平和行進 能美市役所②

午前10時からの出発集会には40人以上の市職員の参加があった

 

2015.6.19 平和行進 能美市にて②

能美市内の行進は雨が降りやみませんでした

   今日の行進は能美市の豊かな田園風景を楽しみながらのコースであったが、県内の行進では初めて本降りとなり、雨の行進となった。途中休憩した久常児童館では2人組になって周辺住宅を訪問したが、留守宅が多くアピール署名への協力は18筆だった。昨日同様に休憩時にはたくさんの菓子類の差し入れが・・・。

2015.6.19 平和行進 差し入れ

今日もたくさんのお菓子類の差し入れがありました

 

2015.6.19 平和行進 寺井病院①

昼休みに歓迎集会を開いていただいた寺井病院の皆さん

  ゴール地点の寺井病院には予定通り午後1時に到着した。昼休みの歓迎集会には「私たちは戦争しない」等の特大のプラカードや「九条壊すな!うちわ」を持って病院職員や健康友の会の皆さん70人程の参加があった。集会では中内義幸副院長から激励挨拶の後、「花は咲く」を行進団も一緒に大合唱した。今日は終日雨の行進であったが、終わりよければすべて良しである。明日の行進は寺井病院から小松市役所まで、県内行進も残り少なくなった。

2015.6.19 平和行進 寺井病院②

通し行進の西田重好さんを囲んで記念撮影

 

2015.6.18  平和行進 白山市役所から出発

白山市役所から行進をスタート

  6日目の行進参加者は18人。白山市役所前で開いた出発集会では今年3月に定年退職した2人の方が、今日が「平和行進デビューです」と自己紹介されていた。平日昼間の平和行進にようやく参加できる喜びを素直に表現されたものと思う。今後も平和行進への継続した参加を期待したい。

 午前の行程は、9時半に白山市役所を出発して県道174号線を歩き、石川県最大の河川・手取川の辰口橋を渡り、深草甚四郎の慰霊碑前で休憩し、川北町役場に到着したのは2時間後であった。今日の行進の醍醐味は手取川を歩いて渡ることであり、平和行進ならではのコースである。

2015.6.18  平和行進 辰口橋にて

手取川の辰口橋を渡る行進団

 

2015.6.18 平和行進 休憩地点

白玉ぜんざいをふるまう末友さん

  休憩所ではよく冷えた白玉ぜんざいがふるまわれた。用意したのは2年前に県内通し行進を経験した末友雅子さん。行進参加者の体調管理には水分補給とともに甘味類は必須と、昨年から「後方支援」として協力いただいている。このような「後方支援」は大歓迎である。

 

 

 

 

 

 

2015.6.18  平和行進 川北町にて

川北町役場の応接室で副町長から激励挨拶があり、しばし懇談

   川北町役場では例年同様に応接室にて副町長さんの激励挨拶があり、行進団との懇談の機会を設けていただいた。参加者からは2年前に土砂降りのなかを行進してきた一行を今日と同じように応接室に通して懇談いただいたことへの感謝を何人も述べていたことが印象的だった。  

2015.6.18  平和行進 能美市役所にて

国際青年リレー行進のタスキやプラカードを持って行進

   午後からの行進には寺井病院や老健施設手取の里の職員のみなさんの応援を得て、川北町役場から能美市役所まで約1時間の行程であった。能美市に入ってから一時天候が崩れたが、なんとか持ちこたえた。市役所前で到着集会を開き、平和行進に参加した感想をそれぞれ話していただいた。国際青年リレー行進のタスキをかけた女性は安倍内閣による憲法破壊・戦争法案に抗議するため、6月14日東京・渋谷で開かれた「若者憲法集会」の感想を語り、参加者から大きな拍手があった。行進参加の人数にもよるが、流れ解散ではなく、到着集会での一口感想もいいですね。

 

 

 

 

 

 

