メッセージ

 非核の政府を求める石川の会も参加している原水爆禁止国民平和大行進石川県実行委員会では、「非核・平和の自治体づくり」の視点から毎年平和行進への首長メッセージを依頼しています。
 今年の平和行進では、県内20自治体のうち石川県知事と珠洲市長以外の18自治体からメッセージが寄せられ、中能登町、宝達志水町、野々市市は首長、議長が行進団の出発式or到着式に参加してメッセージ披露がありました。

 2017年7月、国連で採択された核兵器禁止条約にふれた輪島市長、七尾市長、白山市長のメッセージを紹介します。

 

「2019年 原水爆禁止国民平和大行進」メッセージ

 「原水爆禁上国民平和大行進」61周年を心からお祝い申し上げます。

 皆様におかれましては、1958年から61年間という永きに亘り、反核・平和を願い、立ち止まることなく歩み続けてこられました。そして、一昨年7月7日、ついに国連で核兵器禁止条約が採択にいたりました。

 このことは、皆様の「核兵器の無い世界をつくろう」という長年の努力が結実したものであり、誠に喜ばしく、心から敬意を表するものであります。

 さらには、世界の人々の平和への強い願いから、核保有国の非核化や核軍縮に向けた動きも出てきております。このような状況の中、一刻も早く、核兵器のない平和な未来を実現するために、共に連帯し頑張りましょう。

                                     令和元年6月9日

                                    輪島市長 梶 文秋

 

2019年原水爆禁止国民平和大行進 市長メッセージ

日時:令和元年6月10日(月)18 : 00-

                          場所:七尾市役所前

 原水爆禁上国民平和大行進の開催にあたり、原水爆禁止石川県協議会をはじめ、本日お集まりの皆さまにご挨拶申し上げます。

 広島、長崎の原爆投下から、今年で74年を迎えようとしております。我が国、そして世界では、恒久平和の実現を求めて様々な取り組みがなされております。一昨年7月には、国連で核兵器禁止条約が採択されたところであり、現在70ヶ国が調印し、23ヶ国が批准していると伺っております。これらは核兵器の廃絶に向けた大きな前進であり、皆さまの運動をはじめとした草の根の取り組みが粘り強く続けられてきた成果であり、心より敬意を表します。

 しかしながら、世界には未だ核兵器が存在し、各地で紛争やテロ行為により尊い命が失われています。北東アジアの非核化に向けても、予断を許さない情勢が続いております。世界で唯―の被爆国である私たちは、人類が三度と悲惨な経験を繰り返すことのないよう、確固たる意志を持って核の根絶を訴えていかなければなりません。

 同時に、戦争の記憶を風化させることなく語り伝え、平和を愛する心を次世代に引き継いでいくことが大切です。皆さまの運動により、平和への思いが世界へと広がることを心より期待申し上げます。また当市においても、毎年8月に行っている「平和展」をはじめとした取り組みを通じて、市民の皆さまとともに平和の大切さを真摯に見つめて参りたいと思います。

 最後になりましたが、本日の平和大行進の目的を達成できますこと、また、皆さま方のご活躍とご健勝をお祈り申し上げ、私のメッセージとさせていただきます。

令和元年6月10日

七尾市長  不嶋 豊和

 

2019年原水爆禁上国民平和大行進へのメッセージ

 2019年原水爆禁止国民平和大行進にご参加の皆様、大変ご苦労様です。

 この運動は、核兵器の廃絶を願う多くの方々が参加され、今年で61周年を迎える国民的行動であり、長きにわたりこの地道な運動に関わってこられた関係者の皆様には、深く敬意を表します。

 核兵器の廃絶と恒久平和の実現は、唯一の被爆国である我が国はもとより、平和を求めるすべての国々の願いであります。しかしながら、依然として世界各地では紛争やテロ行為があとを絶たず、真の平和ヽの道のりは、大変険しいと言わざるを得ません。

 このような状況の中、平和を求める人々は、核兵器廃絶と平和社会の実現に向けた断固とした行動を示し、平和の尊さ、大切さを次の世代にまでしつかりと伝えていかなければなりません。

 「平和都市宣言」を掲げ、「平和首長会議」に加盟しております本市におきましても、引き続き市民の皆様とともに核兵器の廃絶と恒久平和の実現を目指してまいります。

 2017年7月には、国連で核兵器禁止条約が採択され、核兵器廃絶に向けて歴史的な一歩を踏み出しました。

 今後も皆様には、核兵器のない平和で公正な社会の構築に向けて、平和運動の推進に努められますことを念願いたしますとともに、本日の平和行進に参加されました皆様のご健勝とご多幸を心より祈念申し上げ、メッセージといたします。

令和元年6月18日

白山市長  山田 憲昭

◇ 講演要旨 ◇

 日米安全保障体制と日米地位協定

非核の政府を求める石川の会

代表世話人 五十嵐正博

 サンフランシスコ条約(対日平和条約)・(旧)日米安保条約

 ポツダム宣言は、国際法上拘束力があり、そこに規定された日本の非軍事化、民主化などは日本だけでなく、連合国にとっても法的義務でした。日本国憲法が施行されて約四か月後、昭和天皇による、いわゆる「沖縄メッセージ」が発せられ、占領軍の沖縄駐留を25年ないし50年あるいはそれ以上の希望を米側に伝えました。昭和天皇は、自らに対する戦争責任の追及、日本の共産主義化を恐れていました。日本降伏後、米における世論調査では、圧倒的多数が天皇の戦争責任を問い、連合国の中にもそうした強い声がありました。マッカーサーは、一方で日本統治のために天皇制維持が効果的であり、他方で天皇断罪の声を抑えるためにも日本の「特別の戦争放棄」が必要と考えました。9条の発案者が幣原あるいはマッカーサーであるかはさておき、40年代後半になると、アメリカの対日政策は、太平洋における軍事基地化の推進、反共主義の拠点として、日本の占める地位の重要性の認識と朝鮮戦争勃発により大きく転換します。日本の軍事基地化と沖縄の確保が至上命題になったのでした。

 1951年9月サンランフシスコ平和条約・(旧)日米安保条約が署名されます。日本との交渉に先立ち、ダレスは『われわれは日本に、われわれが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利を確保できるだろうか、これが根本問題である』と語っていました。同条約は、すべての占領軍の日本からの撤退を規定しつつ、日本が合意すれば外国軍隊の日本国領域における駐留を妨げないと、米軍の駐留軍としての居座りを認めたのです。そして、米軍は「基地管理権」の下、「必要なまたは適当な権利および権能を有する」とされました。これは、日米地位協定でも「変わることなく」(密約)続いています。

 日本の防衛力増強については、(旧)条約で「期待」に留まっていたものが、(新)条約では米国に対する条約上の義務になり、安保体制が完全な姿で確立されました。

(新)日米安保条約

 (新)条約は、1960年1月に署名され、6月23日に発効しました。(旧)条約との主な相違点は、米国の日本防衛義務の明確化(共同防衛条項新設)、安保条約と国連との関係の明確化、事前協議制度の導入、内乱条項の削除、条約期限の設定です。

 日米地位協定

 米国は、先のダレスが望んだ特権を、(旧)条約によって確保しました。「全土基地方式」と呼ばれる講和後の新たな占領政策は、戦後70年を過ぎた今も、この国の中に広大な米軍基地を、その駐留経費の75%を日本国民に負担させています(韓国40%、独33%。米軍駐留人数(2016年概数):日本3.9万、独3.3万、韓国2.4万)。そして、日本における米軍の法的地位(特権・免除)は、1952年4月発効の日米行政協定で定められました(60年6月発効の日米地位協定が承継)。地位協定によれば、日本は米国に基地を提供し、具体的な基地は日米合同委員会で決めるとしています。この合同委員会は密室で行われ、その合意内容も秘密と、米側の思うがままです。

 「思いやり予算」地位協定では、基地の提供にかかる経費、民有地の借り上げ料や基地周辺対策費などは日本側が負担し、在日米軍の維持・運用にかかる経費は米国が負担することになっています。「思いやり予算」とは、地位協定上、日本が負担する義務のない経費だからであり、1978年6月、当時の金丸信防衛庁長官の訪米の折り、「在日米軍の駐留経費問題については、思いやりの精神でできる限りの努力を払いたい」と述べたことに由来します。実は、すでに1971年6月の沖縄返還交渉の中で、地位協定を「柔軟に解釈」する密約が結ばれていました。2015年7月、「思いやり予算」特別協定更新交渉が始まり、2016年1月、2020年度までの5年間で総額9,465億円の思いやり予算を日本が負担する特別協定に署名しました。2020年度末に期限が切れるので、次の改定交渉が始まることになります。

   「排他的管理権」(環境立入り調査権・沖縄県警の捜査権)「排他的管理権」とは、基地において、米国側が望まない者による立入りや使用を拒む一方で、「基地の外」でも米国が必要とする一切の措置をとる権利のことです。地位協定は、米国は、施設及び区域内において、必要なすべての措置を執ることができるのに対し、日本側は、米軍の要請があったときは、合同委員会での両政府間の協議の上で、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする、となっています。この場合も、「関係法令の範囲内で」の文言に関して、米側にとって不適当な場合には、合同委員会で議論する(密約)、と結局は米側の言いなりです。

    環境立入り調査権については、2015年「環境補足協定」が結ばれました。沖縄県は、遅くとも返還の3年前の立ち入りを希望しましたが、「返還の150日労働日を超えない範囲」と全く無意味なものとされています。

   沖縄県警の捜査権について、地位協定の刑事裁判権に関する合意議事録には、米軍の権限ある当局が同意する場合と、重大な罪を犯した現行犯を追跡している場合は、「日本の当局が逮捕を行うことを妨げない」となっています。沖縄県警によれば、米軍の同意はほとんど得られないし、「重大な罪」は「死刑または無期もしくは長期三年以上の懲役もしくは禁錮に当たる罪」を意味し、「事実上の治外法権」状態です。

   「刑事裁判権」1952年から1953年10月まで、すべて米国側に裁判権がありました。「一次裁判権の自発的放棄密約」があったのです。地位協定は、「刑事裁判権」について、公務中の犯罪については、すべて米軍側が裁判権を持ち、公務中でない犯罪については日本側が裁判権を持つが、(犯人が基地内に逃げ込んだりして)犯人の身柄が米側にあるときは、日本側が起訴するまで引き渡さなくともよい、とされています。ここにも「日本の当局は通常、合衆国軍隊の構成員、軍属、あるいは米軍の軍法下にある彼らの家族に対し、日本にとって著しく重要と考えられる事例以外は裁判権を行使するつもりはない。」とする「日本側一次裁判権放棄密約」があります。

 日米地位協定の「見直し」「基地の移設」

 沖縄県は、米軍基地を巡る諸問題の解決を図るためには、原則として日本の国内法が適用されないままで米側に裁量を委ねる形となる運用の改善だけでは不十分であり、地位協定の抜本的な見直しが必要であると考え、2017年から外国における地位協定の調査を始め、これまでドイツ、イタリア、ベルギー、英国を対象にしてきました。そこから得られた日本との根本的違いは、駐留軍に対する国内法適用の有無であり、日本は米国と対等な立場にはなく、米国の属国であることを明らかにしました。日本政府は、ほとんど意味のない二つの補足協定(環境、軍属)を締結したと言いますが、基地問題が発生するたびに、相も変わらず、運用改善で対応していると言い逃れをしています。全国知事会は、2016年、翁長前沖縄県知事の「基地問題は、一都道府県の問題ではない」との提言を受けて、2018年7月全会一致で日米両政府に地位協定の抜本的見直し、基地の整理・縮小、返還を積極的に促進することなどの「提言」を行いました。基地問題は、「戦争をする国造り」を進める安倍政権の下、「日米軍事一体化」が「深化」する中で、安保条約の存続の是非の問題として考えなければなりません。それは、基地問題に限らず国民生活全般にかかわるのです(軍事予算の増大と社会保障費の削減が典型)。私たちは、人類がやっと手にした「武力行使禁止原則」(国連憲章)、その更なる具体化としての日本国憲法9条を守り、活かしていかなければなりません。