2015.6.18 平和行進 西田さん激励会

通し行進者の西田さん(左から4人目)の激励会にて

  県内コースの折り返し点にあたり、夕刻から金沢駅近くの居酒屋で、通し行進者の西田重好さんの激励会を開いた。歓談後のみなさんの表情でこの日の雰囲気がわかりますね。

2015.6.17 被爆アオギリの碑文


今年4月に大乗寺丘陵公園に植樹した被爆アオギリ二世の碑文

   富山ー広島コースの行進7日目は、野々市市役所から白山市役所まで。集合場所の野々市市役所に行く途中に今年4月11日に石川県原爆被災者友の会が広島市から取り寄せて大乗寺丘陵公園に植樹した「被爆アオギリ二世」を見てきた。植樹したときはわずか25cm程の苗木だったが、2か月経って50cm位に成長していた。アオギリの成長は早いと聞いていたが、想像以上に大きく育っていたことに安堵した。卯辰山玉兎ケ丘にある原爆犠牲者追悼碑「平和の子ら像」前で、反核平和を求める市民団体が毎年夏に「ピース・ディ」を開いているが、大乗寺丘陵公園の被爆アオギリの前でも平和のイベントが企画できればと願っている。 

2015.6.17 被爆アオギリ

植樹後2か月で大きく育った被爆アオギリ二世

 

2015.6.17  野々市市役所にて

野々市市役所前で出発集会を開く

  午前9時半からの野々市市役所前の出発集会には、地元住民を中心に20数人、野々市市からは粟貴章市長はじめ、金村哲夫副議長、総務課職員など10人の参加があった。

 例年同様に粟市長から激励のメッセージ披露があり、また早川彰一市議会議長のメッセージを副議長が代読した後、市長と議長の行進ペナント、アピール署名簿、被爆者援護・救援募金を行進団が受け取った。署名簿が入った封筒には市長メッセージとともに署名人数と募金額の記載文書も同封されていた。丁寧な対応に感謝します。

 

 

 

2015.6.17 野々市市長の挨拶

毎年の出発集会にて激励挨拶される粟貴章野々市市長

 <粟 貴章野々市市長の激励メッセージ> 

 世界平和と核兵器廃絶を呼びかけられ、全人類の平和のために日々活動を続けておられる皆様に、深く教意を表します。

 世界で初めて、そして唯一の原爆が広島と長崎へ投下されてから70年を迎え、核兵器の廃絶を望む声が、ますます強くなっています。

 野々市市では、昭和59年3月に「平和都市宣言」を決議しており、毎年、市内の中学生を広島市の平和記念式典へ派遣し、原爆パネル展を開催するなど、核兵器の恐ろしさや平和の尊さを後世へと伝える取組みを行っております。

 核兵器の廃絶を求める署名と募金につきましても、今年も、多くの方にご協力をいただきました。私たちが訴える平和への思いが、世界のあらゆる国や地域に届くことを願ってやみません。

 皆様には、これからも、恒久平和の実現のため、さらに邁進されますことを切望いたしますとともに、今後一層のご活躍とご健勝を心からお祈りいたします。 

平成27年6月17日

原水爆禁上石川県協議会 様

野々市市長  粟 貴章 

 

2015.6.17  通し行進者 西田さん

野々市市で定番の「平和の暦」を唄う通し行進の西田さん

  行進の中間点・若宮公園で休憩したときに行進参加者の半数が入れ替わった。白山市の住民が若宮公園に待機しており、野々市から行進された上荒屋クリニック等の職員さんと交代した模様。

 白山市では今年夏に平和首長会議に加盟する機会に長崎原爆資料館から被災資料をお借りして「長崎 戦争・原爆被災展」を計画している。白山市役所での到着歓迎集会では総務課長から山田憲昭市長のメッセージ披露、行進ペナント、アピール署名簿、被爆者救援・連帯募金とともに被災展の案内チラシを提供いただいた。 

2015.6.17 長崎 戦争・原爆被災展

 

2015.6.17  白山市の宣言塔

白山市の宣言塔「平和宣言都市」及び「文化創生都市」

2015.6.17  白山市役所にて

白山市での到着歓迎集会でも総務課長らの前で「平和の暦」を披露する西田さん(右)

2015.6.16 有松交差点

愛用のギターを弾きながら「平和の暦」を唄う西田重好さん

   6月16日(火)朝9時半、金沢市有松交差点近くにある貴船神社に集合したのは23人。通し行進者の西田重好さんが愛用のギターを弾きながら定番の笠木透の「平和の暦」を披露した。(富山ー広島コース)の通し行進者でギターを抱えて参加した人は今回初めてである。今後の行進が楽しみである。

 行進コースは、有松交差点を南下し50分程歩き、休憩地点の高尾台2丁目交差点にて2,3人組になってアピール署名活動を行った。交差点付近で署名活動を行っていた方は自転車の青年や主婦らに気軽に声掛けしていた姿が印象的だった。20分程の間にアピール署名は25筆、運動募金が1,150円集まった。 

2015.6.16 高尾台2丁目交差点

自転車の青年にもアピール署名を呼びかける

2015.6.16高尾台2丁目交差点②

「戦争する国にしない」「平和憲法を守ろう」のバナーを作って参加した若者たち

 

2015.6.16 野々市市に入る

平和行進は野々市市に入る

 

 

2015.6.16 野々市市宣言塔

野々市市の宣言塔「平和都市宣言のまち」

   平和行進は出発から2時間後の午前11時45分、野々市市役所に到着した。野々市市長による歓迎挨拶は明日9時半からの出発集会に予定されるため、到着時点で流れ解散になった。その後、野々市市の宣言塔「平和都市宣言のまち」の撮影や通し行進者の西田さんと一緒に総務課を訪問し、非核石川の会が作成した「2015年度平和事業に関する自治体アンケート集約結果」を手渡してきた。

2015.6.15 森本駅前②

森本駅前で出発集会を開いて行進開始

2015.6.15 森本駅前①

地元の参加者から平和行進実行委員会にカンパをいただく

 6月15日(月)森本駅前に集合したのは地元の80代の高齢者を含めて21人。10時半から出発集会を開いて行進を開始した。午前の行進コースは、森本駅前から東金沢駅前を経て城北クリニックまでである。昨日同様に行政庁舎への訪問はなく、駅伝に例えれば<つなぎのコース>である。前半は交通量の激しい159号線を避け、参勤交代で使われた北国街道沿いを歩いた。これで3日連続、加賀藩の大名一向が利用した由緒ある北国街道を、国連が承認したNGO(非政府組織)の構成団体である石川県原水協が平和行進するというめぐり合わせが参加者のなかで話題になっていた。

2015.6.15 城北クリニックにて

「私たちは戦争しない」等のプラカードを掲げて行進参加

 

2015.6.15 城北クリニックにて②

城北病院の斉藤典才副院長が「安倍政権の戦争法案を阻止するため、大いに声を上げていこうと」歓迎の挨拶

   午前の到着場所は城北クリニックである。昼休み時間の歓迎集会には続々と参加者が増え、100人を超えていた。

 歓迎集会では城北病院の斉藤典才副院長の挨拶、通し行進者の西田さん、野村さんの決意表明に次いで、NPT再検討会議への要請行動に参加した中内晃子さん(薬剤師)の報告もあり、中身の濃い集会になった。

 

 

2015.6.15 中央公園にて②

夕方の出発集会で「憲法を守り抜こう」と力強く訴えた西田重好さん

 

   県内の平和行進では最多の人数が集まる出発集会が午後6時からいしかわ四高記念公園で行われ、参加者は230人だった。集会前の出前うたごえでは通し行進者の西田さんも参加し、笠木透の「平和の暦」の歌詞カードも用意し練習も行われた。西田さんは毎年、毎月変わらぬ暦のように憲法を大事に守り抜こうと決意表明の後、(富山ー広島コース)の60日間で大いに広めたいとこの出発集会でも「平和の暦」を高らかに唄われた。

 集会で披露された山野之義金沢市長のメッセ―ジは金沢市職員の参加がなく、実行委員会メンバーが代読した。例年同様の対応という。平和行進は市民と自治体が平和を推進するために対話する機会であり、中能登町や野々市市のように首長自らが出発集会や歓迎集会で挨拶いただくところもあり、大半の自治体では副町長や総務課長等が代読されている。引き続き金沢市の対応の改善を要請していきたい。

2015.6.15 中央公園にて

毎年、創意あるデコレーションを作って参加するなんぶやすらぎホームの皆さん

2015.6.15  香林坊にてアピール行進

金沢市の中心街・香林坊にて

 

 

2015.6.14  北森本通り 3

松並木路を行進する一行

  石川県内の平和行進(富山―広島コース)2日目午前のコースは、津幡駅を出発して北国街道(旧北陸道)沿いを歩き、森本駅までの約2時間だった。行進参加者は地元住民と平和行進実行委員会の事務局メンバーの13人。行政庁舎の訪問も組み込まれていない、駅伝に例えれば<つなぎのコース>である。

 途中休憩した花園小学校の近くには台湾のダム設計で有名な八田興一の生家があり、「興一の道」と名付けられた街道や参勤交代の時に利用した「松並木路」など歴史のある町並みを楽しみながらの行進だった。