◎6月2日、金沢市文化ホールで開催した非核の政府を求める石川の会第31回総会記念講演(要旨)です。講師の五十嵐正博代表世話人にまとめていただきました。

【2019年 年頭所感】 

「ご飯論法」または「白馬は馬に非ず」

代表世話人 五十嵐正博

 明けましておめでとうございます。

 昨年、「ご飯論法」が流行語大賞トップ10に選ばれました。安倍政権の嘘、詭弁を一言で言い当てたことが評価されたのでしょう。ところが、87年、本会設立の前年、加藤周一さんは、紀元前、中国戦国時代に公孫龍が唱えた「白馬は馬に非ず」の故事をひいて、中曽根政権の「嘘」を暴いていました。

 加藤さんが、朝日新聞に連載した『夕陽妄語』にあります(2月20日付)。加藤さんの慧眼に改めて驚きます。加藤さんを引用すれば「<白>が一、<馬>が一、あわせて<白馬>が二、二は一に非ず」という詭弁論法です。加藤さんは、中曽根さんの「大型間接税」導入、「国家秘密法」の目論見を許せなかったのでしょう。加藤さんを引用したのは、当時と今日の状況があまりに似通っているからです。中曽根さん、安倍さん、ともに改憲に情熱を持つところも同じです。

 86年、中曽根さんは、「解散は考えていません、選挙はやらない」と公言しながら、いわゆる「死んだふり(寝たふり)解散」をし、7月に衆参同日選挙を強行しました。そして、「大型間接税」は導入しないと言明しながら、87年2月、「新型間接税」である「売上税」は「大型間接税」ではないとの詭弁を弄し、「売上税法案(税率5%)」を国会に提出したのです。

 しかし、中曽根さんの「嘘」に対する国民の反発は強く、「税制改悪・売上税粉砕」のスローガンの下、全国各地で「売上税反対集会」が開かれ、3月の参議院補選(岩手県選挙区で社会党候補が圧勝)4四月の統一地方選挙で自民党が敗北、その結果、「売上税法案」は廃案となりました。

 中曽根さんの「嘘」は、89年の参議院選挙における自民党の全国的敗北まで自民党退潮の端緒となりました。私たちは、この歴史的事実を大いに教訓にしなければなりません。

 加藤さんは、敗戦後、焼け野原となった東京を見て、「私にとっての焼け跡は、単に東京の建物の焼き払われたあとではなく、東京のすべての嘘とごまかし、時代錯誤と誇大妄想が、焼き払われたあとでもあった。」と綴っています(『羊の歌』岩波新書)。「あのいくさを歓呼して迎えた人々は、どこへ行ったのか。それよりも彼らをだまし死地へ追い立て、敗色濃くなるや、『焦土戦術』などという無意味に残酷なうわ言を口走っていた人々は、一体どこへ行ったのか」と。

 「息を吐くように嘘を吐く」「ごまかし(公文書改ざん、隠蔽工作、データ捏造)」「時代錯誤(復古的憲法)」「誇大妄想(アベノミクス)」「戦後レジームからの脱却」「人づくり革命」「一億総活躍社会」などは、時代錯誤と誇大妄想の混然一体型といえるかもしれません。安倍さんは、「強固な日米同盟のために」の文脈で「沖縄の皆様の心に寄り添う」と語りました。アメリカのために新基地を建設し、トランプの言いなりに高額兵器を爆買いし、そして、沖縄の民意を無視し、足蹴にする、それが安倍さんにとって「沖縄の皆様の心に寄り添う」こと。なんという残酷で、冷酷無比な心の持ち主なのでしょうか

 この国を焼け野原にしないために、安倍さんには一日も早い退陣を求めます。4月の統一地方選挙、7月の参院選(ダブル選挙?)で自公政権を敗北に追い込まなければなりません。

 「市民連合」は、今年の年頭所感で次のように呼びかけています。「立憲主義の回復、安保法制の廃止、安倍改憲の阻止などの一致点を土台に、誰もが自分らしく暮らせる社会や経済をつくるための政策を今後どれだけ具体的に構想し、発信していくことができるか、そうして、政治をあきらめてしまった有権者たちを今一度呼び戻すことができるかが私たちに問われていると考えます。」

 加藤さんは、上記エッセイを次のように結んでいます。「日本国民の力量によるのである。」おっしゃるとおりです。

 

 

 

 

 

 

【2019年  年頭のご挨拶】

 人類の希望 マンデラと南アフリカ

代表世話人 井上英夫

 明けましておめでとうございます。

 一昨年の本誌1月号で「非核と非暴力」ということで新年のご挨拶をさせていただきました。強固な戦争肯定論とりわけ核抑止力論への根本的な対抗策は非暴力以外にない。

 非暴力を貫くのに、現実は余りに厳しい。しかし、ガンジ―からマンデラへと現代における非暴力主義の足跡をたどると人類の将来に明るい展望が開ける。「あらためて非暴力主義の歴史を学び」と決意を述べました。

 ネルソン・マンデラに会いたい

 昨年11月、私は、愛媛大学の鈴木 靜さんと一緒に約1日かけてケープタウンに到着し、ハンセン病患者、軍・民の犯罪者、政治犯、そしてネルソン・マンデラさんが収監されていた隔離の島ロッベン島、喜望峰、ダーバン、ヨハネスブルクを訪問しました。長年の希望でしたが、マンデラさんが2013年に95歳で亡くなってから5年を経てようやく同じ空気をすえる地に立てました。

 ご存知のように、マンデラさんは南アフリカで48年から91年まで続いた人種差別・人権剥奪制度すなわちアパルトヘイトに敢然と挑戦し、27年間の獄中生活を経て、廃止させ、さらに94年、全国民参加の選挙により大統領になった人です。

 喜望峰にて~ヨーロッパ人から人類の希望へ

 南アフリカの岬が発見され、喜望峰Cape of Good Hopeと名付けられましたが、この「希望」はあくまでポルトガル・ヨーロッパ人にとっての希望であり、南アフリカの人々には苦難の歴史の始まりでした。しかし、喜望峰そして南アフリカは、今や人類にとっての希望の地になったと思います。

 マンデラ広場にて~非暴力・報復の切断と虹の国

 その戦いの歴史は、マンデラさんの自伝(『自由への長い道』上、下巻、東江一紀 訳、NHK出版、96年)に詳しいのですが、私が感動し、人類の未来に希望を持てたのは、非暴力主義により暴力による報復の悪循環を断 ち切ったことです。

 

 マンデラさんも、非暴力主義か、武器を取って立ち上がるか、激しい葛藤の中で、ついに武装部隊を組織します。しかし、その暴力は、白人政府の生命すら奪う暴力による弾圧政策に追い詰められた苦渋の選択であり、施設等物の破壊工作であって、直接人にむけられたものではありませんでした。非暴力主義が根底にあってこそ、解放後、支配者白人に対する報復を断ち切り全人種・全民族の融和による新たな虹の国づくりを進めることができたのだと思います。

 「我々は勝利した。これからは黒人も白人も一緒に国づくりをしよう」

 根底に、黒人も白人も同じ人間であり、価値において平等であるという人間の尊厳、そして基本的人権に対する熱くかつ冷徹な思想と行動があったのはもちろんです。

 ヨハネスパークにあるマンデラ広場に立つとまさに虹の国を眼前に見る思いでした。広場は、黒人、白人、黄色人種と多様な人々が行きかい、レストランで食事し、子供たちが一緒に遊ぶ光景が見られたからです。

 しかし、南アフリカの現実は、マンデラさんの思い描いた国の姿とはまだ遠く、厳しいといわざるを得ません。貧困、格差・不平等は解消されていません。治安状態も世界最悪状態は脱却したとはいえまだまだです。

 「貧困の克服は、慈善や恩恵の問題ではない。正義の活動である。尊厳(dignity)と人間にふさわしい品性のある十分な生活(decent life)への権利すなわち基本的人権の保障である」。

 マンデラの言葉は、社会保障を公助とし、軍事費を優先し、人権ではなく恩恵・お恵みに貶めている日本にも向けられたものでしょう。

 ロッベン島にて~マンデラと憲法97条

 昨年7月、私は、NY国連本部にいました。国連の高齢者人権条約制定のための作業部会参加のためです。

 7月18日は、ネルソン・マンデラ国際デーに指定されていますが、国連本部の一画に、生誕百年を記念してマンデラコーナーが設けられていました。この記念の年に、高齢者の人権保障運動に参加し、さらに、南アフリカの地を踏んだことに不思議な縁を感じます。

 マンデラさんが18年間収監されていたロッベン島に立ち、日本国憲法97条を想起しました。

 基本的人権は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力(struggle)の成果」である。

 まさにマンデラさんのたたかいは、日本国憲法の人権の本質にうたわれている「権利のための闘争」でした。

 「たたかい(struggle)は、私の人生。自由のために生命尽きるまでたたかい続ける」。

 マンデラさんについて市民に思いを聞くと、とたんに笑顔がはじけ、ナンバーワンの人、偉大な人、白人と黒人一緒に国をつくるんだと誇らしそうに語ります。まさに、マンデラさんが戦い、勝ち取った人権そして理想が、人々とくに若者に受け継がれていると実感できました。確かに、マンデラさんは偉大でしたが、そのたたかいは、共にたたかう南アフリカの人々、明るく、友好的で活力・向上心にあふれた人々があってこそのことだと実感できた。この旅の最大の収穫でした。

  ◇   ◇   ◇

 南アフリカについては、医療・福祉問題研究会の3月2日例会(午後3時から5時 石川県社会福祉会館)で報告します。ご参集ください。

 2018年  年頭所感

「君たちはどう生きるか」

代表世話人 五十嵐正博

 あけましておめでとうございます。

 今年、私たちは「アベ改憲」を阻止できるかどうかの分水嶺に立たされています。憲法違反の横暴の限りをつくす首相は、年頭会見で、「今こそ新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を示す」と表明しました。厚顔無恥とはこのことです。

 吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』が、異例のブームになっているそうです。それは1935年のことでした。「1931年のいわゆる満州事変で日本の軍部がいよいよアジア大陸に侵攻を開始してから4年、国内では軍国主義が日ごとにその勢力を強めていた時期」です。山本有三は考えました。せめて少年少女だけは「時勢の悪い影響から守りたい、・・・この人々にこそ、まだ希望はある。だから、この人々には、偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化があることをなんとしてもつたえ・・、

 人類の進歩についての信念をいまのうちに養っておかなければならない」(『岩波文庫版』)。山本有三は、このように考えて『日本少国民文庫』を計画しました。吉野は、その文庫の編集に携わっただけでなく、その最後の一冊として執筆したのが『君たちはどう生きるか』でした(盧溝橋事件の一カ月前に発行)。

 ノーベル平和賞授賞式で

 昨年、国連総会において核兵器禁止条約が採択され、ICANがノーベル平和賞を受賞しました。被爆者の方々の長年のご苦労が報われた瞬間でした。

 唯一の戦争被爆国は条約案に反対票を投じ、平和賞の受賞に冷淡でした。授賞式で、サーロー節子さんは、被爆者の皆さんの声を代弁して、「核兵器と人類は共存できない」こと、「核兵器は絶対悪」であり、核兵器国だけでなく、「核の傘」の下にある共犯者に、「私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そうすれば、必ずや、あなたたちは行動することになることを知るでしょう。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムの不可欠の一部分なのです」と語り掛けました。

 今年の世界終末時計は?