2015.6.14 北森本 松並木通り

2015.6.14 松並木通り

 

平和の子ら像

1989年8月に国、石川県、金沢市の助成と県内の自治体、被爆者、遺族、平和を願う多くの県民の基金により建立された「平和の子ら像」

   午後2時から卯辰山の平和の子ら像前で国民平和大行進の平和集会が行われました。最初に「青い空は」をみんなで歌い、小学生3人参加もあり、25人にそれぞれ平和への想いを話してもらいました。大阪から参加された阿部さんは「私は生まれつき視覚に障害がありますが、戦争も核兵器もは新たな障害者をつくる。二度と戦争をしてはならない」と話されたのが印象的でした。テレビで知って参加した人や、チラシを見て初めて参加した人、NPT要請行動に参加した人などが次々話されていい集会になりました。記念写真を撮り、金沢市役所まで元気に行進しました。

2015.6.14 記念写真

平和の子ら像前で記念撮影

 6月13日(土)午前11時半、富山県境の九折(つづらおり)で、2015年度原水爆禁止国民平和大行進(富山―広島コース)の引き継ぎ式が行われた。小矢部市役所を出発し、倶利伽羅トンネルを通ってきた富山行進団は反核・平和マラソンのメンバーを含めて約50人、出迎えた石川行進団は出前うたごえサークルや反核・平和マラソンのメンバーを含めて約70人の参加があった。引き継ぎ式では今年初めて出前うたごえの応援があり、平和行進のテーマソング「青い空は」を富山・石川合同で力強く合唱した。

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全国通し行進者の西田重好さん

 (富山―広島コース)の通し行進者は今年3月に大津市役所を定年退職した西田重好さん。地元では合唱団員として活躍されている方で引き継ぎ式や津幡町役場での到着集会では、昨年亡くなられた笠木透さんの最後のCD「平和の暦」を朗々と謳いあげられた。

   今日の行進コースは富山県境から越中坂の光現寺で昼食・休憩、午後からは県道215号線沿いに歩き、途中から旧北国街道だった竹橋通りを行進し、倶利伽羅・道の駅にて休憩、中津幡駅を経て津幡町役場までの約9kmである。昨日までの(能登コース)の行進距離は2km前後であり、後半はかなりバテ気味だった。 

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富山県境から津幡町役場まで9km歩き通した3人の兄弟

 

ペットボトル募金

被爆者援護・救援募金(ペットボトル募金)は例年同様にたくさん集めていただいた

   午後4時過ぎに到着した津幡町役場では土曜日閉庁にもかかわらず、総務課長はじめ9人の職員に出迎えていただいた。到着集会では矢田富郎津幡町長のメッセージ披露(総務課長が代読)、アピール署名簿、矢田町長の行進ペナントの外、被爆者援護・救援募金用のペットボトルが12本も集められていたことに感激した。

 

 

 

 

 

津幡町宣言塔

津幡町役場駐車場にある標柱「平和都市宣言の町」

  <矢田富郎津幡町長のメッセージ>

 2015年原水爆禁止国民平和大行進に参加の皆さん、本日は富山県から行進を引継ぎ、県境から9kmの平和大行進お疲れ様でした。

 この平和大行進は、6月4日富山県朝日町を出発し、広島市まで約700㎞のコースのほか全国各地で繰り広げられているとお聞きしております。

 昨年、町長として核兵器禁止のアピール署名に賛同し、署名をいたしました。また、毎年8月「原爆と人間展」を開催し、世界平和の実現を願っているところであります。

 「核兵器のない世界」「平和への思い」をこの大行進により、引き継ぎ、届けていただきますよう期待し、原水爆禁止世界大会と国民平和大行進のご成功を心よりお祈り申し上げます。

 平成27年6月13日

 津幡町長 矢田富郎

2015.6.12 内灘町役場にて

行進前の出発集会ではうたごえを披露

  6月12日(金)午後6時、内灘町役場前での出発集会では、地元のうたごえ愛好家や「出前うたごえ」メンバーによる合唱があった。内灘町の平和行進ではうたごえは毎年恒例になっており、今年は野田淳子作曲「大好きな町(内灘町)」、平和行進のテーマソング「青い空は」、内灘闘争で歌われた「内灘かぞえ唄」が披露された。

2015.6.12  内灘町役場職員

副町長、総務課長など30人近くの職員に出迎えていただいた

   

 

 

  出発集会には内灘町役場からは副町長、総務課長など30人近くの参加があり、川口克則内灘町長の激励挨拶(副町長が代読)、アピール署名簿、被爆者救済・連帯募金、川口町長名の行進ペナントを受け取って行進団はスタートした。 行進参加者は36人。行進コースは内灘町役場から金沢医科大学前の大通りを歩き、途中で住宅街を練り歩くようにして40分くらいで元の役場前に到着した。平和行進は大通りよりも歩行者に出会う機会の多い住宅街、町並みを通るほうが歩きがいがある。

 内灘町に非核平和宣言塔が2本設置されているのは、新旧役場の双方に建立されたからであろう。旧役場前の宣言塔はだいぶ年季が入っていた。

2015.6.12  内灘町 非核平和宣言塔

内灘町役場前にある宣言塔「非核平和都市宣言の町」

内灘町 非核平和宣言塔(旧役場前)

旧役場前にある非核平和宣言塔

<川口克則内灘町長の国民平和大行進激励挨拶>

 皆様、本日は、大変ご苦労様でございます。

 今年も「国民平和大行進」が、全国で繰り広げられることは、大変意義深く、また、ここ内灘町におきましても、このように大勢の皆様方のご参加により、継統的に行われることに対しましても、深く敬意を表する次第でございます。

 さて、今年も、広島・長崎で開催されます原水爆禁止世界大会は、60周年の記念大会として8月2日から9日にかけて開催されます。

 この大会が、核兵器のない世界を切り開く、歴史的な大会として、大きな成果をおさめてくれるものと、切に願っております。

 本町におきましては、これまで「平和都市宣言」を行い、「平和都市宣言像」の建立、「平和都市を宣言する看板」を設置するなど、平和な都市づくりを推進しております。

 本日の皆様方の行進により、世界の恒久平和「戦争も核兵器もない平和な世界」が実現することを、念願してやまないものであります。

 皆様方におかれましては、今後とも健康に留意され、世界の恒久平和の確立のため邁進されますよう、心からお祈りいたしまして、激励のあいさつといたします。

  平成27年6月12日               内灘町長  川口 克則

 

 

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宝達志水町役場にて挨拶する内藤晴一郎さん

    6月10日、平和行進・能登コース3日目は宝達志水町と羽咋市です。

 宝達志水町での行進は子浦交差点から宝達志水町役場までの15分程、県内での最短コースです。行進参加者は18人でしたが、高齢者が多いためか、先導者はゆっくり歩いてほしいと何度も要望がでていました。

 役場前の出迎え集会には副町長、総務課長はじめ13人もの職員の参加があり、副町長から激励の挨拶のあと、アピール署名と津田達町長名義の行進ペナント、被爆者救援・連帯募金(ペットボトル募金)を受け取りました。 

 

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羽咋市中央公園にて参加者の記念撮影

  羽咋市での行進参加者62人は能登コースでは最多の人数です。羽咋市役所前での集合、出発集会が午後6時からであり、羽咋健康友の会を中心に平和行進実行委員会を開いて行進参加者を増やす努力をしてきたためです。

 出発集会では地元の北川真知子議員の開会宣言、山辺芳宣羽咋市長のメッセージ(総務課長が代読)、内藤晴一郎行進団団長の挨拶、市内のグループホームや住職さん、キリスト教牧師さんから寄せられたメッセージ披露など創意性のある集会になりました。

 行進は羽咋市役所からJR羽咋駅前を通り、羽咋市中央公園までの30分程ですが、歩行者に手渡すために実行委員会が用意した風船やポケットティシュがほとんど減らないくらい歩いている人が少ない町並みでした。

<追記>宝達志水町、羽咋市にも「2015年度平和事業に関する自治体アンケート集約結果」に手渡してきました。両自治体とも平和事業:なし、非核宣言塔:なし、平和首長会議:未加盟です。

 今回のアンケート結果を参照いただき、「非核・平和宣言」を採択している自治体に相応しく、非核・平和施策を実行されることを期待します。

 

 2015年度原水爆禁止国民平和大行進の石川県内の日程及び行進コースを紹介します。

  平和行進 日程・コース

 6月7日、輪島市から開始した「能登コース」は全自治体を訪問するために平和行進石川県実行委員会が独自に行っている行程です。6月13日に富山県境の九折(つづらおり)で富山行進団から横断幕(バナー)を引き継ぎ、24日に福井県境の吉崎で福井行進団に手渡す「富山―広島コース」は全国を縦断する11本の幹線コースです。