 世界終末時計(原子力科学者会報)は、昨年1月17日、トランプの核兵器や気候変動に関する発言から、前年より30秒進め、残り2分30秒としました。今年、終末時計がさらに進められないことを祈ります。

 若いころ、金沢に住んだこともある日本近代史・日米関係史の権威、ジョン・ダワーが、昨年、『アメリカ 暴力の世紀』(岩波書店)を出版しました。彼は「日本語版への序文」において、「日本の保守主義者や新愛国主義者たちが熱望しているように、日本がもっと『普通の』軍事化を促進するために憲法を変更するようなことがあれば、戦後日本国家の性格を変えることは間違いない」と述べ、「トランプらが着手すると思われる新しい軍事戦略に、『積極的に』貢献するようにとの圧力をますます強くうけるようになる」と憂慮しています。

 権力の暴走を阻止する憲法

 安倍首相は、憲法が、権力の暴走を抑止するためにあるのだという立憲主義を全く理解しないどころか、「軍隊を自由に海外に展開し、権力が国民を縛りつける」「古い時代への絶望を生み出す」憲法づくりを周到に進めてきました(特定秘密保護法、共謀罪、戦争法など)。彼の関心は、トランプの顔色、株価の動向や有効求人倍率といった「数字」であり、沖縄の米軍基地、震災、原発事故の被災者、貧困にあえぐ人々、老齢者、待機児童などには目もくれません。

 今後、ナチスの「手口」そのままに、マスメディア、広告会社、神社本庁、日本会議、はたまた芸能人、スポーツ選手などを総動員し、「国民の安全・生命を守るために」との詭弁をろうし、はては「最大の国難」を叫んで危機をあおり、情緒に訴えかける宣伝を日本列島に洪水のごとく流すでしょう。「国威発揚」と称してオリンピックを政治利用するでしょう。「憲法のあるべき姿」は、無能、有害な為政者の存在を認めてはならないのです。

 一人ひとりが社会を変える時代

 今年は「明治150年」でなく、市民運動の原点ともいうべき「米騒動100周年」、世界人権宣言採択70周年、「非核の政府を求める石川の会」30周年になります。吉野源三郎は、主人公の少年に「僕は、すべての人がおたがいに良い友だちであるような、そういう世の中が来なければいけないと思います」と語らせ、最後に読者に問いかけます、「君たちはどう生きるか」と。

 吉野は、山本の考えに共鳴して、「偏狭な国粋主義や反動的な思想を超えた、自由で豊かな文化があること」をつたえ、いつか少年少女一人ひとりが社会を変えてくれる時代が来るとの祈りを本書に込めたのでした。

 侵略戦争の渦中で非業の死をとげた国内外のおびただしい数の人々、戦争に反対し、自由を求めたがゆえに、過酷な拷問を受けた人々、暗黒の日常の中でひっそりと平和を希求した人々、日本国憲法には、そうした人々の「平和と自由」への強い願いが込められています。「君たち」一人ひとりは、日本国憲法を生かすための「主権者」、主人公なのです。

 2018年  年頭所感

「若者に問いかけよう-硬軟自在に」

代表世話人 井上英夫

 明けましておめでとうございます。

 安倍政権が、憲法改悪に大きく踏み出した今年は日本の歴史にとって分岐点となるでしょう。五十嵐正博さんも言うように「若者よ、君たちはどうする」、今こそ真剣に問いかけなければならないと思います。何より、戦場に駆り出され、殺し、殺される可能性が高いのは今の若者なのですから。

 ところが、大学生にそうした戦争・徴兵制すら迫っているという危機感、切迫感はほとんど感じられません。それどころか、昨年ショックを受けることが起きました。

 時代遅れじゃありませんか

 1年生を対象に人権・ジェンダー論を講義し、第二次大戦の悲惨な結果への反省に始まる現代の平和と人権の歴史を話しています。ナチスのホロコースト、日本については、原爆等被害者の側面だけでなく731部隊、慰安婦問題など加害者責任についても話し、それらが今につながっていることを強調しています。

 感想のなかに、先生の話は「時代遅れだ」というものがありました。大学で、40年以上若者と接してきたわけですが、初めての反応でショックを受けました。

 このような、学生たちに何を、どう伝えたらよいか。今は、多様な媒体、表現により「硬軟」両面から若者に語りかけるしかないと思っています。

 

 硬派で迫る「革命」路線

 まず、硬派からですが、昨年『社会保障レボリューション―いのちの砦・社会保障裁判』(高菅出版)を出版しました。

 表題を勇ましく、レボリューション=革命としたのは、憲法上許されない不平等・差別の拡大、生命権すら奪われている事態に対して、今こそ、人権としての社会保障の旗を掲げ、憲法97条が認める「革命」・レボリューションを起こすしか道はない、と思ったからです。 

 

 

 

 

 ソフトに「ゆるきゃら」路線で

 そして、ソフト=ゆるきゃら?路線としては、『ペリリュー-楽園のゲルニカ』(白泉社)です。1944年、日米両軍約13,000の若者が無残な死を遂げたペリリュー島の戦闘を描いた漫画です。

 作者の武田一義さんは、「漫画である以上読みやすく面白く」と言うのですが、第46回日本漫画家協会賞優秀賞を受けています。ちばてつやさん直筆の表彰状には、「可愛らしい温もりのある筆致ながら『戦争』という底知れぬ恐ろしさと哀しさを深く表現して見事です」とあります。

 『はだしのゲン』、水木しげる、とも違うこんな「路線」もあるのだなー、と「痛快」な気持ちになりました。今、2月末に出されるという第四巻を心待ちにしています。

 以上、是非ご一読ください。

 

◇講演要旨◇

ヒバクシャ国際署名キャンペーンイベントin金沢

核なき未来はぼくらがつくる!

ヒバクシャ国際署名キャンペーンリーダー         

林田  光弘

 

 10月15日(日)、金沢市松ヶ枝福祉館で「ヒバクシャ国際署名キャンペーンイベントin金沢」が開催されました。最初に今年六月に完成したDVD「この空を見上げて~石川・被爆者たちの証言」の第1部(38分)を上映した後に、長崎出身の被爆三世で国際署名キャンペーンリーダーである林田光弘さんの講演がありました。

   主催は反核・平和おりづる市民のつどい実行委員会。以下は林田さんのお話しの要旨です。

 

           

 二つの画期的な出来事

 この間に二つの画期的な出来事がありました。一つは7月7日に国連で「核兵器禁止条約」が採択されたこと。もう一つはICANがノーベル平和賞を受賞したことです。ICANとは、核兵器禁止条約をつくるために結ばれた世界中の500余の団体のネットワークのことです。ノーベル平和賞というのは政治的な賞で、かつてオバマ大統領が受賞したのも核兵器廃絶に向けての期待を込めてのものでした。この二つの出来事に共通しているのは被爆者の体験がエネルギーになって実現したということです。私は、これらのことを通じてキャンペーンメンバーに対して、次は被爆者に核廃絶を届けるのだという宿題をもらったと受け止めました。

 事態を正確に捉えるために詳しく見ていきます。

 被爆者の四つの概念

 被爆者というのは法的な概念です。特定地域の四つの分類(直爆、入市被爆、介護被爆、胎内被爆)の条件を満たす者となっています。被爆者の数は2017年3月現在で164,621人となっています。1980年がピークで372,264人でした。被爆者であるということで差別されることを恐れて名乗りをしていない人や被爆者手帳をとっていない人がかなりの数います。

 今日までが被爆体験

 被爆体験と言いますが、被爆者にとっては1945年8月6日と9日から今日までが被爆体験であるということです。健康上、精神上、社会的にも大変な体験が今も続いているということです。

 また健康手当など被爆者援護の施策は色々ありますが障害者などと同じ社会福祉の制度です。国家が行った戦争によって被害を被ったことへの「国家補償」ではないということです。それから在外被爆者、台湾や朝鮮半島(特に帰国運動当時はより豊かであった北朝鮮の地域に帰った人の方が多かった)など戦前は日本の植民地であった地域に住んでいるひとが除外されていた事実もあります。更にABCC(放射線影響研究所)の問題があります。被爆者はここに連れていかれてデータだけ取られました。治療をすればデータがとれないから肝心の治療はしてもらえなかったわけです。これらが被爆者体験という事実です。

 核兵器は大量破壊兵器

 核兵器について述べます。効果が一定の対象に限定できないという意味で大量破壊兵器とされています。大量破壊兵器で最大、最悪のものが核兵器ですが、現在の核兵器は広島・長崎で使用されたものの3,300倍の破壊力を持ち、9か国で14,900発保有しています。1970年に発効したNPT体制とは、当時の既保有国5か国を除いて他国の保有を許さないというものでした。5年ごとに再検討会議を開いて効果を検証して来ましたが、その後4か国が条約から離脱し、拡大されてしまいました。そこで2010年に赤十字国際委員会は核兵器の非人道性に着目して総裁声明を出しました。さっきの被爆者の四つの類型のうち「介護被爆者」の存在は、医療者にとっては被爆者の救護に当たって敵であるか味方であるか、勝者か敗者かは関係ありません。この核兵器の非人道性の考え方に基づいて再検討会議の間に国際会議が開かれ核兵器禁止条約に繋がりました。

 何をなすべきか?

 では、何をなすべきかです。日本政府は条約交渉会議に参加しませんでした。採択後も署名しないと表明しました。日本政府は国連総会に毎年「核全廃宣言」を出して多数の賛同を得てきましたが、核兵器禁止条約が採択された今年は世界から相手にされていません。私たちは「核の傘」に向き合うべきです。核保有国とその同盟国の中で、唯一の戦争被爆国である日本政府の動向は重要です。日本政府が橋渡しの役割を本当に果たせば、大きく変わる可能性があります。例えばオバマがやろうとした「核の先制使用はしないという宣言をする」こと、「全ての核実験を禁止すること」など現実的対応を引き出すことも可能です。ヒバクシャ国際署名を推進しましょう。

 署名は対話のためのツールです。日本の署名の到達は5,154,866筆まで来ました。ヒバクシャ国際署名に賛同して署名をした自治体の首長は867あります。全国の自治体数の過半数です。核保有国と我が国を含めた多くの同盟国の参加を求め、核抑止力による安全保障政策を変えさせる運動を一層強めなければなりません。核廃絶を「夢」にしないために。

◎講演会終了後、近江町市場前でヒバクシャ国際署名を呼びかける宣伝行動を20名の参加で行いました。短時間でしたが40筆を超える署名が集まりました。

核兵器廃絶に向けて 核兵器禁止条約を国連で採択!

代表世話人 五十嵐正博

核兵器禁止条約の採択と道のり

 2017年7月7日、ニューヨークの国連本部において核兵器禁止条約が採択された。国連の現加盟国数は193、会議には124が参加し、賛成122、反対1、棄権1であった。広島・長崎への原爆投下から72年、被爆者の、そして核兵器廃絶を訴えてきた人々の願いがかなえられた瞬間であった。同日、ハンブルクに集った核兵器国とその核の傘に従属するG20首脳の多くは、ニューヨークでの成り行きを無視した。

 それにしても長い道のりであった。国連憲章が採択されたのが1945年6月26日、アメリカによる最初の核実験が行われる20日前のことであった。国連憲章は、核兵器という人類の滅亡につながる大量破壊兵器の存在を知らなかった。しかし、憲章採択後に広島・長崎に原爆が投下され、原爆の脅威が広く認識されるようになったため、国連総会は、最初の決議で原子力委員会を設置し、「すべての核兵器および大量破壊兵器の廃絶」を目標として掲げることを決定した。

 その後、第五福竜丸事件は「死の灰」の恐怖を認識させ、核実験停止を求める運動は、やがて部分的核実験禁止条約(1963年)、包括的核実験禁止条約(1996年、未発効)に結びつく。他方、核兵器国の数が増加し、核戦争の可能性が増大するとの懸念が生まれ、核不拡散条約(1968年)が採択された。核不拡散条約6条は、締約国に核軍縮のための誠実な交渉義務を課すが、一向に核軍縮が進まない(進めようともしない)ことに、非核兵器国の多く、またNGOなどの不満が増大した。「核兵器使用の合法性」について、国際司法裁判所の意見を求める運動を担ったのはNGOであり、そうした運動が核不拡散条約の再検討会議において核兵器廃絶を求める声の高まりを生み、核兵器禁止条約の採択につながったのである。

核兵器禁止条約の特徴

非人道性とヒバクシャの視点

 条約の特徴は、核兵器の非人道性を強調するとともに、核兵器は人類に被害をもたらす〝絶対悪〟だというヒバクシャの視点を取り入れたことである。

 条約は前文と20か条からなる。前文において、この条約の締約国は、「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の帰結を深く憂慮し、核兵器を完全に廃絶する必然的な必要、それは核兵器がいかなる状況においても決して再び使用されないことを保証する唯一の方法であり続けることを認識」し、「核兵器の壊滅的な帰結」は、人類の生存、環境、食料の安全および現在と将来の世代の健康に重大な影響を与え、放射線の女性・少女の健康に悪影響を与えることを認識する。「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の帰結」の文言は、2010年の核不拡散条約再検討会議以来しばしば確認されてきた。