 今年の石川県内通し行進者を務めるのは、昭和15年生まれの野村かよ子さん。野村さんは「能登コース」「富山―広島コース」とも参加する心意気です。

2015.6.7 平和行進 野村かよ子さん

6月8日、珠洲市のショッピングセンター「シーサイド」にてアピール署名を呼びかける野村かよ子さん

 

 

● 初日は輪島朝市通りからスタート

2015.6.7 平和行進 輪島朝市通り

元気がでた輪島朝市通りの行進

  2015年原水爆禁止国民平和大行進・能登コースが6月7日(日)午前10時、輪島市役所前からスタートした。

 非核の政府を求める石川の会からも5月に実施した「2015年平和事業に関する自治体アンケート集約結果」を携えて平和行進に参加し、出発集会の際に出迎えていただいた輪島市総務課職員に「アンケート集約結果」を手渡し、非核平和施策の拡充を要請した。

 初日の平和行進には奥能登健康友の会を中心に約30人の参加があり、出発集会で梶文秋輪島市長からの激励メッセージを受けて、市役所前からNHK朝ドラ「まれ」人気でにぎあう輪島朝市通りを歩き、市役所前まで戻ってきた。

 朝市通りのお店(約90軒)のおばちゃんたちには毎年、行進前に「核兵器の全面禁止を求めるアピール」署名を配布しており、今年の行進ではアピール署名用紙が22枚88筆の署名と募金1,000円が寄せられた。朝市の観光客からも応援の声があり、元気をもらった行進になった。

2015.6.7 平和行進 輪島市役所前

輪島市役所正面玄関にて記念撮影

 

 

<梶文秋輪島市長の激励メッセージ> 

「2015年 原水爆禁止国民平和大行進」メッセージ 

 「原水爆禁止国民平和大行進」57周年を心からお祝い申し上げます。

 1958年から57年間という永きに亘り、反核・平和を願い、立ち止まることなく歩み続けてこられたことに対しまして、深く敬意を表するものであります。

 世界の人々の平和への願いに反して、核保有国の核軍縮は進まないばかりか、新たに核兵器を保有する国が出現する状況の中、強い危機感を抱かざるを得ません。

 このような状況の中、何としても、核兵器のない平和な未来を実現するために、共に連帯し頑張りましょう。

 平成27年6月7日                              

輪島市長  梶 文秋

 

 ●  志賀町は非核宣言塔を改修

2015.6.8 志賀町 非核宣言塔(6月4日、改修)

町役場駐車場にある「非核宣言の町 志賀町」の宣言塔

 

2015.6.8 志賀町 非核宣言塔前 記念撮影

改修された宣言塔を囲んで記念撮影

 行進2日目に訪問した志賀町は前記の「平和事業に関する自治体アンケート」に非核宣言塔の改修工事として20万円を予算化しており、平和行進が町役場に到着するまでに工事を完成すると聞いていた。

 高浜バス停から出発した行進団約20人が志賀町役場に近づくと、役場駐車場の一角に「非核宣言の町 志賀町」と真新しい大きな宣言塔が見えてきた。自治体アンケート結果を手渡した総務課長補佐に聞くと改修工事は6月4日に実施したという。到着集会における副町長からの激励挨拶のあと、行進参加者は宣言塔を囲んで記念撮影した。

  

2015.6.8 中能登町 記念植樹

左から亀野議長、杉本町長、内藤さん、地元の五十嵐三郎さん

 

2015.6.8 平和行進 中能登町役場前

記念植樹の後、行進参加者は町長、議長を囲んで記念撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

● 中能登町は被爆70年祈念事業として非核宣言塔の設置と記念植樹

 中能登町では被爆70年祈念事業として、県木アテを使った宣言塔「非核・平和宣言の町」の設置とハナミズキの記念植樹を6月8日、平和行進が中能登町役場に到着する日に計画していた。中能登町では毎年、杉本栄蔵町長自ら激励挨拶をいただいており、今年の到着集会では非核宣言塔のお披露目と、杉本町長、亀野冨二夫議長とともに行進団の内藤晴一郎団長が記念植樹の鍬入れ式をいました。

 