 この条約の締約国は、「核兵器の使用の被害者(ヒバクシャ)および核兵器の実験により影響を受けた者にもたらされる容認しがたい苦痛と被害に留意し」、人道の諸原則の推進における公共の良心の役割のために国連やヒバクシャによりなされた努力を認識する。前者は、「被爆者が歩んだ苦難の歴史から核兵器の非人道性を際立たせるため」と評価されている。

 核兵器あるいはその他の核爆発装置の開発、実験、製造、生産、獲得、保有、貯蔵、移譲、受領などを包括的に禁止する(1条)。「核兵器の威嚇の禁止」は、核抑止力を否定するものとして、7月3日の「議長最終案」で初めて提示された画期的な規定である。

 核兵器の使用または実験により影響を受けた被害者に対する医療やリハビリなどの支援、汚染された地域の環境回復義務も規定された(6条)。

日本政府の態度

 唯一の被爆国日本は、3月の交渉会議初日に不参加を宣言、岸田外相は「核兵器国と非核兵器国の対立をいっそう深めるという意味で逆効果にもなりかねない」とし、あたかも非核兵器国が核兵器廃絶を妨げているような暴言を吐いた。高見沢軍縮大使は、核保有国の参加が見込めないことから「実際に核保有国の核兵器が一つも減らなくては意味がない」などと述べて、会議の席を立った。高見沢氏は、安保法制懇において、事務方の一翼を担い、「集団的自衛権の行使は地球の裏側まで及ぶ」と述べた人物である。

 こうして、日本は核兵器国と非核兵器国の「橋渡し」になるどころか、非核兵器国、核廃絶を願う人たちの信頼を完全に失い、アメリカの属国であることを国連の場で宣言したのであった。

 岸田外相の発言は、1996年国際司法裁判所の「核兵器使用の合法性」に関する勧告的意見に逆らうものである。裁判所は、長期的には、核兵器などの破壊的な兵器の法的地位に関して意見の対立が続けば、国際法、それが律するべき国際秩序の安定性が、悪影響を被ることになるのは必至であるとし、完全な軍縮の早期達成こそが必要であると呼び掛けたのであった。

核兵器廃絶を目指して

「非核の政府を求める会」の重要な役割

 国際社会は大きく変化してきた。それは、国際社会の民主化の進展であり、大国の横暴に異議を唱える国、市民の声の高まりが導いたものである。そうした進展が、核兵器を「核抑止力」を含めて全面的に違法化し、核保有国とその同盟国を追い詰めてきたのだ。核兵器の全面的な廃絶を達成するために、国内外における世論の圧力をより強めていかなければならない。「非核の政府を求める会」の役割はますます重要である。

 非核の政府を求める石川の会は5月13日、野々市市情報交流館カメリアで開いた第29回総会にて「共謀罪」法案の強行可決の動きに断固抗議することが確認され、本日、安倍晋三首相と金田勝年法相に抗議文を送付しました。抗議文を紹介します。

 

内閣総理大臣 安倍晋三 様

法務大臣   金田勝年 様

「共謀罪」成立を画策する与党とその追随勢力の

あまりにも酷い暴走に断固抗議します!

 5月12日現在、衆院法務委員会で審議されている「共謀罪」法案は、「戦争をする国」づくりのために憲法九条の空文化を進めている安倍内閣が、憲法の人権条項を蹂躙して、国民への監視と干渉と弾圧の体制を築こうとするものであり、「モノ言えぬ監視社会」をつくるものに他なりません。

 法案の「合意・共謀罪」が治安維持法の「協議罪」、法案の「罪となる行為の目的を遂行するための準備行為罪」が治安維持法の「結社の目的遂行のためにする行為」と行為類型が同じです。しかも治安維持法と同じく自首による刑の減免規定を設けています。

 さらに法案は、国際組織犯罪防止条約(TOC条約)の国内法整備を理由としながら、同条約の対象外の「テロ対策」を正面に掲げて、東京五輪をその口実にしています。しかしわが国は、既に「テロ対策」といわれる13の条約を批准し、その国内法も整備されており、立法事実は存在しません。

 さらに審議のなかで、「花見と犯行の下見はどう区別するのか」と問われても、「ビールと弁当を持っているのが花見で、地図と双眼鏡を持っているのが下見だ」(金田法相の答弁)という荒唐無稽ぶりで、内心の自由を侵す違憲立法となる実態をさらけ出しています。

 この悪法を許すならば、公安検察、警備公安警察、公安調査庁、内閣調査室、自衛隊情報保全隊などの市民に対する密行捜査とスパイ活動が大手を振ってまかり通り、監視と密告の社会になる重大な危険があります。これこそ治安維持法時代の再現です。

 非核の政府を求める石川の会は、「共謀罪」法案がかつての治安維持法と酷似していることを法文上と弾圧の歴史的事実から指摘するとともに、この稀代の悪法をごり押しする安倍内閣の暴走政治に強く抗議するものです。

 私たちは治安維持法犠牲者らが果たした抵抗の正当性と、その歴史的成果を現代史に即して共有し、核廃絶と戦争反対のたたかいと結び、武力を行使する道を止めさせ、明文・解釈にわたるあらゆる改憲策動と「共謀罪」法案を許さず、日本国憲法を社会と政治に生かすために、たたかうことを表明するものです。

2017年5月15日

非核の政府を求める石川の会

辺野古にて―安保条約・日米同盟は誰を守っているか 

代表世話人 井上英夫

 年の改まった1月10日、辺野古を訪問しました。琉球大学法文学部での集中講義の合間でした。

 那覇を発ち、名護バスターミナルまで約1時間半、中央山間部の沖縄自動車道を走る高速バスの旅です。午前中同じ名護市の西海岸にあるハンセン病療養所愛楽園に行き、沖縄の戦争と差別のもう一つの歴史を学び、午後、タクシーで辺野古へ回りました。

写真① キャンプシュワブ第2ゲート前のテント村

 キャンプシュワブ第二ゲート前のテント村には40名ほどの人々が集まり、挨拶と沖縄民謡、三線も披露されました(写真①)。私が帰る4時前には、全国からの100名ほどの参加者に膨らんでいました。

写真② 第2ゲート前の黄色線手前をデモ行進

 その後、「米軍帰れ」」基地つくるな」のシュプレヒコールとともにゲート前歩道をデモ行進しました。これに参加したわけですが、非暴力、平和的デモであることが強調されました。同時に、写真②の黄色線を超えると、基地侵入ということで逮捕されるという、注意がありました。基地内からは、デモへの警告放送が続きます。

写真③ 米軍関係車両の基地への出入りを阻止するデモ隊

 デモ隊は、隊列を組んで基地への米軍関係の車両の出入りを阻止し、「基地反対」「アメリカに帰れ」とドライバーに呼びかけます。民間車両に対しては、妨害しません。米軍関係車両は、Yナンバーですので、すぐわかります。(写真③)

写真④ デモ隊を排除するのは日本の機動隊

 ここで、私にとって思いもかけない光景が出現したのです。デモ隊排除のために基地内から行進してきたのは、日本の機動隊でした(写真④、⑤)。米軍、MPか何かが出てくるのかと思うと日本人だったのです。沖縄県か、他の都道府県からの隊か、聞きもらしましたが、いずれにしても若い日本の人達です。デモ隊を排除して、車両が通ると、基地内に引き上げ、ストップするとまた、基地内から行進して来るのです。

写真⑤ 非暴力、平和的デモを強制的に排除する機動隊

 沖縄そして本土からの基地反対者に同じ日本人同胞が、米軍の手先とさせられ、対立させられています。

 尖閣諸島には日米安保条約5条(集団的自衛権行使の根拠とされている)が適用され、アメリカによって中国から日本の領土が守られる、と安倍政権は有頂天になっていますが、安保条約で血と汗を流すのは日本、守られるのはアメリカでしょう。アメリカ・トランプのための自衛隊、機動隊そして日本政府であるという安保条約・日米同盟の真の姿が辺野古で露呈されていました。

 今回で辺野古は4回目です。一昨年は、名護から路線バスで約30分の辺野古に行きました。辺野古にいられたのは30分程度でしたが、路線バスだからこその貴重な体験をしました。

 一つは、フランスのノルマンディーから来たというご夫婦で、沖縄ちゅら海水族館に向かうということでした。私が、基地反対で辺野古に行くというと、それは素晴らしい、良いことだ、頑張れと、賛同してくれたのです。お二人の方から寄ってこられ、話しかけられたのです。それは、フランス語ができそうだからとのことでした。ドイツでも、ノルウェーでも、現地の人々に間違えられるのは、風貌のためだと言われています。しかし、私は考え方、思想―例えば平和について―が日本人的ではなく人類にとって普遍的なものを目指しているからではないかと勝手に思っています。それは、まさに日本国憲法の姿だと思います。思わぬ、国際連帯ができたわけです。

 今年は憲法施行70周年です。1947年埼玉県秩父市に生まれた私は憲法と一緒に生きてきました。

 もう一つは、バスの三〇代の運転手さんと話ができたことです。沖縄では仕事がないのでバスの運転手ができるだけでもありがたいとのことでした。基地について辺野古について聞いてみました。特に意見はないというのです。生まれた時から基地が存在していて当たり前の光景なので、ということでした。

 この点は、琉球大学の学生の感想文にもありました。基地の存在が当たり前だし、困っている人もいるけど、利益を得ている人もいるのだからいいじゃないかというのです。

 基地の存在、日米同盟の適否、戦争、平和問題の根底を問うのではなく、すでにあるものは仕方がない、それを前提に考えるしかない。「現実」を見れば基地反対、基地をなくすなど無理で、仕方がない、しょうがない、それが現実主義だということでしょうか。

 既成の体制、枠組み、きまりの中で、必死に努力する、偏差値に縛られ疑問は感じないというより感じてはならない、と教え込まれている。自分の生き方を追求し、必要なら枠組み偏差値体制をぶち壊し、別の世界を作る。そうは考えない、考えられなくさせられている。

 そのことに危機感を抱いています。

 辺野古から帰って、午後六時半から、おきなわ住民自治研究所設立準備会主催の第1回「おきなわ平和・環境・人権と自治の教室」で記念講演をしました。沖縄の貧困が主テーマですがもちろん平和、基地問題が根底です。

 私は、沖縄独立論についても話しましたが、お二人から反応がありました。40代の女性からは、賛成だ、他方、70代の方からは、独立論なんてけしからん、とおしかりを受けました。

 沖縄が本土復帰したのは1972年のことでした。「島ぐるみ闘争」はじめ、激しく、必死の運動を支えてきた人々にとっては悲願の達成でしたから、独立論は、自らの運動、存在を否定されることになるのでしょうか。

 お気持ちは、よくわかりますが、平和主義、国民主権、基本的人権の保障を三本柱にした平和憲法のもとに復帰するはずではなかったのか。しかし、憲法改悪が日程に上っている今の日本にとどまっている必要があるのでしょうか。世界中で、民族とは、国とは何かが問われています。相変わらず、安保、基地負担を沖縄の人々に強い続ける、沖縄知事選等何度も示されている沖縄の多くの人々の願いを、自治を否定し、拒絶し、アメリカに追随している、そんな日本国にとどまる必要があるのでしょうか。

 確かに、憲法改悪を阻止し、まともな福祉国家建設の道をこの国に歩ませるのも一つの道ですが、沖縄の進むべき一つの選択肢として「こんな日本」と袂を分かつ、我が道を行くことを日本政府に突き付けるのも一考ではないでしょうか。困難と解決すべき課題は多いのですが、今こそ、冷静にかつ客観的に議論することが必要だと思います。

写真⑥ 元コザ市長・大山朝常さんの著書「沖縄独立宣言」

 元コザ市長であった、大山朝常さんは、1994年に起きた沖縄と日本を揺るがせた少女暴行事件の後、『沖縄独立宣言』(写真⑥ 現代書林1996年)を、沖縄(ウチナーンチュ)そして本土(ヤマトンチュ)の、とりわけ若い世代の人々への「遺書」として発表しました。

 96歳の大山さんは、沖縄の歴史の荒波の中で、「こんなヤマトは、私達沖縄人の祖国ではない」という痛切な思いを胸の奥深く沈静させてきたのですが、「未来につながるもの―それはウチナーンチュが本来のウチナーンチュらしく生きていける沖縄、『ウチナー世』を取り戻すことです。それは、まぎれもなく独立国家・沖縄の再現です。」と訴えたのです。

 琉球王国・沖縄の歴史と現実態を学び、憲法の歴史観、国際的、人類的視点を貫き、恐怖と欠乏(すなわち戦争・テロと飢餓・貧困)から免れ自由に生きる権利、すなわち平和的生存権を構築していくことが大事だと痛感した旅でした。琉球王国に学ぶべきは、軍事力ではなく、政治力・外交力こそが未来を拓くということでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年頭のご挨拶 

We  shall  overcome われらは打ち勝つ  

非核の政府を求める石川の会

代表世話人  五十嵐正博

 

 皆様お元気で新年をお迎えのことと思います。連日の奮闘に敬意を表します。

沖縄と「蛍の光」

 私が本欄を担当するのは今回で3度目、なんといずれも安倍政権下の新年です。安倍政権にとって、憲法などどこ吹く風。この間に、「戦争をする国づくり」が強権的に、「なし崩し・やりたい放題」に進められてきました。世界を見渡しても、右傾化、排外主義、格差・貧困の広がり、トランプ「凶暴」政権の誕生など、懸念材料に満ちあふれています。

 私たちを取り巻く状況は何も変わっていませんが、深刻さはより増しています。

 大晦日、NHK紅白歌合戦のフィナーレを見ました。「蛍の光」が歌われるのを確かめるために。われながら無知を恥じることがあったからです。

 高江での連日の大弾圧、機動隊員による「土人」発言など怒り心頭でした。私が落ち込んだのは、『沖縄タイムス』「論壇」への投稿の一文でした。「明治時代の文部省唱歌『蛍の光』の四節に、沖縄は『皇土』ではないという認識が歌詞に表れているのを知っての上か、年末の紅白歌合戦では今でも幕閉めで大合唱される。私は、明治の国定教科書に、沖縄の『土人』という記事があることを確認した記憶もある。」と。私は「蛍の光四番」を知らなかったのです。「蛍の光」成立の経緯など考えたこともありませんでした。

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 『琉球新報』のコラム「金口木舌」に「歌われない『蛍の光』四番」(2014年12月26日)をみつけました。「大みそかの風物詩、NHK紅白歌合戦は『蛍の光』の合唱で幕を下ろす。その歌詞に沖縄が登場する。・・・〈千島の奥も沖縄も 八洲(やしま)のうちの守りなり 至らんくにに いさおしく つとめよわがせ つつがなく〉。『八洲』は日本の古称。沖縄を国防の要衝と位置付ける国家の意思が垣間見える。男はお国に尽くせと鼓舞する歌だ。小学校唱歌として詞ができたのは1881(明治14)年。2年前に琉球併合があり、6年前には千島列島が日本領土になった。植民地化した帝国日本の版図を示す意図があったと、『蛍の光』研究者の中西光雄さんは著書で指摘する。・・・」

「日米同盟のさらなる強化・深化」「共通の価値観」

 いつのころからか、「同盟の強化・深化」といった決まり文句が、首相談話や会見などで定着した感があります。「同盟」は当然に「軍事同盟」のこと。日米安保体制を初めて「同盟」と規定したのは、1981年5月の日米共同声明(鈴木・レーガン)においてでした。「日米両国間の同盟関係は、民主主義及び自由という両国が共有する価値の上に築かれていることを認め、・・・」とあります。「共有する価値」にも言及されています。この「同盟」に軍事的意味合いがあるのか否かについて、鈴木善幸首相と園田直外相の意見が分かれ、やがて軍事的意味があると主張した外相が辞任するまでになりました。当時の世論はまだ憲法九条違反の「同盟」に敏感であり、政府も慎重にならざるを得なかったのでした。現在、そうしたタガは完全に外れてしまったようです。

 2015年4月に合意された日米新ガイドラインについて、防衛省は「この新『指針』下で、日米両国は同盟の抑止力・対処力を一層強化していきます。」とし、なんと、「同盟」の文言が20回以上出てきます。新ガイドラインが扱うのは「自衛隊と米軍との協力強化」が中心ですが、安倍首相が思い描く「同盟の強化・深化」はそれにとどまらないでしょう。

 米側が、日本に高い兵器を押し付け、「思いやり予算」の増額、新基地の早期建設、はては「もっと血を流せ」と迫るのに対して(トランプ政権のやりそうなこと)、日本が「御意、仰せのままに」ということなのです。交渉の中身は一切「秘密」。こうして「従属の果てしない深化」が進行します。にもかかわらず、マスコミは「大本営発表」を垂れ流すだけ。昨年末、安倍首相は真珠湾で日米は「明日を拓く希望の同盟」といいました。

 「希望」と「(軍事)同盟」がどう結び付くのか。希望は「平和な世界をつくる」ことではなく、軍事同盟の強化・深化だといいたいのでしょう。ここでも「戦争」を「平和」といいくるめる言葉のごまかしがあります。

 安倍首相が「民主主義、人権の尊重、法の支配、という共通の価値観」というとき、「恥を知れ」といってやりたくなりますが、本人は恥ずかしくないのでしょう。菅官房長官が、「この国は法治国家です」と冷ややかにいうときも。沖縄県民の民意を無視し、切り捨て、弾圧するのが「民主主義、人権の尊重、法の支配」。「差別発言」「非暴力の人々を暴力的に排除・拘束する」のも「人権の尊重」。アメリカの恫喝・傲慢・尊大・不遜・横暴・高慢・居直り。「トモダチ作戦」というごまかし。日米政府は確かに「共通の価値観」をもっているようです。

「アベ政治を許さない」から「われらは打ち勝つ」へ

 「沖縄はいまだに植民地か」、とウチナーンチュの怒りは収まりません。ヤマトはいつまでウチナーンチュに「不屈」を強いるのか。「諦めない」「負けない」といわせ続けるのか。四番を隠したままで「蛍の光」を歌い続けるのか。福島の人々に「花は咲く」を聞かせ続けるのか。

 辺野古・高江ではWe shall overcomeが歌われます。「わたしたちはこの理不尽・不条理に打ち勝つのだ」と。

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 昨年末、日本政府は、国連総会において、核兵器の廃絶を願う被爆者、多くの市民の期待を足蹴にするかのように、「核兵器禁止条約交渉開始決議」に反対票を投じました。菅官房長官は、反対の理由を「核兵器国と非核兵器国の亀裂を深め、核兵器のない世界の実現が遠のく」と、まるで「核兵器廃絶」推進国が悪いような言いぶりで国際社会の顰蹙(ひんしゅく)をかいました。

 その四日後の真珠湾、安倍首相は「核兵器」について一言も発せず、オバマ大統領は、日米の「核兵器拡散の減速」の連携に言及しました。「非核兵器国」の手に核兵器を持たせないことが主眼、核兵器の削減・廃絶とは無縁の声明でした。これがオバマの本心です。

 私たち市民が主体的に、この国の暴虐・狂気を打ち破り、非立憲・非民主・反自由の政治を終わらせて、私たちの手に「個人の尊厳と自由」が擁護される日本国憲法を取り戻しましょう。戦争法制を廃止させましょう。

 「アベ政治を許さない」から「われらは打ち勝つ」へと舵を切りましょう。

 私たちは、やっとSEALDsや多くの市民団体の働きかけで、野党共闘を実現させるところまでこぎつけました。選挙がすべてではなく、なにより日常的なつながり、信頼関係の構築があって、初めて「われらは打ち勝つ」ことができるでしょう。「オールジャパン」で立憲主義の回復、憲法を私たちの手に!

◎編集部注…古事記における『八洲』とは本州・九州・四国・淡路・壱岐・対馬・隠岐・佐渡のことで沖縄は含まれない。沖縄が〝八洲の守り〟のための要衝ならば、『皇土』扱いされていないことになる。

 8月2日~4日、広島市内で原水爆禁止2016年世界大会・国際会議が開催されました。4日の閉会総会で採択された「国際会議宣言」を以下に紹介します。

 

原水爆禁止2016年世界大会・国際会議宣言

 71年前、アメリカは広島と長崎に原子爆弾を投下し、人類に対してはじめて核兵器を使用した。二つの原爆は、莫大な破壊力と放射線によって、都市を焼きつくし、その年のうちに21万人の市民の命を奪った。それは、この世の地獄であった。生き残った被爆者も長年にわたって、後遺症や差別などに苦しめられてきた。このような非人道的な兵器は、いかなる状況のもとでも、再び使用されてはならない。
 しかし、核保有国はいまだ1万5000発をこえる核弾頭を持ち続けている。少なくない核兵器が使用態勢下にあり、地域的な緊張激化による核戦争の懸念もある。現存する核兵器の数%が使用されただけでも、重大な気候変動が起き、人類が滅亡の危機にさらされるとの研究もある。核兵器の使用を防止する最大の保証はその廃絶であり、それは人類の生存にかかわる緊急課題である。
 国際の法と正義は、大量殺戮兵器を非合法としてきた。生物兵器や化学兵器が国際条約で禁止されたように、核兵器も違法なものとして、ただちに禁止されなければならない。

 いま「核兵器のない世界」への扉を開こうとする新たな動きがうまれている。核兵器を禁止し、廃絶する条約についての実質的な議論が、国連ではじまったのである。
第70回国連総会は、核兵器禁止条約の交渉開始をもとめる決議を多数で採択するとともに、「核兵器のない世界」を実現するための「具体的で効果的な法的措置」を議論する作業部会(OEWG)の設置を、7割をこえる加盟国の賛成で決定した。作業部会は、核兵器禁止条約の内容や2017年の条約交渉の会議開催なども提案される画期的な会議となった。我々は、作業部会が今秋の国連総会に対して、核兵器禁止・廃絶の条約の交渉開始をふくむ具体的な勧告を行うことを要請する。
 こうした発展をうみ出した根本的な力は、核兵器の非人道性、残虐性を訴えつづけてきた被爆者を先頭とする世界の反核平和の運動である。国際政治の場での被爆者の訴えは、大きな反響を呼んだ。世界の反核平和運動が結集した2015年の核不拡散条約(NPT)再検討会議を契機に、核兵器を禁止する法的拘束力のある措置を求める流れがいっそう大きく広がってきた。
 今秋の国連総会では、作業部会の報告をうけた議論がおこなわれる。核兵器を条約で禁止し、廃絶することは、長年にわたる原水爆禁止世界大会の要求である。その実現にむけ、いまこそ圧倒的な世論を創りださなければならない。

 米露英仏中の核保有五大国は共同して、この流れに敵対している。核保有国とこれに追随する同盟国の姿勢が、「核兵器のない世界」へのもっとも大きな障害であることが鮮明になっている。
 作業部会をボイコットした核保有五大国や、その代弁者となった日本など同盟国は、核兵器廃絶にただちに踏み出すことに反対し、「ステップ・バイ・ステップ(一歩、一歩)のアプローチこそ唯一の実際的な道」などと主張している。この「アプローチ」が、核軍備縮小撤廃にむけて、まともな「一歩」を踏み出せていないことは、歴史的な事実であり、核兵器廃絶を未来永劫に先送りする立場に他ならない。
 核兵器の非人道性の議論におされた核保有国は「安全保障の側面も考慮すべき」などといって、「核抑止力」論にしがみついている。だがその本質は、「国益」を守るために、他国への核兵器の使用や威嚇を認める危険きわまりないものである。しかも、「自衛」の名による核拡散を誘発し、平和への脅威を拡大してきた。
こうした核保有国の道理のない姿勢を打ち破ってこそ、「核兵器のない世界」への扉をひらくことができる。