<杉本栄蔵中能登町長の激励挨拶>

平成27年6月8日(月) 原水爆禁止国民平和大行進 町長メッセージ 

 みなさん、こんにちは。

 中能登町長の杉本栄蔵でございます。

 本日は、原水爆禁止国民平和大行進ということで、中能登町にお越しいただき、一言ごあいさつ申し上げます。

 皆様におかれましては、日頃から核兵器廃絶の活動に取り組まれていることに対し、心から敬意を表するものであります。

 さて、1945年8月に広島と長崎に原爆が投下され、21万の人々の尊い命が奪われてから、今年で70年目を迎えますが、今なお原爆による後遺症などに苦しんでいる多くの方々がおいでます。

 また、世界各地を見渡しますと、いまだに紛争が絶えることがなく、核保有国が存在することにより、人類は今なお核の危機に直面しております。

 私たちは、世界で唯一の被爆国として、戦争がいかに悲惨であるかを後世に伝えていくと共に、原爆の恐ろしさ風化させることなく、 核兵器廃絶の声を継続していかなければなりません。

 皆さんのこの原水爆禁上国民平和大行進の活動は、地道な草の根活動ではありますが大変意義深いものであり、今後ますますの発展を期待申し上げるものであります。

 最後になりますが、この「平和大行進」が無事終了されますことと、皆様のご健勝ご多幸を祈念いたしまして私のあいさつといたします。

 本日は、ご苦労様です。 

 

 

 

 2012年度から4年連続実施となる「平和事業に関する自治体アンケート」の集約結果がまとまりましたので報告します。

 今年の平和事業アンケートは次の4項目です。

(1)戦後・被爆70年の平和事業と予算額

(2)広報やホームページ、公立図書館等の平和事業

(3)平和首長会議加盟自治体には「2020ビジョン」の取り組み

(4)平和首長会議未加盟自治体には加盟についての検討状況

*2015年度平和事業に関する自治体アンケート集約結果(PDF:143KB)

アンケートの集約結果とコメントは以下の通りです。

(1)平和事業で特筆されるのは、戦後70年を期して白山市が平和首長会議に加盟し、長崎原爆資料館から被災資料  をお借りして「長崎 戦争・原爆被災展」を計画していることです。また被爆70年記念として中能登町が「非核・平和宣言の町」の標柱を新設し、志賀町が「平和宣言塔」の改修工事を実施しています。このため当会で把握している非核・平和宣言塔や記念碑のある自治体一覧も記載しました。県内では全自治体が「非核・平和都市宣言」をしています。非核宣言していることを広く住民に告知するため、すべての自治体が「非核・平和宣言塔」を設置されることを要望します。

(2)広報やホームページ等による平和事業の記載はほとんどなく、「学校での平和教育、中学生の修学旅行で広島原爆ドーム視察」「8月6日、小学校の全校登校日に平和集会を行う」等の記載が数か所ありました。広島への修学旅行や8月6日乃至9日を全校登校日にしている自治体はもっとあると思われるので、次年度からは教育委員会にも照会することにします。

(3)平和首長会議は、2020年までに核兵器廃絶を目指す行動指針「2020年ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」を策定し、世界の都市、市民、NGO等と連帯しながら、核兵器廃絶に向けた様々な活動を展開しています。2015年NPT再検討会議では「核兵器禁止条約」の交渉開始等を求める市民署名を200万筆集めて国連に提出し、各国政府代表団に要請しました。県内自治体の「2020ビジョン」の取り組みは、署名活動は4か所、2015年NPT要請行動は皆無のため集計項目から除き、原爆写真パネル展を開催(又は会場提供)している9自治体を掲載しました。核兵器の非人道性、被爆の実相を次の世代に伝える原爆写真パネル展を自治体と住民団体の連携により、すべての市町で開催されるよう要望します。

(4)平和首長会議には2015年6月1日現在、国内では全市区町の89.7%にあたる1,561都市が加盟しています。2013年8月広島で開かれた第8回平和市長会議総会では、名称を「平和首長会議」と変更し、すべての自治体首長の加盟を呼びかけています。県内の未加盟自治体(11か所)からの回答は、白山市の「加盟予定」1か所、「検討中」3か所、「加盟の予定はない」4か所、「未回答(未記入)」が2か所です。未加盟自治体には速やかな“前向きな検討”を切望するとともに、主体的な平和事業の展開を要望します。

以上

会報 非核・いしかわ

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