 今日の最大の焦点は、核兵器を禁止し、廃絶するための条約にある。その交渉開始と締結を求める世論と運動を強めることに全力をつくさなければならない。核兵器の先制不使用と使用禁止、核実験禁止、核兵器の開発・更新・近代化の中止、核兵器削減なども重要である。これらの措置の実現は、核兵器禁止の合意を求める世論と運動の発展とあいまってこそ、いっそう効果的なものとなる。
 非核兵器地帯は、地域の平和と安全にとっても重要な貢献となっており、その拡大、強化が求められる。NPT再検討会議の合意である中東の非核地帯化をめざす国際会議をすみやかに開催すべきである。北朝鮮の核問題は、六カ国協議の再開をふくめ、外交的に解決されなければならない。
 国連憲章の平和的原則と国際法にもとづき、武力の行使とその威嚇を抑え、地域の紛争や係争案件を平和的に解決することは、「核兵器のない世界」へ前進するうえでも重要である。無差別殺戮を行うテロリズムは、国際社会が一致して非軍事的な手段によって追いつめ、根絶しなければならない。核兵器拡散を防ぐためにも、核兵器禁止・廃絶の合意が急がれる。
 核戦力の維持・開発をふくむ軍事費の大幅な削減による国民のための予算創出、貧困と格差の解消、国民の生活と福祉の向上、人権と民主主義の擁護は、「平和で公正な世界」にとって欠かせない。

 日本政府は、被爆国にふさわしい役割が求められているにもかかわらず、国際的には、核兵器禁止条約の交渉開始に反対し、核保有国の代弁者の役割をはたしている。国内では、被爆体験に根差した憲法の平和原則を踏みにじって、戦争法=安保法制制定を強行し、海外での戦争に参加する態勢を強化しつつある。そして、アメリカの「核抑止力」に依存して、核兵器の使用さえも認める立場をとっている。これらの根底にあるのは、日米軍事同盟を絶対視する政治である。
 これにたいして広範な国民が、戦争法廃止と立憲主義の回復を求めてたちあがっている。それを背景に、7月の参議院選挙では統一候補の擁立など野党共闘も発展した。沖縄では、米軍新基地建設に反対する統一候補が与党の閣僚議員を破るという結果が示された。日本の反核平和運動は、このたたかいの一翼をになって奮闘してきた。原水爆禁止2016年世界大会-国際会議は、憲法を守り生かし、非核平和の日本をもとめる運動に連帯を表明する。

 核兵器のない平和で公正な未来をひらく最大の力は、諸国民の世論と運動の発展である。我々は、以下の行動をよびかける。
―世界で数億の署名を目標にした「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」をはじめ、核兵器を禁止し、廃絶する条約の交渉開始を求める世論を発展させよう。そのためにも、広島・長崎の被爆の実相の普及、被爆者の証言活動を国際的に推進する。国連総会、国連核兵器廃絶デー(9月26日)や国連軍縮週間(10月24日~)などを節目として行動を発展させよう。
―被爆者への援護・連帯をすすめ、国家補償を実現しよう。核実験や原発事故被害者の救済を求め、福島第一原発事故の被災者への支援を強めよう。原発ゼロを求める運動との連帯を発展させよう。枯葉剤、劣化ウラン弾などの戦争被害者を支援しよう。武力紛争やテロの犠牲者を支援しよう。
―反戦・平和、沖縄・グアムはじめ外国軍事基地の縮小・撤去、武器輸出と軍事産業の規制、軍事費削減と生活、雇用、福祉の向上、貧困と格差の解消、気候変動の防止と地球環境の保護、性差別はじめあらゆる差別の克服など、社会的不正義にたちむかい、持続可能な発展をめざすあらゆる運動と連帯しよう。

 被爆者は訴えている―「後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きている間に何としても核兵器のない世界を実現したい」(「ヒバクシャ国際署名」の「訴え」より)。この切実な願いにこたえ、決意をあらたに「核兵器のない平和で公正な世界」へ前進しよう。

2016年8月4日

原水爆禁止2016年世界大会―国際会議

  年頭のご挨拶

非核と非暴力

非核の政府を求める石川の会

代表世話人 井上英夫

 新年あけましておめでとうございます。金沢は暖冬の影響でしょうか。雪なしの正月を迎えました。

 「何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し」。

と啄木は謳いましたが、IS等によるテロ、難民問題を契機に欧米での極右の台頭など、など、人類の未来を暗くする事態が続いています。

 そして、正月には北朝鮮の水爆実験のニュースです。自民党・安倍首相がこれだけ原発再稼働に固執するのは、「核兵器」を持ちたいからだと思わざるを得ませんが、北朝鮮の核は、核抑止力論を強め、戦争法さらに核装備そして徴兵制への格好の口実を与えることになるでしょう。

 本当に、水爆なのか、実験に成功したのか。確証もないまま独裁者・金正恩に踊らされる日本政府に情けない思いをしているのは私だけでしょうか。

 ともあれ、原発廃止と核兵器廃絶は一体のものであることがますますはっきりしてきたと思います。

 核抑止力論と非暴力

 非核の政府、核廃絶への最大の関門は、核・軍事力抑止力論だと思います。

 2010年そして昨年、ニューヨークでのNPT(核拡散防止)条約再検討会議、平和行動に参加しました。その際、セントラルパーク周辺で署名行動にたちました。核廃絶、平和を求める署名への賛同者は必ずしも多くはなく、強い反発すら招きました。私たちに食ってかかってきた人々の主張は戦争防止のため核、軍事力は必要だと言う核抑止力論でした。

 日本でも北朝鮮、IS脅威等を口実とした「抑止力論」はなかなか強固な支持を得ていて、覆すのは簡単ではありません。私は、国レベル以上に一個人のレベルから考えるしかないと思っています。

 戦争の抑止さらには平和のためといいますが、抑止力論は、結局戦争を肯定し、国家と個人による殺人を肯定しているでしょう。

 そこで、「あなたは個人として人を殺しますか、人を殺してよいと思いますか」と問うわけです。すると、そんなことはない、と皆さん否定する。人を殺してはならない。暴力を振るってはならない、と。つまり、抑止力論への一つの対応として非暴力を掲げる。個人の非暴力の延長にこそ国の暴力=戦争・核・兵器=の否定、絶対平和があるということをすべての人々が徹底的に認識することこそ核廃絶への近道なのではないかと感じたわけです。

  戦争から非暴力運動へ―リンカーンからキング牧師へ

 2010年、平和行動の主たる舞台は、リバーサイド教会でした。公民権運動でアメリカを変えたマルティン・ルーサー・キング牧師が、ベトナム反戦演説を行った場所です。キング牧師は、非暴力主義者でした。そして、昨年、私がワシントンで立ったのは、リンカーン記念堂の階段、1963年8月28日、20万人のワシントン大行進の際、キング牧師が、私には夢がある(I have a dream)という公民権運動の有名な演説をした場所でした(写真)。

リンカーン演説会場写真①

リンカーン記念館の演説の場からジョージ・ワシントン記念塔を臨む

  

リンカーン演説会場②

演説「I HAVE A DREAM」の場所であることが刻まれている

 キング牧師は、1968年4月4日、メンフィスで暗殺されました。黒人奴隷を解放したリンカーンも1986年4月14日暗殺されました。二人とも暴力によって命を奪われたわけです。しかし、南北戦争勝利により奴隷解放を成し遂げたリンカーンから非暴力運動で公民権法を勝ち取ったキングへの100年の歩みは、人類の進歩を示したのではないでしょうか。

 暴力・報復の連鎖を断つ―南アフリカとマンデラ大統領

 そして、核廃絶、戦争・テロを無くすためには、暴力と報復の連鎖を断ち切らなければなりません。南アフリカのネルソン・マンデラ前大統領が思い起こされます。2013年12月5日、95歳でなくなりますが、リーダーとして人種差別制度=アパルトヘイトの廃止を勝ち取り、1994年5月10日、新生南アフリカの初代大統領になったわけです。その演説を読んだ時私は、震えるほど感動しました。

 「We are free now. Black and White is together!」、と人々に呼びかけたのです。

 「アパルトヘイトを実施し、これに加担した白人は、土地、財産をとりあげ皆殺しだ」。こうなってもおかしくないのが人類の歴史でした。今でも、人種、民族間紛争で多くの人々が殺されています。

 しかし、マンデラさんは、虐殺・弾圧→権力奪取→報復=虐殺・弾圧という負のスパイラル・循環を断ち切ろう、一緒に国=虹の国=づくりをしようと呼びかけたのです。

 平和的生存権と非暴力

 人類の明日に希望が持てるではありませんか。日本国憲法こそ非暴力主義に立っている。そして、その非暴力主義が南アフリカで現実のものとなっているのですから。

 憲法前文は、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と、平和的生存権を謳っています。

 ここに、恐怖とは、戦争、テロそして暴力であり、欠乏とは飢餓や貧困です。

キング牧師は、非暴力主義のゆえに同じ黒人(アフリカ系アメリカ人)からも非難を受け、自ら暴力の犠牲となり暗殺されるわけです。マンデラさんは非暴力主義でしたが、アパルトヘイトとの戦いの中で軍事路線を受け入れざるを得なくなります。確かに、非暴力を貫くに余りに厳しい現実かもしれません。

 しかし、ガンジー、キング牧師そしてマンデラと現代における非暴力主義の足跡をたどると人類の将来に明るい展望が開ける気がします。あらためて非暴力主義の歴史を学びさらに発展させる努力を今年から始めたいと思います。

年頭の挨拶・写真

南北戦争から公民権運動まで、黒人の運動は切手にまでなっている。右下、キング牧師

  

リンカーンとともに

4月NY平和行動の折、「人民の、人民による、人民のための政府」の演説のあったピッツバーグでリンカーンと連帯してきました

 

   憲法97条を死守しましょう

  代表世話人 井上英夫

 皆さんは、憲法97条をご存知でしょうか。平和的生存権が危機に瀕し、戦争前夜を思わせる今こそ97条が大事だと思います。

 「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの 権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」

 人権保障は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であると明言しています。

 ここでの「努力」は英文憲法ではStruggleで、闘争です。フランス革命、アメリカ独立戦争はいうまでもなく、日本でも第2次大戦前、人権保障の欠落していた明治、大正、昭和の時代にも人権のための闘いがありました。

 自由民権運動はその一つですが、1884四年(明治17年)には、私の故郷秩父で明治政府の正規軍との最大の闘いがありました。秩父事件です。こうした過去幾多の闘いのなかで、最も大きな成果として結実したのが、第2次大戦への深い反省を踏まえての世界人権宣言日本国憲法です。

 憲法は、アメリカ占領軍、マッカーサーにより与えられたなどという卑屈な俗論を憲法自ら否定しているのです。憲法の人類的視点、闘いによってこそ人権・権利は勝ちとれるという闘争史観こそ学ぶべきだと思います。

 ところが、自民党憲法改正草案では、この人権の本質としての「権利のための闘争」を否定し、97条は全文削除です。支配者や政府にとって一番「怖く」、敵視しているのが、この闘争史観だからと思います。

 そして、平和的生存権とは、「恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生きる権利」(憲法前文)です。恐怖とは戦争やテロ・暴力であり、欠乏とは飢餓や貧困です。つまり、憲法前文・9条と25条の生存権は一体となって平和的生存権を保障しているのですが一緒に葬り去られようとしているわけです。

 「戦争に生活保護費を使わないでください。」

 これは、生活保護の老齢加算復活を求める熊本生存権裁判の原告、88歳の西村カシさんが、2015年5月18日の福岡高裁の不当判決に対して上告し、闘う決意を示され時の訴えです。

 何としても、憲法97条を死守しましょう。そして、憲法12条が国民に求めている「不断の努力」により、憲法9条、25条すなわち平和的生存権を保持し、発展させましょう。

◎本稿は会報「非核・いしかわ」第207号(2015年10月20日発行)のトップ記事です。一足早くホームページに紹介します。

 9月19日未明の参議院本会議における安保法案の強行可決に対し、非核の政府を求める石川の会は抗議声明を発表しました。抗議声明は内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣、各政党本部、県選出国会議員、県内報道機関各社に送付しました。抗議声明文を以下に紹介します。

<抗議声明>

「戦争法案」の強行採決を満身の怒りを込めて糾弾する

2015年9月19日

非核の政府を求める石川の会

代表世話人  井上 英夫

代表世話人  五十嵐正博

 日本国憲法9条は、1947年5月3日に施行されて以来、50年8月10日の警察予備隊設置、51年9月8日の(旧)日米安保条約締結に始まる執拗な憲法違反の数々に満身創痍の状態にさらされてきた。それにもかかわらず、平和を愛する多くの国民の声に支えられて、「戦争をする国」になることに敢然として立ちふさがってきたのが9条であった。

 私たちは、2015年9月19日の安倍政権のクーデタと呼ぶべき歴史的な暴挙を決して忘れないだろう。大多数の国民が、「戦争法案」に反対してきたのは、単に「自衛隊員が海外で人殺しをすることになる」からだけではない。それが憲法を壊し、「私が私でなくなる」と直感し、「ふるえた」からだ。「私はアベ政治の意のままにされるのはイヤだ」と「ふるえた」からだ。憲法の解釈を意のままに操る政権は、いとも容易く「徴兵制」を合憲と認めるだろうと「ふるえた」からだ。

 私たちは、今、戦後70年にして、ファシズムと民主主義との闘いの真只中にいる。「戦後レジームからの脱却」という妄想と、祖父の果たせなかった「自主憲法制定」の野望に取りつかれた首相との闘いである。「血の同盟」とまで呼ぶ更なる対米従属政策との闘いである。「私たちが主権者である」「私は私である」ための闘いである。私たちは、全国的に、様々な形で取り組まれた(この点こそが重要である)「戦争法案反対運動」に、そこかしこで一人ひとりから発せられた「その人の声」に、私たちのこの手に民主主義を取り戻そうという強い願いを聞いている。

 私たちは、「決して屈しない」。翁長沖縄県知事にならって言えば、「国民をなめるな!」と更なる大きな声を上げていこう。そして、「不断の努力」により平和憲法を蘇らせ、「私たち一人ひとりが人間らしく生きることができる」社会を作る運動を切り開いていこう。闘いはこれから不断に続くのだ。                                        

(事務局)〒920-0848 金沢市京町28―8 石川民医連労働組合気付

 電話 076-251-0014  Fax 076-251-3930

URL http://hikakuishikawa.com/

 

 

 核戦争を防止する石川医師の会は、2010年から毎年国連・核兵器国際行動デーに呼応して記念講演会や映画会を開催しています。今年9月26日には石川県原爆被災者友の会会長 西本多美子さんを迎えた記念講演会が企画されています。この講演会には国際連合広報センターはじめ、非核の政府を求める石川の会など多くの市民団体、報道機関等が後援しています。「9・26国連・核廃絶デー記念講演会」の案内チラシを紹介します。

9・26 国連 核廃絶デー チラシ

 

 

印刷用案内チラシ(PDF: 843KB)

 

  非核の政府を求める石川の会は、7月15日衆院平和安全法制特別委員会にて「平和安全法制整備法案」及び「国際平和支援法」の強行採決が画策されているため、内閣総理大臣、官房長官、外務大臣、防衛大臣、各政党本部、石川県選出国会議員に対し、本日、標記の抗議文を送りました。以下、当会の抗議文を紹介します。

 

内閣総理大臣 安倍晋三 殿

「違憲」の安保法案 強行採決に強く抗議する

2015年7月13日

       非核の政府を求める石川の会

代表世話人  井上 英夫

   代表世話人  五十嵐正博

 

 安倍政権と自民・公明両党は国民多数の反対を押し切り、7月15日衆院平和安全法制特別委員会にて、「平和安全法制整備法案」及び「国際平和支援法」を強行採決する動きが報道されている。

 「平和安全法制整備法案」は、政府が〝存立危機事態〟と判断すれば米軍支援のための武器使用(武力行使)が可能となる自衛隊法改正等の法案10本を一括したもの。「国際平和支援法」は、自衛隊が〝いつでも〟〝どこでも〟米軍が行う武力行使を支援する海外派兵法である。この二つの法案は、歴代の自民党政府が「違憲」としてきた集団的自衛権の行使を、昨年7月1日に安倍政権が容認した閣議決定を立法化したもので、海外での武力行使に道を開く明らかな「違憲立法」である。

 安保法案は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないよう」にと、「戦争の放棄」「戦力の不保持」を誓った日本国憲法を改正手続によらずに法律によって実質的に改変し、「武力を行使する国」、「海外で戦争をする国」へと国の在り方を根本的に変えてしまうものである。このような政治手法は、国家権力を統制する立憲主義と国民主権に反するものであり、断じて容認できない。

 6月4日の衆院憲法審査会で与党推薦を含むすべての参考人が安保法案は「違憲」と批判し、歴代内閣法制局長官も相次いで「違憲」との見解を表明している。同法案をめぐる全国各紙の世論調査では、「違憲」の回答がいずれも6割近くに達し、今国会での成立「反対」は8割以上(時事通信/6月)に達している。同法案は衆議院での国会審議を通じて、また全国各地での運動の広がりにより、反対世論は日増しに高まっている。

 戦後・被爆70年の節目の年 私たちは、国の安全保障に関わる重大法案を国会での十分な審議なしに数の力で押し通そうとする安倍政権に強く抗議するとともに、広範な人々と連帯し、「違憲」の安保法案の成立を阻止する運動に全力を挙げることを表明する。

                                         

(事務局)〒920-0848 金沢市京町28―8 石川民医連労働組合気付

電話076-251-0014  Fax 076-251-3930

URL http://hikakuishikawa.com/

 

(注)標記の抗議文は下記のところに郵送しました。

・内閣総理大臣 安倍晋三
・内閣官房長官 菅 義偉
・外務大臣   岸田文雄
・防衛大臣   中谷 元
・自民党本部
・公明党本部
・維新の会本部
・日本共産党本部
・社民党本部

・石川県選出国会議員
・県内報道各社

 2012年度から4年連続実施となる「平和事業に関する自治体アンケート」の集約結果がまとまりましたので報告します。

 今年の平和事業アンケートは次の4項目です。

(1)戦後・被爆70年の平和事業と予算額

(2)広報やホームページ、公立図書館等の平和事業

(3)平和首長会議加盟自治体には「2020ビジョン」の取り組み

(4)平和首長会議未加盟自治体には加盟についての検討状況

*2015年度平和事業に関する自治体アンケート集約結果(PDF:143KB)

アンケートの集約結果とコメントは以下の通りです。

(1)平和事業で特筆されるのは、戦後70年を期して白山市が平和首長会議に加盟し、長崎原爆資料館から被災資料  をお借りして「長崎 戦争・原爆被災展」を計画していることです。また被爆70年記念として中能登町が「非核・平和宣言の町」の標柱を新設し、志賀町が「平和宣言塔」の改修工事を実施しています。このため当会で把握している非核・平和宣言塔や記念碑のある自治体一覧も記載しました。県内では全自治体が「非核・平和都市宣言」をしています。非核宣言していることを広く住民に告知するため、すべての自治体が「非核・平和宣言塔」を設置されることを要望します。

(2)広報やホームページ等による平和事業の記載はほとんどなく、「学校での平和教育、中学生の修学旅行で広島原爆ドーム視察」「8月6日、小学校の全校登校日に平和集会を行う」等の記載が数か所ありました。広島への修学旅行や8月6日乃至9日を全校登校日にしている自治体はもっとあると思われるので、次年度からは教育委員会にも照会することにします。

(3)平和首長会議は、2020年までに核兵器廃絶を目指す行動指針「2020年ビジョン(核兵器廃絶のための緊急行動)」を策定し、世界の都市、市民、NGO等と連帯しながら、核兵器廃絶に向けた様々な活動を展開しています。2015年NPT再検討会議では「核兵器禁止条約」の交渉開始等を求める市民署名を200万筆集めて国連に提出し、各国政府代表団に要請しました。県内自治体の「2020ビジョン」の取り組みは、署名活動は4か所、2015年NPT要請行動は皆無のため集計項目から除き、原爆写真パネル展を開催(又は会場提供)している9自治体を掲載しました。核兵器の非人道性、被爆の実相を次の世代に伝える原爆写真パネル展を自治体と住民団体の連携により、すべての市町で開催されるよう要望します。

(4)平和首長会議には2015年6月1日現在、国内では全市区町の89.7%にあたる1,561都市が加盟しています。2013年8月広島で開かれた第8回平和市長会議総会では、名称を「平和首長会議」と変更し、すべての自治体首長の加盟を呼びかけています。県内の未加盟自治体(11か所)からの回答は、白山市の「加盟予定」1か所、「検討中」3か所、「加盟の予定はない」4か所、「未回答(未記入)」が2か所です。未加盟自治体には速やかな“前向きな検討”を切望するとともに、主体的な平和事業の展開を要望します。

以上

 NPTニューヨーク平和行動-平和と人権の旅

代表世話人 井上  英夫

 今年、広島・長崎被爆70年を迎えます。そして、福島原発爆発から4年がたちました。

 日本も世界も大きな転換点を迎えています。とりわけ、集団的自衛権行使、そして憲法改悪により軍事国家への道を突き進む安部政権下の日本では、第二次大戦後の1950年代の朝鮮戦争・再軍備時代に匹敵するような危機的状態を迎えていると言えるでしょう。

 その意味で、今回のニュ-ヨ-ク平和行動の意味は非常におおきなものがありました。

 被爆70年の4月27日から開始された国連のNPT(核不拡散条約)再検討会議にむけた平和行動に非核の政府を求める石川の会、そして原水協石川県代表団として参加してきました。

 石川の皆さんの平和に対する熱い思いを背に、NYを中心とする、署名行動、パレ-ド、各種集会参加等活動してきました。皆さんのカンパをはじめとするご協力・ご支援に感謝いたします。

 ニュ-ヨ-ク平和行動の目的

 NPT・核不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)とは、米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国だけに核兵器保有を認め、それ以外の国への核拡散を防ぐことを目指した条約です。70年に発効。約190カ国が加盟している。事実上の核保有国であるインドパキスタンイスラエルは未加盟で、北朝鮮は一方的に脱退を宣言しました。5年ごとに運用状況を確認する再検討会議があり、前回2010年は核廃絶に向けた行動計画を盛り込んだ最終文書を、全会一致で採択しました。

 2010年の行動にも参加しました。原水協等主催の国際平和会議に出席した潘基文国連事務総長が演説し、核不拡散、核兵器削減から一歩を進め、「核廃絶」を明言したこと、その演説を世界の人々と聞き、震えるほど感動したこと、さらに、被爆国日本の平和運動への各国の期待が想像以上に大きかったことに身の引き締まる思いがしたことなどを思い出しながらの13時間のフライトでした。

 今回、第9回の再検討会議の目的は、2010年の核廃絶に向けた合意の具体化と実行に踏みだすことです。したがって、NNY平和行動の目的は世界の人々と連帯し、法的拘束力を持つ核廃絶措置すなわち核兵器全面禁止・廃絶条約のための交渉を開始するよう、国連及び各国政府にプレッシャ-をかけることでした。

 

 署名行動と平和パレ-ド

 日本の代表団は、多様な活動を展開しました。石川の皆さんと一緒に行動できたのは、セントラル・パ-クでの署名行動と平和パレ-ド参加でした。

 4月26日午前中、NYは快晴でした。新緑と桜、アメリカはなみずき(何故かdog woodというそうです)、豆梨の花等咲乱れるセントラルパ-ク入り口で署名行動を展開しました。さすが、活動で鍛えられている皆さん、なかなか上手で、前回を上回る数の署名が得られました。写真1。

 NY行動 1

写真1 通り過ぎる人にも、めげずに署名を呼び掛ける

 午後から、NY国連前のハマ-ショルド広場に向けてパレ-ドです。石川の代表団も横断幕を掲げ、和服で行進しました。写真2。前回に比べ日本代表団は和服そして仮装や横断幕等楽しく工夫を凝らしているのが目立ちました。

 NY行動 2

 写真2. 和服で行進する石川県代表団

   パレ-ドには、1万人が参加したそうですが、日本代表団の活躍が目立ちました。行進は、2時間以上、集会を含めると4時間近い強行軍でしたが、乳母車から、高齢の方まで歩き通し、アメリカはもちろんフランス、韓国、中国等各国の人々と交流できました。行進は、歌を歌い、楽器もならし、シュプレヒコ-ルもあり、にぎやかなものでしたが、泣く子も黙るNY市警の「警護」(監視)のもとに整然と行われました。ここでも5年前と違うのは、銃を持ち、手錠を二つぶら下げた警察官が意外と友好的な笑顔を投げかけてくれたことでした。写真3.

 NY行動 3

写真3 折鶴を喜ぶNY市警のお巡りさん

 行進の最終地点は、国連前のハマ-ショルド広場でした。ここで、国連代表に日本からの約633万の署名を積み上げ届けました。写真4。

NY行動 4

 写真4. 国連代表に提出した633万筆のアピール署名

 日本の運動が、世界の平和運動に大きな貢献をしているという実感が持てた瞬間でした。ただ、残念なのは、年々パレ-ド参加者が減っていることです。あらためて日本からの呼びかけも強める必要があるでしょう。

 

 NPT再検討会議と日本政府

 もう一つ残念なのは、日本政府の態度です。4月28日には、岸田外務大臣が国連本部で会議に出席し演説し、平和首長会議主催のヒロシマ・ナガサキアピール集会にも出席ました。被爆地広島出身の外務大臣として,被爆地の思いを胸に「核兵器のない世界」に向けた取組を前進させる決意を述べたそうです。しかし、その提案は、 「核戦力の透明性の確保」というような抽象的なもので、何より、核兵器全面禁止条約を含む法的枠組みの必要性については言及すらしていません。

 4月29日には、安倍首相は、日本の首相として初めてアメリカ合衆国連邦議会の上下両院合同会議で演説を行っっています。国連よりも、「同盟国」アメリカに頭を下げ、こびへつらいに行ったということでしょう。

  情けない、ほこりも何もない。内では、侵略につながる集団的自衛権行使、憲法改悪をねらい、外では「平和」、第二次大戦に対する「痛切な反省」と言葉を使い分ける「二枚舌」内閣であることがますます明白になりました。

 安倍首相の外向けの演説の内容は、憲法前文の趣旨に外れるものではありません。だとするなら、なぜ改憲しなければならないのか。全く解せません。しかし、安倍内閣の「うち向け」が本質であることは、NYで外から見てはっきりわかりました。

 平和の運動を一層強めてこの安倍内閣を打破しましょう。

 憲法97条と人権

 平和行動で考え続けたのは、平和と人権のことでした。平和でなければ人権が保障されない。すべての人にあまねく人権が保障されてこそ真の平和である。これこそ積極的平和のほんとうの意味なのです。

 人権保障の運動は、まさに、平和運動です。私達は、国連NGO日本高齢期運動サポ-トセンタ-として国連に高齢者人権条約制定の要請にも行きました。また、アメリカ独立宣言の起草されたフィラデルフィアの独立記念館そして南北戦争の最激戦地ゲティスバ-グで、奴隷解放をしたリンカ-ン大統領の有名な「人民の、人民による、人民のための政府」演説の場所にも立ちました。そして、9.11メモリアルパ-クにも。

 痛感したのは、戦争そして核兵器廃絶の途も個人から国家までの「非暴力」の徹底しかないということでした。そして、憲法の保障する人権は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力(struggle-闘い)の成果」であるとする、憲法97条の歴史観のすごさと大切さでした。

 自民党憲法草案では、全文削除となっていることを改めて想起せざるにはいられません。

NY平和行動を契機に「平和と人権のための闘い」を一層強力に続けましょう。

 

   被害者と加害者

 日本に帰って、5月14日、再検討会議の最終文書案から、日本の提案を反映し世界の指導者、軍縮専門家、若者に広島・長崎訪問、被爆者の証言を聞くように呼びかけた提案が、中国等の反対により削除されたというニュ-スが流れました。

 中国の傅聡軍縮大使は、記者団に対し「日本政府が、日本を第2次世界大戦の加害者でなく、被害者として描こうとしていることに私たちは同意できない」と述べたということです。

 日中関係がどうあれ、核廃絶という人類的課題にとって被爆地訪問は当然のことであり、中国の態度は間違っていると思います。したがって当然提案は復活されるべきでしょう。

 他方、中国の主張、日本が加害者であり、中国・朝鮮等アジアの国々を侵略したという歴史的事実にも目を向けるべきでしょう。南京大虐殺記念館(侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館)、ハルピンの日本軍731部隊博物館(侵華日軍731部隊罪証陳列館)を訪問し、そして日本軍慰安婦とされたオモニへの聞き取りをしてきた私にとって、日本軍の侵略と残虐行為すなわち日本が加害者であったことは紛れもない事実と言わざるを得ないのです。

 さらに、この問題を考える場合、国と国民の関係もしっかり考えなければなりません。加害者というとき最大の加害責任は政府・国が負うべきです。憲法の前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」と言っているように、戦争は政府の行為によって引き起こされるのですから。そして被害者はいつでも国民であり庶民なのですから。

 この意味でも各国指導者とくに中国の指導者に被爆地訪問を求めると同時に日本政府・安倍首相は日本の侵略・残虐行為への加害者責任を明確に認め、必要な謝罪・賠償等の措置をとるべきです。

 今こそ、日本政府・安倍首相の態度が問われています。軍事や暴力でなく領土問題はじめ、国際問題を解決するその外交力が問われています。

 これもまた、憲法前文のいうように、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」のであって、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」するために努力してこそ、「国際社会において、名誉ある地位を占め」ることができるでしょう。

 NY平和行動に先立つ、今年2月には長崎平和公園、そして3月初めにはハワイでパ-ルハ-バ-・アリゾナ記念館に行きました。戦争・平和そして人権とりわけ平和的生存権について考えたのですが、残念ながら日本人の姿は少なかったのです。ワイキキビ-チは、日本人で埋め尽くされていたのですが。それにくらべ、中国の人々の姿が目立ちました。長崎では団体客が沢山見られました。

 国と国の間の外交力が大事なのはもちろんですが、国民レベルでの相互交流、親睦による信頼関係の構築こそ核廃絶、平和社会実現への途だと思います。

 

<声明>

核不拡散条約の開会総会への事務総長のメッセージ

(ヤン・エリアソン事務次長が紹介)

2015年4月27日、ニューヨーク国連本部にて

   潘基文事務総長に代わり、この重要なNPT会議出席のすべての代表のみなさんを国連にお迎えできることを名誉とし、事務総長に代わり以下のメッセージをお届けする。

   その前にもうひとつ、事務総長に代わり、国の大きな部分を襲った巨大地震に続く悲しみと人道的苦しみの中にあるネパールの国民と政府のみなさんに、心からの哀悼と弔意を表明する。

   核兵器の廃絶は国連にとって最優先事項である。この世にあれほど残忍な惨害をもたらしうる兵器は他にない。不拡散条約は不拡散体制の土台であり、核兵器のない世界を実現するための不可欠の土台である。

   タウス・フェルーキ大使の会議議長への指名に祝意をおくる。それは困難で骨の折れる役割である。だが私は、フェルーキ大使が加盟各国の協力のもとに成功裏に結果を出すことができると確信している。私たちのだれもが、核兵器のない世界がすべての国に利益をもたらす重要な地球的公共財であることを想起しなければならない。

   この再検討会議は、核不拡散条約がひき続きわれわれの集団的安全保障のなかで中心的役割を持つことを保証するためのものである。NPTの枠組みが、発効50年にあたる2020年には何のためのものになるのか、明確な道筋を示すべきものだ。

   私は加盟各国が条約を強化する結果を生み出すためにこれからの数週間、骨身を削り、建設的に活動するようよびかける。私たちが必要とする結果とは、条約の普遍性を促進し、すべての締約国によるすべての条項の順守を保証し、核兵器拡散の阻止と廃絶の達成というNPTの原則目標を強化するものだ。みなさんが共通の土台をつくり、包摂的な態度をとり、柔軟さを発揮するよう求めたい。

   私はすべての締約国に市民社会グループとの関わりを深めるよう促したい。彼らはNPTの規範を強め、軍縮を促進するうえで重要な役割を果たしている。現在の再検討会議の準備過程でも、2015年NPT再検討会議議長と国連とは、市民社会グループから、この会議の成功と核兵器の廃絶をよびかけるいくつかの要請署名を受理した。

   これらの要請署名は、世界の関心ある市民から何百万もの署名を集めている。これは、われわれが服務する人々の希望と期待とを力強く想起させるものだ。われわれは、何年ものあいだ軍縮を擁護し、かくも多くのことをおこなってきた多くの人々と団体とに感謝する。この事業への彼らの原則的な努力に、私は全面的な支持を誓いたい。

   2010年には、64項目の行動計画での合意と15年の無活動の後におこなわれた1995年中東決議での進展とが再検討会議の成功という結果をもたらした。行動計画は国際的コンセンサスの頂点をなすもので、条約の目標を達成するロードマップを与えるものであった。

   今回の会議では、いかにしていつこの行動計画が履行されるのか、あるいは実際的妥当性を失っていく危険に陥るのか、いまや示さなければならない。そのような進展は、一つひとつの締約国がNPTの相互に強めあう柱の一つひとつのもとにある義務を順守するよう要求している。

   本質的に、NPTとは、一方で核軍備撤廃、もう一方で不拡散という共生的関係によって支えられる大取引なのである。一方の進展なくしてもう一方の進展はあり得ない。両方での進展は誰にとっても利益なのである。

   前回の再検討会議以来、核兵器による危険はなお存在している。拡散の挑戦も、朝鮮民主主義人民共和国に関するものを含め、続いている。

   だが、E3プラス3あるいはP5プラス1とイランとの間で到達した重要な理解は、その種の挑戦を外交で処理することが可能であることを証明した。最終文書は、国際原子力機関によって検証され、不拡散問題での進展を別にしても、深刻な地域の安全保障問題を緩和するうえで役に立つだろう。

   中東非核・非大量破壊地帯は、その種の合意から生じる軍縮と不拡散での前進に加えて、本質的な利益をもたらしうる。

   準備担当者のラーヤバ大使の確固とした努力、そして国際社会の結果への期待にもかかわらずほとんど何の進展も得られなかったことは残念だ。再検討会議は同地域の各国がこの問題に関し、共通のビジョンと共通の目的をもって前進できるような手段の追求に焦点をあてなければならない。

   1990年から2010年までの間、国際社会は核兵器のない世界に向かって大胆な前進を遂げた。配備された軍備で大規模な削減がおこなわれた。いくつかの国では兵器工場を閉鎖し、より透明な核ドクトリンへと印象的な前進をなした。

   私は、この5年、このプロセスが停滞してきたように見えることを深く憂慮している。とくに核兵器ゼロへの流れが逆転していることを示す最近の情勢はとりわけ不安にさせられる。新たな軍備削減合意へと前進するのでなく、現存の合意を危うくするような侵害があるとの申し立てがある。

   包括的核実験禁止条約の発効や核兵器用の分裂物質生産禁止条約ではなく、核兵器を今後何十年にもわたって固定化する巨額の近代化プログラムを目の当たりにしている。私の提唱した5項目提案を含め、核軍備撤廃を加速する提案を追求するのでなく、冷戦心理への危険な回帰が起こっている。

   この逆転はわれわれの世界にとって後退である。私は、各国の指導者に、近視眼的政治姿勢を捨て、人類の必要に応えた大胆でグローバルなビジョンを掲げるよう呼びかけたい。真の国家安全保障は、核脅迫の影の外で、そこから離れたところでのみ達成しうる。この影は現在と未来の世代のために取り除かれるべきである。

   これは、70年前の8月、核攻撃を生き延びた被爆者のメッセージだ。核軍備撤廃の緊急性を疑う者に対して、私は、彼らの体験を聴くよう挑戦したい。これらの勇気ある、不屈の人々の目を直視するよう反論し、核兵器が何をもたらすのかもっとよく知るべきだと言いたい。彼らは、核兵器の恐るべき人道的影響と、核兵器廃絶の緊急の必要性を思い起こさせる生きた証拠としていまこちらに来ている。私はこれらの証言者が参加されていることに感謝し、現在の会議が彼らの警告に耳を傾け、結果を出すよう求める。

   この努力で私は、人道的な検討を軍縮審議の中心に据える有望な流れの広がりに励まされている。この人道的運動は凍りついた討論に道徳的な至上命令を注入した。この至上命令は、再検討会議でも真剣な検討の対象とされるべきである。

   これからの数週間は、核兵器がもたらす危険を除去するために共有する意欲の前進を追求する上で、意欲を掻き立てるときである。これはわれわれの時代の歴史的な至上命令である。みなさんが緊急の意識を持って行動し、すべてにとってより安全な未来を求める世界の人びとがみなさん方に課した責任を果たすよう呼びかける。

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